第二十三話

 グリードの巣殲滅作戦から3日後。

 勇理は学校の教室にいた。昼休みということで、友人2人と一緒に談笑しながら昼食を食べている。その周りでも生徒がいくつかグループを作って楽しげに昼食を食べていた。


「……そういや椎葉、お前最近おかしくないか? 体力馬鹿なのに休みが増えたり、授業中に突然いなくなったり」

 不意に友人の1人である高山がそう問いかけた。それにもう1人の友人である中原が反応して、


「あー、確かにそうだな。なんかあったのか?」

 箸を勇理に向けて重ねるように聞いた。


「ん、ああ……まあ、あれだ、家庭の事情ってやつだ」

 勇理は口に食べ物を入れたまま、歯切れ悪く答えた。その答えに高山と中原はそれなら仕方がないという表情を浮かべた。それから3人の間には誰も話さない気まずい空気が流れる。そんな中で唐突に中原が話題を切り替える。


「……ところでさ、椎葉が腕につけてるそれって何なんだ? この前授業中にすげえ爆音で鳴ってただろ」

「これは通信機みたいなやつだ」

 勇理は自身の右腕にはめられたブレスレットを一瞥して答えた。すると中原は興味ありげな表情になり、


「ほう……で、誰と通信してるんだ?」

 さらにそう聞いた。その質問に勇理はしまったという顔をする。


「あ、ああ……い、家からの連絡?」

 明らかに動揺して答える勇理。高山と中原の2人はそれが嘘であることをいとも簡単に見抜いた。


「……おい、まさか危ないことやってる、とかないよな? お前に限ってそれはないと思うけどさ」

 中原は周りに聞こえない小さな声で言った。その隣で高山は心配そうな顔を勇理に向けている。


「……ああ、それはない。世話になってるあの人たちに迷惑をかけたくないしな」

 勇理は中原の言葉をやんわりと否定した。


「そうか、それなら良かった。でもまあ、何かあったら言えよな。少しくらいなら力になれるからさ」

「ああ、1人で溜め込むのは良くないしな」

「……悪いな、2人とも」

 友人2人の言葉に素直に感謝する勇理。そうして少し湿っぽい空気になった時、


「ただし! 力を貸す時は昼飯3日分の金を要求するからな。ただで何かをやってやる俺は善人じゃねえからな」

 中原が急に声を上げて言った。それに続いて高山も、


「俺は2日分で手を打ってやる」

 力を貸す条件を言った。2人の発言に勇理がポカンとしていると、


「んで、これが手付金な」

 中原がそう言って勇理の弁当のから揚げ全部を箸で刺した。


「――おいッ! 何やってんだよッ!」

 勇理はすぐさま我に返り、団子状になったその箸を掴もうとするが、


「おっと」

 中原は箸をひょいっと横にずらし、勇理の手をかわした。


「返せッ!」

 今度は立ち上がって好物のから揚げを取り返そうとする勇理。しかし中原も同様に立ち上がり、


「やーだよー」

 小憎らしい口調で言って逃げだした。それを見た勇理は弁当を机に置き、


「ふざけんなッ! 取るにしても全部はねえだろッ!」

 逃げるその背中を急いで追った。


 その様子に周りの生徒たちは面白そうに笑ったり、迷惑そうに苦笑したりしていた。




 放課後。夕方からの訓練に向かうべく勇理が靴箱から出ようとすると、


「――椎葉ッ!」

 1人の男が呼び止めた。その男はぜえぜえと息を吐き、焦燥感に駆られた表情をしている。


「……部長」

 勇理はその男に向かって言った。部長と呼ばれるその男は勇理に詰め寄りながら、


「顧問にお前は退部したって聞いたぞ。一体どういうことなんだ?」

 そう聞いた。その男は勇理が所属していた陸上部の部長だった。


「……家庭の事情です」

「それは顧問にも言われたさ。でも納得できないし、諦めきれない。1人の選手として俺の後継者として」

 部長は真剣な表情で説得し、勇理を何とか引き留めようとする。そんな部長に勇理は、


「……俺だって悩みましたよ。だけど決めたんです」

 固い意志を感じさせる口調で言った。しかし部長はそれでも引き下がらなかった。


「お前の抱える問題は、俺たちが力を貸しても解決できないほど困難なものなのか? 本当に大好きな陸上をやめるほどのことなのか?」

「……すいません」

 自分の意志は変わらない、と勇理は部長に頭を下げた。そして背を向けると、靴箱から出ていき、校門のほうへ歩いていった。その途中、


「言ってくれればいつでも部員全員が力になってやるからなッ! 俺は、俺たちはお前が戻ってくるのを待ってるからなッ!」

 後ろから部長の大きな声が聞こえた。部長は勇理が悩みに悩んだ上での決断だと理解したため、追ってきて無理に引き留めようとはしなかった。


 そもそも勇理はなぜ陸上部を退部したのか。それにはちゃんと理由があった。

 1つは仮に時間がとれたとしても疲労でまともに活動することができないから。もう1つはリバースから在学を条件に部活動を退部しろと告げられたからだった。それは当然と言えば当然のことである。


 部活動を犠牲にどうにか学校生活を継続させてもらった勇理。その背中には何とも言えぬ哀愁が漂っていた。




 リバースに到着した勇理はリベリオン・ブレイヴに搭乗し、訓練を行なう地上へ。地上に出るとそこにはすでに準備した直輝がいた。勇理は自分の武器であるロングソードを手に取り、直輝の元へ向かった。


「……来たか。それでは早速訓練を始めるぞ」

 勇理が目の前まで来ると、直輝は訓練の開始を告げた。


「ああ」

 勇理は武器を握る手に力を入れて返事をした。そうして今日の訓練が始まった。


「まずはおさらいだ。椎葉、昨日教えたリベリオンの機能は何だったか答えてみろ」

「『強制命令』、だろ。馬鹿な俺でもさすがに何度も言われりゃ覚えるって」

 直輝の問いに勇理は自信満々で即答した。


「そうだ。では、どんな機能だったか答えてみろ」

 正答を言った勇理に対して、直輝はもう1つ質問をした。その質問に勇理は少し悩む素振りを見せて、


「えー、近くにいる司令個体以外のグリードに命令を下せるっていうやつだろ」

 そう答えた。


「……正解と言いたいところだが、命令の効果は瞬間的ということが抜けているな」

「あー……そうだった」

 直輝の言葉で勇理は思いだしたように返事をした。


「このことはお前の脳に刻み込まれるまで聞き続け、言い続ける。瞬時に出てこない選択肢などあってないようなものだからな」

 直輝はそこまで言った後、


「……と、おさらいはここまでにして、今日の訓練内容に入るとしよう」

 話を切り替えて本題の訓練内容に入った。


「今日お前に教えるのは『形状変化』と言う、触れた物の形状を変化させる技だ」

「……そんなことできんのか?」

「できる。まあ見ていろ」

 直輝はガンブレードを持った右手を真横に真っ直ぐと伸ばす。


「――なッ」


 ガンブレードが液体のようにボコボコと波打ち、白い閃光を散らしながら形状を変えていった。その様はグリードが自身の体を形状変化や再生させるそれとよく似ていた。形状変化は数秒で終わり、直輝のガンブレードは新たな形を得た。


「こんな感じだ」

 直輝は右手を動かし、新たな形を得たガンブレードを勇理の眼前に持っていく。その形状は麗が使っている大型スナイパーライフルと同じだった。


「すげー……」

 眼前に突きつけられた事実に感嘆する勇理。


「今からこれを練習してもらうが、その前にいくつか注意点がある。まず大前提として形状変化は物質の種類や質量を変えることはできない。だから俺が形状変化させたこれもオリジナルとは異なる」

 そう言って直輝は形状変化後の武器を持ち上げた。確かによく見れば大きさや色、その他細かい部分が麗のオリジナルと異なっている。


「この技は隙ができる上に、強制命令と同じく使用すると脳に大きな負担がかかる。多用は禁物だ」

 言い終えると直輝は右手を下ろした。


「それでは練習を始めるが、何か質問はないか?」

「……んーまあ、大体分かったから質問はいい」

 言葉通り大体分かったという顔をして勇理は答えた。


「そうか。では練習を始めるぞ。あまり回数はできないから1回1回を真剣にな」

「ああ分かった」

 勇理が返事をすると直輝は形状変化の使用手順を話し始めた。


「まずは俺の武器をお前に渡すから、よく見て形状を覚えろ」

 直輝は自分の持つ形状変化後の武器を勇理に渡した。それを受け取った勇理はその武器の形状を脳に刻み込むように、ゆっくりと隅々まで見ていった。


「覚えたら、そのまま自分の武器に意識を集中させて、同じ形状になれと念じてみろ」

「…………」

 勇理は言われた通り左手に持つ直輝の武器を見たまま、右手に持つ自分の武器へ意識を集中させて、同じ形状になれと強く念じた。すると、


「――ッ! !」


 勇理の頭の中を重く鋭い痛みが駆け抜けた。直後、勇理の武器が液体のようにボコボコと波打ち、形状変化が始まった。白い閃光を上げながら形状が変わっていき、やがて左手に持つ直輝の武器と同じような形状になった。

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