第9話 六次産業化 編
六次産業化 編
六次産業化とは、一次が生産者、二次が加工、三次が販売、これをまとめて六次産業化と言う。その頃は農業がほとんどで漁業でやるやつなんかいなかったし、国と直接やりとりしなければいけなかったからハードルが高く、指導してくれる人も必要だし、膨大な提出書類を作製しなければならなかった。俺は国道沿いに潰れた飲食店跡を買った。土地は千坪あるし、ここで、水産物を加工して販売できないかと計画した。船も古いし将来、加工と販売で生活しようと考えた。認められる費用の半分を国が負担してくれる、不足の部分は銀行が保証協会付きで融資してくれた。土地建物、設備やなんかで結局一億五千万円ほどかかったが国が認めた部分は三千五百万円だった。
やったことの無い未知の仕事を手探りで始めてしまった。あまりにも無計画だった。とりあえず、魚をさばく加工施設は最新の急速冷凍機や酸性水を造る衛生のための機器、製氷機、大型の真空包装機、冷凍庫、冷蔵庫など、一通り準備した。魚をさばく職人を募集し、なんとか鮮魚を販売する準備ができた。トイレも観光バスが入ってもいいように建物の中と外にそれぞれ設備した。
オープニングには銀行のトップや工事関係者、近隣の首長などたくさんの人々を集めてテープカットしたのだった。
今でもその時の光景はありありと思い出される。この頃が頂点だったと思う。人は誰でも過去の出来事に後から気づいてタラレバを考えてしまうものだが、後悔など微塵も無い。だがハット気づく瞬間がある。俺のような能無しは気づくのがあまりにも遅いことは自分でも理解している。それと家族の意見などまったく聞いたことが無い。度胸と出たとこ勝負でなんとかなるみたいな人間だから家族にはずいぶん迷惑をかけた。この負け戦は最初からきまっていたように思う。なんとなくそういう流れみたいなものが人生にはあることが後になってわかるものだ。
オープンからしばらくは隣接する国道が渋滞するぐらいお客さんも来てくれたが鮮魚と少しの野菜ぐらいでは続くわけが無い。焦る俺は、またまた借金をして空いているスペースに七〇人ぐらい入れるレストランを造った。後が無かった。料理人を雇い、バイトを募集し海鮮レストランを始めたわけだが鮮魚やお土産、加工した水産物との相乗効果でいけると思っていたが毎月の支払いは火の車だった。原価計算をするとどうしても高くなってしまう。都会と比べれば全然安いはずなのに田舎の人の所得からしたらとても高いものになることがわからなかった。お客さんを見るとたいていおじいさんやおばあさんと一緒だ。お買い物や食事代は祖父母の年金をあてにしている家族が多いことに気づく。大企業があるわけではないし田舎だと家族それぞれが自家用車を持たないと通勤できない。若い人たちは少ない給料の中からスマホの通信料もはらわなければならない。結局、田舎の方が、所得が少ないのに経費がかかるのだ。多少食費は安いかも知れないが基本の生活費は変わらない。むしろ、都会のほうが、競争が激しいからいいものが安く手に入るチャンスが多い。今ではAMAZONで何でも買えるけど基本の所得が低いから田舎の若者はかわいそうだ。だから、どんどん流失して人口減少に歯止めがきかないのだ。自然や安い土地があっても人がいなければビジネスにならないことに気づかなかった俺はその時、いったいどうしちまったんだろう。確かに銀行は簡単に融資してくれたが、俺自身が大勘違いをしていたんだ。
船員たちと飲みに行くときは数十万持って使うような生活を何十年もやってたから金銭感覚がおかしくなっていたのだ。結局、先代の社長みたいにどんぶり勘定から抜け出せずに同じことをやっていたのだと思う。
近隣からお客さんが来ないなら他県から呼ぼうじゃ無いかと、俺は女房と二人で営業に回った。近県の旅行会社やバス、タクシー会社などグーグルで調べては飛び込み営業をしたのだった。中には観光バスで里山から農家のお客さんがカニをたべにきてくれたりした。活魚水槽にカニを入れたりカメラマンに料理の写真を撮らせたりメニューを増やしたりと、できることは全てやったような気がした。やはり人口が少なすぎる。新しい干物も開発した。大手のネット業者とも契約した。
しかしだ、毎月の赤字は増すばかりだし本業の底曳き船も悪くなる一方だった。とうとう料理人と喧嘩した長男がやめてしまった。
そこからは前進全速の経営から前速後退へと進むのだった。加工の一部を残してレストラン部門の従業員を解雇した。残りの干物の在庫とネット注文を加工のおばちゃん一人と次男とで一年かけて終わらせた。
俺はいったい何がしたかったのだろう、何を夢見ていたのだろうか。誰もいなくなったこの建物で賑やかです騒々しい日々がまるでウソのように静まりかえりポツンと一人でいるとひどく寂しくなってしまう。こんなことではいかんと、己を奮い立たせ早くこの物件を始末することに全力を傾けよう、じゃないと膨らんだ借入金の一部にあてないと底曳き船の運転資金が間に合わない。
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