第二十一話
勇理が穴から出るとそこには、
「うッ……」
想像を絶するグロテスクな空間が広がっていた。
そこは全てが肉と内臓で構成された狂気的な空間。上下左右どこを見ても肉々しい鮮烈な赤で染まっている。天井や地面、壁など所々が脈動しており、生物の体内にいるようである。
「突っ立っていると取り込まれるぞ」
「……え?」
直輝の言葉に反応して勇理が下を見ると、
「おわッ!」
ブレイヴの両足が肉の地面に沈み込み始めていた。勇理は慌てて抜けだし、その場で止まらないように足を動かし始める。直輝はそんな勇理を見向きもせず、
「巡回グリードが来る前にさっさと行くぞ。ついてこい」
と言って奥の壁へと向かっていった。それを見て勇理は、
「あ、ちょッ……」
置いていかれないように急いでその後を追った。丁度その時、勇理たちが爆破して開けた穴が、傷を塞ぐように、異物である勇理たちを逃がさないように、ゆっくりと閉じた。
奥の壁に着いた直輝は、またもや爆弾を壁に取りつけ始めた。それに勇理は身構えて、
「……また爆破するのか?」
直輝にそう聞いた。
「ああ。このほうが早いからな」
直輝は爆弾の取りつけ作業をしながら答えた。爆弾を取りつけ終わると、
「よし、離れろ」
と言ってその場から離れた。勇理も今度は慌てなくて大丈夫だとすぐに離れる。直輝は勇理が離れたのを確認し、爆弾を起爆させた。何度聞いても慣れないような凄まじい爆発音を空間中に響かせ、黒い煙をもくもくと巻き上げる。
「行くぞ」
直輝は一言告げて爆破した箇所に向かう。勇理もその後に続く。爆破した箇所はさっきのようにリベリオンが何とか通れるくらいの穴が開いていた。直輝と勇理はその穴の中へと入っていく。直輝に続いて穴を抜けた勇理は、
「……なッ」
目の前の光景に目を見開いた。視線の先にはさきほど見たような肉の壁。だがしかしよく見ると少し違う。その壁一面には人や動物の顏がびっしりと並んでいた。全てに目玉はなく、影で暗い目をしているように見える。そして口からは、
「――ッ!」
肉塊を吐きだしていた。それは赤黒く唾液のような粘膜に覆われていて地面に大量に散乱していた。勇理はその光景から目を離せずに、ただじっと見続けていた。
「……あの肉塊が成長してグリードになる」
勇理の隣にいた直輝は静かに呟いた後、
「行くぞ」
と急かしてその壁に向かっていった。勇理は少し遅れてその後を追う。
直輝はその気味の悪い壁に着くなり、また爆弾を取りつけ始めた。顔群の上から強引に設置していく。
直輝の後ろでは壁をあまり見ないようにしている勇理がいた。どうもこういうのは苦手らしい。
「よし、離れるぞ」
爆弾を取りつけ終えた直輝はその場から離れる。勇理も素早く離れた。
勇理が離れたのを確認し、直輝は爆弾を再び起爆。凄まじい爆音と黒煙を上げて気味の悪いその壁に大きな穴が開いた。開いた壁の側面からは赤と白の液体が垂れて、未成熟な肉塊がぼとぼとと落ちている。
「もう少しで到着だ」
そう言うと直輝は開けた穴の元へ向かう。勇理も足早にその後を追った。
「――待て」
途中、直輝が手を伸ばして勇理を制した。次の瞬間、
「――ッ」
「――ッ!」
爆破して開けた大きな穴から大型種の人型グリードが出てきた。その刹那、直輝は飛びだして右手に持ったガンブレードをそのグリードに突き刺した。ガンブレードは腹部にあるコアを貫き、そのグリードは声を上げることもなく横ざまに倒れる。
「……この奥にまだいるな」
直輝は穴の奥を見て言った。ガンブレードを引き抜くと、
「急いでこっちへ来い。戦うぞ」
掌を上に向けて手招いた。それに勇理は頷いて直輝の元に急ぎ足で向かった。これが巣に入ってからの初戦闘。武器を握る手にも一層力が入る。
「俺が先に行く。お前は銃声のあとに来い」
「……分かった」
直輝の言葉に気を引き締める勇理。その表情はすでに1人の戦士だった。
「では行ってくる」
直輝はそう言うと一気に飛びだし、穴の中へ入っていった。直後、グリードのうめき声が聞こえてきた。その声は幾重にも重なっていき、それは直輝がグリードを次々と始末しているということを表していた。
そんな状況で勇理がしばらく待機していると、
「――ッ!」
ついに合図の銃声が鳴った。勇理は飛びだして穴に入り……抜けだした。
そこには大型種の人型グリード3体と戦う直輝がいた。周りにはまだ成体になりきっていない小型種や中型種グリードが群がっている。そんな中、直輝は勇理に気づいて、
「周りにいる雑魚を頼む」
戦いながら言った。その声からはかなりの余裕が感じられる。
「任せろッ!」
力強く返事をして勇理はその戦いに加わった。
勇理はロングソードを振り回しながら、直輝の周りにいる小型種や中型種のグリードを一掃していく。その様はまさに猛獣。力でねじ伏せる凶暴な戦いぶりの前に小型種、中型種グリードは為す術なく次々と屠られる。死を免れたものでさえ、すぐに再生できないほどの損傷を負った。
「椎葉ッ、そっちに行ったぞッ!」
不意にした直輝の声で勇理が振り向くと、
「――ッ!」
大型種の人型グリード1体が迫ってきていた。勇理はそれを見て慌てることなく冷静にコア位置を見据え、
「――オラァッ!」
迫ってきたそのグリードにロングソードを突き刺した。その一撃でコアを貫き破壊し絶命させる。そして勇理が直輝のほうを見ると、
「なッ……」
今まさにミヤビの全身を小型種や中型種グリードが厚く覆ったところだった。すぐ近くでは大型種の人型グリード2体が襲いかかろうとしている。
「おいッ! 何やってんだよッ!」
勇理が助けに行こうとした次の瞬間、
「失せろ、雑魚ども」
直輝が威圧的な口調で言い放った。
「――ッ!」
するとミヤビを覆っていた全てのグリードが一斉に離れた。そこで直輝は息もつかせず腰を落として前方へ飛びだし、大型種の人型グリード1体を見事仕留めた。続けて流れるように残り1体となった大型種の人型グリードに迫り、
「――ッ」
下から突き上げるようにコアを貫いた。そのグリードは断末魔の叫び声を上げ、力なく崩れるようにして倒れた。死骸となったそれからガンブレードを引き抜くと、
「雑魚の殲滅は後回しだ」
何事もなかったかのように奥にある壁のほうへ向かっていった。それに勇理は、
「あ、ああ」
我に返ったように返事し、急いでその後を追った。どうやらさきほど直輝が見せた一連の行動に心を奪われていたらしい。
それから直輝と勇理は邪魔をしてくるグリードを振り払いなぎ払いながら、奥の壁へと辿り着いた。その壁はさっきと同じで壁一面に人や動物の顏がびっしりと並んでいる。直輝はその壁にまたもや爆弾を取りつけ始め、勇理は追ってきたグリードから彼を守る。
「……おい、さっきのは一体どうやったんだよ」
さきほどの不可解な現象。それは勇理の心にずっと引っかかっていた。
「あれは、リベリオンの機能の1つだ」
「俺も使えるのか?」
「おそらく。後日訓練中に教えてやる。生存率を上げるために必要なことだからな」
問いに答える間に爆弾を取りつけ終えたらしく、彼はその場から離れた。勇理も戦うのをやめてその場から素早く離れた。直後、直輝は爆弾を起爆させた。凄まじい爆音と黒煙を上げ、大きな穴が開いた。
開いたのだが壁が相当厚く向こうの景色は見えない。それを知っている様子の直輝は爆破した箇所に向かうと、右腰付近にあるサブポケットから手榴弾を3つ取りだしてピンを抜き、
「――ッ」
爆破で開けたその穴の中に全て放り込んで退避した。3秒後に手榴弾は爆発し、奥の空間へと続く通路を完成させる。
「行くぞ。マザーとご対面だ」
そう言って先に穴の中へ入っていく直輝。勇理も緊張した面持ちでその後を追い、穴の中に入っていった。2人を追ってきた小型種、中型種グリードはその穴の手前で止まって入ろうとせずに、うろうろとしているだけだった。
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