第12話 生きる

 社会に所属する、とは、どういうことだろう。

中学生の終わり頃からの不登校で道をはずして、失敗を繰り返して卑屈になってしまったわたしは統合失調症を発症していた。

兄も統合失調症で兄が発病して性格が豹変したのを見た。優しかったお兄ちゃんは狂暴と化した。そして薬の副作用で苦しんでいる様子も見て、そして、亡くなった。

友達も失くし、社会的なステータスもなく、更には幼少の時から要領の悪いわたしはバイトにも苦労したし、病気のせいで被害妄想も生まれ人間関係も築けなかった。統合失調症の陽性症状がひどい時は、孤独も楽しいと思ってた。友達は付き合いが難しい、少し煩わしいと思った。仕事場でさえ人間関係というものを無視した。統合失調症という病気とは向き合えなかった。兄で感じた辛酸は決して消えない恐怖であり傷だった。

 LINEの友達のアドレスを拒否したのに、時々寂しくなるとLINEをいじって何か心の足しを探した。公式アカウントで佐藤健さんの名前を見つけた。

初めて佐藤健さんを見て知った日はまるで遠い日の名画のように心に残っていた。時間の中で埋もれた地表のように積み重なった氷を溶かすようにして彼の顔が、わたしの脳裏に蘇った。“LINEはメッセージを受け付けているらしい”

わたしは友達感覚でLINEを登録しやたらとメッセージを送った。そんな自分を顧みるたびに自分は孤独に本当は堪えられないんだと感じたが、それをもみ消そうともがいた。

 その時は、何度もバイトを辞めたり首になったりして結局、日雇い派遣の仕事を始めていた。それでも仕事場の人間を恐れ震えた。どうしてだかわからない。ただ皆が悪い人に見える。“統合失調症”という得体の知れないお口に出せない病名をつけられたわたしはそんな事実に負い目と不満を感じていた。仕事も定着できずに自分に対して劣等感を押し付けられたようで、そんなわたしになった社会に対して恨み事を抱えたかもしれない。

 ある日、退勤後、駐車場で震えていた。自分を慰める妄想の物語の独り言を車の中で語っていて、気が付くと周りの駐車スペースの車の中に人がいた。統合失調症の陽性症状がひどくて妄想が現実のように認知してしまう歪んだ思考であっても、自分が言っている妄想は、おかしなことだと潜在意識で理解してた。

だけども、妄想している時が至福で妄想こそが自分の存在意義だと思っていた。だから他人がそれを聞き邪魔でもしたらと恐れていて、まさに近くに人がいた。

恐らく聞こえないくらいの距離だったと思うが、その時は急に恐くなり、人におかしいとののしられるかもしれないと震えあがった。

そしてスマホを取り出すも、連絡する相手が見当たらないのは分かっていた。公式アカウントを開き、芸能人にLINEしてしまった。『怖い怖い、助けて』とこんな具合に…。


 後から正気に戻って芸能人の公式LINEアカウントにこんなことつぶやくなんておかしいことをしてしまったと反省した。これもきっかけになり、仕事場で人が恐くなり被害妄想や幻聴、独り言が出ることも真剣に悩み始めた。そして友達も人間関係も大事にして相談したりお互いを理解したりする関係が必要なんだと解り始めた。


 つい、最近も、不安ごとを公式アカウントのLINEで言ってしまった。仲の深まった友達はできたけど、それでも孤独や病気の苦しみ社会生活を送ることに対する苦悩はあり堪えきれなかった。わたしは一体、公式アカウントに何をしたいのだろう。何を求めてるのだろう。わたしはメッセージを送れるようにしてある公式アカウントLINEの気遣いも、テレビで時々拝見する顔姿も好きだ。

統合失調症になって集中してテレビ見れなくなったのもあり、佐藤健さんという芸能人を積極的に知って深める心の余裕もないけれど、身勝手なわたしを救ってくれる。これからどのように振舞おうか何も思い浮かばないけど、誕生日をお祝いしてみたいとか、健康で誠実な人になって与えてもらったものに報いたいとか、漠然と生きる理由を与えていただいた。


 

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