第7話 指先
再生ボタン…とかオーディオとか忘れようと思った。
慌てて帰宅してきて一番に目にやってしまったのを一生懸命隠した。
壊す、わけにもいかないだろ。
なぜにどうしてここまで投げやりなの?暴力的なの?
きっとわたしのことを知ろうとしてくれた親切な人はそう言ってくれると考える。
なのに誰に相談すればいいのだろうか結局誰もいない。
わたしはこの間、テレビと友達だと認識して一生懸命テレビと会話し、きらめく目線を自分のものにして悦に浸っていた。
幸せを掴みたかったのに母親は、
「ちょっと独語がでているわね。」
と、わたしのテレビとの会話を窘める。
わたしは慌てて薬棚に視線を送り、量が増えてないか確認する。
通院日でもないから突然処方量なんて増えるわけではない。
だけどお母さんがこそっと主治医に告げ口をして足しているかもしれないと恐怖した。
母親は、台所を占領するくせに料理がまずかったり、化粧棚を共有しようと言ったくせ掃除をしようとしたら怒って当時のバイト先に電話してシフトを減らすよう言ったりした。
稼げなくなったら一人暮らしだってできないのに、と、わたしは一生分の恐怖を使い果たした。
もう死んでも良かった。それが消すことのできない絶望の壁。
テレビに話しかけることはそんなにいけないの?分別をつけられることもあった。
“テレビとは見るもの”。会話なんてないし目線は大衆に向けられたものでカメラを見ているだけである。
確かにちょっと変わっている。
だけど、思うことは多い。意味のわからない個性的なファッションにはびくっとするし、大声にはどうしたものかと心配する。
呟くくらいいいのではないかな。
この間のわたしはもっと恐ろしいことを考えてた。
オーディオが友達だったし恋人だった。
もうこれ以上、屈辱はいらない。
やっぱり母親の方が正気なんだ。
オーディオを触れただけで他人と知り合えて愛し合えるというの?理解したくないの。
そんなことができないことも孤独だってことも。
だけど時間は瞬時に過ぎた。やわらかく触れてしまっていた再生ボタンは、2曲目を巡ってた。
『愛されたいならそういおうぜ!』
それは、わたしの空虚な顔を奪って歌う歌声。
わたしの主観という仮面をはずしても色濃く心を塗りわたしの心を囃し立てる。
だけど、もう昨日までのようにメロドラマティックな甘さを残してはいない。
恋なんて真っ赤な嘘だった。
一人の人間の声に聞こえてくる。
人の一生というものを3歳の時に疑問に思った。それは遠足の日。
乗り込んだ新幹線の窓は規則正しく、たくさんあって整列された椅子より奇妙に見えた。(椅子がなければ座れないもんね。)椅子が並んでいることを驚いてしまって椅子が逃げてしまったら怖いので窓ばかり眺めていた。
そしたら街並みらしき景色に小指の爪ほどの人の姿をみつけ、自分より歳を重ねた大人の年輪を不思議に思った。(なぜわたしより先に生まれたんだろう、大人って、そしてずっと色んな事を知っていそう。)動いている人型の命の在りかに心を重ねてみようとしたけど道を急ぐように新幹線が通り過ぎてしまった。
(わたしは、大人になれるのだろうか。)そう考えようとはしたけど結局、心配事は生きる好奇心で誤魔化して目的地につくのを待つことにした。
『…私をどうする?』
音楽が囁いてわたしの耳をついた。もうすでにオーディオは別のアルバムを読み込んでずいぶん過ぎていた。
永遠の憧れの台詞をユーモアにコジャレて歌う、米津玄師さん。その歌声に気づいた瞬間に耳から胸の奥にこだまする。大好きな曲。
(…やだなぁ、はぁと甘くため息がでそうな歌声と台詞だなぁ。)
面倒くさいことはどうでもいいと放り投げたくなった。片方ずつスリッパを脱ぎ捨てて膝をついて身体を折りたたむようにそのまま眠ってしまおうかと…
手を膝に乗せて思う。
(口ぶりを真似て歌えば心を知ることができる?)
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