第5話 幻に恋
Twitterの中で叫び続けたお兄ちゃんという幻想は、実際に存在した兄妹の兄の形を失っていた。競う相手でもあり、親の愛を奪い合う仲でもあり、けんかも絶えなかった兄妹関係に、これ以上の慈しみを思い出せない。
死はわたしへ与えた呪いであり、魔物のように変わった“兄”という名前は、漫画の中の美少年に委ねてわたしは死という事実から逃げていた。
そして、今、新しく逃亡先として願ったアーティストへの思慕は、燃えるような気持ちを持つ度に自分の芯まで焼き付くしてやがて体温を失っていくような寒さを感じた。
それでも震える手は逃げ場を求めるように、スマホの画面の△ボタンに触れた。
その男性は、画面のなかで静かに現れた。
頭から首元まで大輪のそれでいて背景に溶け込むようにシンプルな花で飾った男性…。神様のようなしぐさで指先からめくられていく本の絵もわたしの乙女心を刺激していく。
(愛を知る人―。)
わたしの知らない誰かと愛し合う形跡を感じる大人の男性の美しさと心溺れたわたしの悲しみは…
トゲとなりわたしを貫いた。
わたしさえ誘うその美貌は、“わたしだけを誘ってる”…!
これは、つまり、有りもしない事を自分の心身の中で歪んだ真実にしてしまったということである。
目の前が渦のように回ってわたしは有名なアーティストの恋人になりきっていた。恋の歌の歌詞はわたしへの熱烈なラブレターでゴシップさえわたしへの愛の合図。持ってなかったCDを小山ほど買い家のオーディオ車の中でも何度も流させた。
どうしてアーティストの歌詞はわたしの心もゆさぶるのだろう?
簡単にわかりそうなことなのにわたしはそのせいで瞳が曇る。どうして好みなのかわからない…愛しく感じてしまう心の理由をわたしは理解することができなく相手のせいにした。
更にいえばアーティストとは…交友関係の少ないわたしには数少ない語り掛けてくれる媒体…だった。
仕事場でも暇なとき独り言が出てしまう。
「わたしは世界に平和をもたらすために生まれたアンドロイド。
仕事をして悪と戦うの。偽物の人間は知らぬ顔で職場にいて悪事を働こうと企んでる…。」
ありしもしない危険な妄想。わたしがもしスーパースターと恋人になれるのだとしたら世界平和を守れるスーパーヒロインでなければだめだ、という劣等感から生まれたのだろうか、おかしな妄想…。
だけど、CDを何枚も集めなきゃ彼というものは増えていかないし、わたしのためだけの直接的なメッセージもあるわけがない。
……お兄ちゃん……っけて…。。
いつもの悲鳴―。
それはすぐ側で感じられるハズ。だって私は生まれてきた。祝福されているハズ。
兄妹というものは、無償で 存在意義を プレゼントしてくれるもののハズなんだ。
「もし…もし…」
直立不動。嗄れた声が震えて…
スマホも持たずに電話をするように空に語り掛けた。
「はいはい。兄です」
声は体の中から聞こえた。
『極めて際どいね、キミ。』
…際どい?際どい?
どうか止めてくれと叫ぶ自分の姿が脳裏を過った。
『喧嘩?したんだって?優しい?』
そういえば、年明けそうそう、乱暴にファイルを置いてしまったこともあった。でもまだ誰とも喧嘩してない。挨拶もしてるし、無視もしていない。
「易しい喧嘩?」
イライラしたり焦燥したり頭が回らなかったりしたら、ねぇ、そしたらわたしはどうすればいい?
『夢でもみてれば?周りに迷惑さえかけなければね。』
都合のいい言葉。優しい言葉。でもアドバイスさえほとんどくれなかったわたしの兄とは違う男の…(幻聴…?)
「っはっそう?」
わたしはビクッとして変な声をあげた。
だけどもう声は聞こえなかった。受話器から出てくる声でもなかったし、いつまた出会えるのかなんて考えもつかない。
「っあっほーー!」
できるだけ声量を下げて叫んだ。無責任にいなくなった男へわたしは伝えたかった。
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