第10話 転落する 編
転落する 編
数年前、年の瀬迫る頃、夜中に電話が鳴った。船の担当者からだった。ひどく興奮している「タダが死んだタダが死んだ」船員のあだ名を連呼して声も震えている。事情はこうだった。沖は時化だから早々に入港して明日の朝、荷揚げしようということになった。大抵、船員たちは飲みに行くかパチンコだ。その日タダはパチンコで大勝ちをした。その勢いでスナックに行き、ろれつが回らないほど酔っ払った。店の人にタクシーをよんでもらい岸壁まで送ってもらった。事故はその後だった。岸壁から船に乗ろうとしたが誤って岸壁と係船された船との間に落ちてしまったのだ。その日はひどく寒い日で、強風とみぞれが横殴りに襲う辛い夜だった。
深夜二時頃、魚を陸揚げしようと集合をかけたが、一人見あたらないので機関長と陸の担当事務員とで探したら岸壁に財布が落ちていた。まさかと思いつつ。懐中電灯を海面にあててみると、そこに人の頭が見えたのだ。
そこからは救急車に警察に保安部に大騒ぎとなった。またもや夜中の国道を突っ走ることになった。
タダは死んだ。とってもいいやつだった。ずいぶん年上だったが俺のことを慕ってくれた。たまに港に行くと朝飯に俺を呼んでくれた。「社長飯食ってけ」今でもその笑顔が忘れられない。他にも飯炊きはいたけれど彼のところでしか食べなかった。この商売も長くやってきたが、とうとう死人を出してしまった。沖の事故では無いから会社には責任は無いのだが俺はひどく落ち込んでしまった。いくら酒を飲んでも酔えなかった。それでも皆の生活があるからすぐに出航せねばならんのだ。会社も火の車、俺の心も火の車だった。
この事故から一年ほどして、とうとう資金繰りに行き詰まってしまった。月末には資金ショートしてしまう。取引銀行に集まってもらいバンクミーティングをした。取りあえず返済を止めてもらった。一息つく間もなく取引業者から支払いの請求がガンガンやって来る。言い訳ばかりで自分で自分がいやになってきた。
あと一月ほどで漁期終了になる一月前、急に思い立った。すべてやめよう。これ以上関係者に嘘をつくのがいやになった。何もかもなくなるけど全て自分がやってきたことだ。それ以上に債権者の皆様のことを思うと不渡りを出すまでなにも知らせない自分を責めたが弁護士が「まずは船員、職員の給料、社会保険、雇用保険が優先」の言葉に従った。
確かに漁業協同組合のトップの信じがたい嫌がらせにすぐにでももらえるはずの国からの助成金三千万があれば小さな網屋さんぐらいには払えたはずだ。しかし間に合わなかった。三ヶ月も前にお願いに行ったが相手にしてくれなかった。
誰が悪いと言うことは無いすべて経営能力のないおれがすべて悪いのだ。裁判所に破産の申し立てをして、夜逃げのごとく住み慣れた家を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます