第4話 微睡んだ眼の恋

 ―どうしてわたしは何もないの。

高校も通信制で卒業、大学は卒業できず、友達も恋人もいない。


そんな難航する悩みの迷路の中で友達の歌ってくれた流行の歌の糸をたぐってひっぱてみて出てきた青い髪形のフェイス。

YouTubeの再生ボタンを押した。


 お兄ちゃんの夢はシンガーソングライターでした。

お兄ちゃんは統合失調症を発病してからは部屋着でうろうろしていたけど時々爪をマジックで塗ってみたり髪を絵の具で青くメッシュにしたりしてお洒落してた。



 米津玄師さんの『馬と鹿』。

『Lemon』と『パプリカ』の作曲家で…新しい曲よね?

ただ友達に運んでもらいメディアが騒いでいた米津玄師さんの世界(Lemonを聞いた)に

新たに『馬と鹿』がわたしの目を横切る。


あの日のお兄ちゃんを思い出させるような米津玄師さんの青い青い…髪の毛…。


ごめんなさい…。

わたしはまだ自分という存在を知らず知らず保証していたお兄ちゃんを探してばかりいる。人を見る目も歪んでこんな心を相手に押し付けるなんて…申し訳ない。


そしてMVに映るラブホテルのような建物にフリースクール近くの駅前を思い出しあの頃の痛みがふっとわいて米津さんの美しい容姿に心を絡みとってもらうように凝視した。


お兄ちゃんが遺したバッグにはお兄ちゃんの大好きなガムが数枚残っていた。高校へ少しだけ通おうと努力したわたしは電車内で同級生にそれをさっと渡してもらってもらった。

銀紙を剥がすとガムが張り付いていて(しまった!)と思ってももう同級生と別れた後だった。


以前、陽性症状がひどい時に自分を慰めるためにおかしなツイートを書き綴り続けた。架空のお兄ちゃんとよぶ男の子とのラブストーリーと痴話話…。お兄ちゃんは現実に存在していないのに、会えないだけだとしてお兄ちゃんの名前をSNSで叫び続けた。

誰にもおかしいと邪魔されたくなくてすべてのユーザーをブロックし、その後、非公開にしてもなお叫び続けた。


来る日も来る日もお兄ちゃんの名前ばかり。

今もお兄ちゃんの幻覚を見ることも…。。


『これが愛じゃなければなんと呼ぶのか

僕は知らなかった

呼べよ 花の名前をただ一つだけ

張り裂けるくらいに…』

米津さんの『馬と鹿』のサビはわたしの心をやさしく抱き上げてくれた。


ねぇ、お兄ちゃんを思い続けてもいいの?

もちろん恋でもない、人とうまく付き合えない弱いわたしの逃げ場所としてお兄ちゃんの名前を叫んでもいい?

それがわたしの精一杯の愛だと思っていいの?


兄は14歳の時に作曲した曲にわたしは詞をつけてそしてお兄ちゃんの伴奏で歌った。その一曲しか歌ったことはないしテープも残ってない。


あの日のお兄ちゃんは溶けて

新しいアーティストに導いて

わたし のお兄ちゃんにすがる弱さにさよならの時を運んでくれるのかもしれない。


なんて淡くて子供じみた思いを上手に柔らかくつかんでくれる歌声とアーティストの芸術的な世界なんだろう。

今日も、自分という名の薄汚れた白いノートとにらめっこ。外が曇りかなんて気づく心もどこかに置き忘れて、

どうでもいいわたしだけど

何かを好き、と思える瞬間によって自分を生かしてくれている、と思う。

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