第二十二話
穴を抜けると、そこには少し広い円形の空間が広がっていた。中央には、
「あいつがマザーか」
「そうだ」
脈動する肉の円柱があった。柱の内部には大きなコアがあり、それがマザーグリードであることを示していた。
直輝は背中から備えつけのショートダガーを取りだし、マザーグリードの領域内に放り投げた。ダガーは真っ直ぐ飛び、領域の中間付近に突き刺さった。次の瞬間、
「なッ……」
天井から無色透明の消化液が滝のように降り注ぎ始めた。それを受けるダガーはジュッと溶けるような音を立てて白煙を上げ、そのままゆっくりと地面に飲み込まれていく。
それを見た直輝は手首付近に備わったワイヤーアンカーの先端に爆弾を取りつけ始めた。
「……何するんだ?」
「見ていれば分かる」
直輝は取りつけを完了させると、手首をマザーグリードのコアに合わせて、勢いよくワイヤーアンカーを飛ばした。
降り注ぐ消化液の中、ワイヤーアンカーは空を切るように真っ直ぐ飛んでいき、肉の円柱に突き刺さる。直後、直輝は手を引き、ワイヤーアンカーを戻した。次の刹那、大きな爆発音とともに肉の円柱が大きく抉りとられた。
直輝はそれを見て再度ワイヤーアンカーを飛ばし、円柱の上部に深く刺した。それから引っ張って安全を確認し、
「掴まれ。飛ぶぞ」
勇理に向かって言った。彼はおずおずと直輝に掴まる。
しっかり掴まったことを確認した直輝はワイヤーアンカーを巻き戻した。その勢いで2人は領域内を滑るように駆けていく。中間地点で浮き上がり、爆破で開けたくぼみに飛び移った。
「この距離ならコアまで届くはずだ。さっさと済ませるぞ」
直輝はすぐさまコアめがけてガンブレードを力強く突き刺した。その横で勇理も勢いよくロングソードを突き刺した。どちらも一撃ではコアに届かず、2人は武器を強引に押し込んでいく。
苦しげに巣全体を振動させるマザーグリード。振動は2人の武器がコアに近づくにつれて大きくなっていき……やがてピタリと止まった。
「……やったか?」
「ああ。だが安心してる暇はないぞ」
直輝が返事をした直後、巣全体が再び振動し始めた。さきほどよりも大きい揺れだ。
「マザーの落命で巣の崩壊が始まった。急いで外に出るぞ」
そう言いながら直輝は突き刺したガンブレードをゆっくり引き抜いた。すると刃先と一緒に砕けたコアの欠片が落ちる。直輝はそれを拾って収納ポケットに入れると、
「ブースターを全開にしてついてこい」
そう告げて脚部ブースターを全開にし、脱出するべく行動を開始した。勇理も脚部ブースターを全開にしてその後に続いた。
マザーグリードを失ったことで巣の中にいるグリードは混乱し、壁は痙攣、天井は緩やかに下がってきていた。2人はそんな中を高速で駆け抜ける。その途中で不意に、
「……思ったより大したことなかったな」
勇理の呟きに直輝は眉をピクリとさせた。
「この巣はまだ下級の巣だ。成長すれば巡回グリードや妨害行為がぐんと増える。だから俺たちはできるだけ未熟なうちに叩いて潰す」
「うげッ……マジかよ……」
直輝の言葉に意気消沈する勇理。しかし次の瞬間には気を取り直して脱出に専念した。
爆破した穴を抜け、閉じかけた穴や閉じた穴も再度爆破してこじ開け、2人は巣から無事に脱出した。外では至る所から黒煙が上がっており、依然として激しい爆発音や炸裂音が続いている。
「――2人ともおかえり。すぐに加勢を頼むわ」
巣から出てきた2人に気づき、麗が言った。その手は絶え間なく銃の引き金を引き続けている。
「ああ、今から向かう」
直輝は返事をしながら戦線の状況を確認、そして把握した。
「おっしゃッ! さっさと片づけるかッ」
気合を入れ直す勇理。異様で非現実的な空間から帰ってきたせいか、さっきから妙に元気である。
「椎葉、行く前にお前の武器を少し貸せ」
「ん? ああ、分かった」
勇理は怪訝な表情を浮かべ、ロングソードを直輝に渡した。直輝は自分の武器を地面に刺してからそれを受け取り、おもむろにグリードコアの欠片を取りだした。それは脱出前にマザーグリードから採取したものだった。
直輝はそれを掌に載せた状態でロングソードの刃を握り、手前から奥へ滑らした。
「なッ……」
すると仄かな光を放ち、刃こぼれしていたはずの刃が完全修復された。直輝はその調子で反対側の刃も完全に修復し、
「これで少しは戦いやすくなる」
勇理にロングソードを返した。受け取った彼は不思議そうな顔で自分の武器をまじまじと見ている。
「前にも言ったが、それが万能物質としてのグリードコアの力だ」
直輝は自分の掌を見た。そこにはわずかに残ったグリードコアの欠片があった。彼はそれを再び仕舞い、地面に刺したガンブレードを引き抜いた。そして、
「よし行くぞ。遅れるなよ」
加勢に向かうべく駆けだした。
「ああ」
返事をして勇理はその後を追う。自分の武器の修復にグリードが使われたことで心境は少し複雑だった。
残党グリードの殲滅を含めた今回の戦いは深夜まで続いた。
戦いの舞台となった廃墟の街はさらに荒れ果てた。瓦礫の山が増え、あちらこちらに死骸が散乱している。グリードも、機械も、人も。卵のようだったグリードの巣も今や空気が抜けた風船のように潰れて完全に沈黙していた。
そんな中で暗視モードに切り替えた勇理たちが生存しているグリードを捜していると近くにいた自衛隊員が一斉に引き上げ始めた。
「……終わった、のか?」
武器を下ろして勇理は言った。
「ああ。今丁度帰還命令が出た」
直輝も同様に武器を下ろす。2人の周りには死骸となったグリードの山がいくつも並んでいる。一見してみれば、それは肉塊の山。これは後日、埋められるか燃やされるかして処分されることになっている。
「日向、ここまで来られるか」
「大丈夫。今から向かうわ」
麗は大型スナイパーライフルを片づけ、勇理と直輝のいる場所へと向かった。
勇理と直輝がその場でしばらく待っていると、麗が自衛隊の狙撃部隊とともにやってきた。
「待たせたわね」
麗は2人の前で立ち止まる。ともにやってきた狙撃部隊はそのまま通り過ぎていった。
「来たか。では俺たちも帰還するぞ」
そう言うと直輝はリバースに向けて駆けだした。勇理と麗もそれに続く。
「あー、やっと帰れるー」
勇理は疲れ気味に言う。今までで最も長い戦いだったため、彼がリベリオンから降りた際に襲いくる疲労はかなりものと考えられる。
「しっかりしなさい。帰還するまでが作戦よ」
そんな勇理に、麗は先輩口調で強く言った。
麗や直輝はさすがと言うべきか疲れがまるで見られなかった。もちろんリベリオンに搭乗することで感覚が麻痺しているということもあるが。
そうして勇理たちが月明かりに照らされた暗い廃墟の街中を走行していると、
「ん」
途中で勇理が何かを発見し、足を止めた。それに気づき直輝と麗も足を止める。
「どうした?」
直輝は振り返り、どこかをじっと見ている勇理に聞いた。すると、
「あれって、自衛隊のだよな」
勇理は視線の向こうを指差す。その先に瓦礫に埋もれた1機のLB-11がいた。瓦礫から顔と両肩を出して停止している。
「……ああ、自衛隊のだな」
直輝はそう答えると、その機体のほうへ向かった。
「何するんだよ?」
「生存確認だ。もしもの場合があるからな」
直輝は勇理に答えながら一歩一歩近づいていく。
「…………」
勇理は何を思ったのか、直輝の後についていった。
そして現場に到着すると、直輝はLB-11の上に載った瓦礫をどかし始めた。勇理もそれを手伝い、瓦礫をどけていく。
瓦礫を全てどけると背を向けた状態で倒れているLB-11の姿があらわとなり、
「……おーいッ! 生きてるかーッ!」
勇理がそう声を上げた。しかし返事はなく動く気配もない。
「おーいッ! 生きてるなら返事しろーッ!」
それでも勇理はもう一度大きな声で呼びかけた。だが反応はなく、それを見ていた直輝がおもむろにLB-11の脇腹を両手で握り、ひっくり返した。すると、
「――ッ!」
胸部にグリードのものと思われる細長い大きな爪が刺さっていた。勇理はそれを見て驚き、落胆する。直輝はあくまで冷静に胸部の装甲を取り外していった。ゆっくりと、その爪を抜かないように。そうして胸部の装甲を取り外すと、
「――ッ!」
「…………」
そこには、爪の先端が腹部に突き刺さった状態で絶命しているパイロットがいた。月明かりに照らされて、哀しさとともに神秘的な雰囲気を漂わせている。戦場で目を逸らしていた勇理にとって、これが初めて目の当たりにする味方の死だった。
直輝はそれをしばし見た後、死後の苦しみから解放するように、パイロットの腹部に突き刺さった爪を引き抜き、上から取り外した胸部装甲を被せた。
「……ここに置いていくのか?」
「いや、持ち帰る。せっかく取り込まれずに死体が残ったんだからな。それに、機体自体も貴重な資源だ。この損傷具合だと修理して再利用できる」
そう答えながら直輝はLB-11を右の肩に担いだ。
「じゃあ持ち帰った後、この人の……死体はどうなるんだ?」
「遺族が望めば対面させて、その後火葬だな」
直輝は2つ目の問いに淡々と答えた後、
「行くぞ。もたもたしていると夜が明ける」
と言って麗が待っている元の場所へと向かった。
「……ああ」
やるせなさそうに返事をして勇理も後に続いた。
その後、2人はその場で動かずに待っていた麗と合流し、再び帰還を開始した。
勇理たちがリバースへ到着する頃には、日が昇り始めていた。
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