第二十話

 翌日のこと。

 登校途中に呼びだされた勇理はリバースへと向かい、パイロットの控室に入った。


「うーっす」

 入室と同時に軽く挨拶をした勇理。すでに控室に来ていた直輝と麗はそれに気づき、


「おはよう」

「おはよう……相変わらず馴れ馴れしいわね」

 それぞれ勇理に挨拶を返した。1人は小言付きであったが。


「ここで聞けって言われたけど、またグリードが現れたのか?」

「それを今から話す。だから席に着け」


 勇理は空いているリクライニングチェアに座った。それと同時に向かいにいる麗は読書をやめて、ブックカバーの付いた本をテーブルの上に置いた。


「よし、それでは作戦会議を始めるぞ」

 準備が整ったと直輝は作戦会議の開始を告げた。


「まずこれを見てくれ」


 言葉の直後、3人の前にある透明なテーブル上に地下複合都市・関東周辺の地図が映しだされた。続けて直輝はその地図のとある場所を中指で数回タッチし、ズームアップしていった。勇理はそこに映ったものを見て、


「……な、なんだこれ」


 そう疑問の声を漏らした。


 ズームアップされたその地図を見ると、中央には何やら鉛色をした卵のような謎の物体が映っている。その物体は異様で非常に大きく、それは周りに見える建物らしき残骸と比較しても明らかだった。


「これは、グリードの巣だ」

 地図を見ながら直輝は言った。それに勇理は目を丸くして、


「グリードの巣なんて初めて聞いたぞ」

 隣に座っている直輝を見た。


「知らなくて当然だ。一般都市民には最低限の情報しか与えていないからな」

「なッ……そりゃ酷い話じゃねえか。俺たちに知る権利はないのかよ」

 勇理が声を尖らせて言うと、


「不安感を煽らないためよ。それくらい分かりなさい」

 麗が冷たく言い放った。


「……まあ、そういうことだ。話を続けるぞ」

 直輝は麗の言う通りだと勇理に告げ、脱線した話を元に戻した。隣で勇理が不満そうな顔をしていたが、直輝はこれ以上の面倒はごめんだと無視をした。


「それでだな。ここをさらに拡大すると……」

 そう言って直輝は地図上にあるグリードの巣を中指で数回タッチした。地図はグリードの巣を中心にズームアップして、周囲の様子がさらにはっきりと見えるようになった。


「――なッ」


 突然、勇理が目を見開いた。さっきまでの不満そうな顔が一転、驚きの顏へと変わる。


「1、2、3、4、5、6」

 勇理は地図を見ながら何かを声に出して数えていった。それは、


「……6体。でかいグリードが6体も……」

 グリードの巣周辺を守る大型種グリードの数だった。その大型種グリードは均等な間隔で巣周辺に立ち並び、それぞれが多くの小型種、中型種グリードを従えていた。


「おい、まさかこいつら全部やるんじゃないよな……?」

 嘘だろと言わんばかりの顔をする勇理。


「そのまさかだが、心配しなくても戦いやすくする方法がある。それを含めて今から説明するからよく聞いておけ」

 直輝は肯定の言葉を返して、詳しい説明を始めた。


「さっきお前が数えたこの6体は全て司令個体だが、この場合だと降格して副司令個体に変わる。ではなぜ変わったのか」

 直輝はそこまで話すと、右手を地図の上に持っていき、


「それは、ここに本物の司令個体がいるからだ」

 グリードの巣の中心を指差した。


「こいつは副司令個体をも指揮・統率し、グリードを半永久的に生産し続ける。正式名称はマザーグリードだ」

 直輝の話を聞いてごくりと唾を飲む勇理。麗はすでに知っているという顔で話を聞いている。


「マザーグリードを倒せば巣の機能は停止し、副司令個体はそれぞれ単独の司令個体に戻る。その際、単独の司令個体には起こりえない混乱が生じるため、いつもより戦いやすくなるというわけだ」

「……へえ、じゃあ先にマザーをやっちまえばいいってことか」

「そういうことだ」

 直輝は返事をして今度は作戦内容の説明を始めた。




 作戦内容の説明が終わった後、3人はパイロットスーツに着替えるべくロッカールームへと向かった。いつものように勇理が着替えていると、不意に直輝が口を開いた。


「……椎葉。昨日の今日だが、もう立ち直れたのか」

「ん? ああ、あのことか。それならもう大丈夫だ」

 勇理は手を止めて歯切れよく返事をした。その返事に直輝は表情を少しばかり緩める。


「……そうか、それならいい」

「あ、でも弟をあんなにされて許したわけじゃねえからな。この手で仇をとったら弟を無理にでも解放させて、あんなにしたヤツをぶん殴ってやる」

 拳を握りしめて物騒な意気込みを語る勇理に、


「今はそれでいいさ」

 直輝はふっと笑って答えた。


 その後、パイロットスーツに着替えた勇理と直輝は第三格納庫へと向かった。

 2人が第三格納庫に着いた時にはもう麗はリベリオンに搭乗して神経接続まで終えていた。それを見た2人は急いでそれぞれのリベリオンに搭乗し、神経接続まで済ませた。

 武器とともに射出リフトへと運ばれていくリベリオン3機。その途中で勇理が緊張から大きく息を吐いて、


「……行くぞ『ブレイヴ』」


 そう呟いた。すると直輝が反応し、


「ん、椎葉。ゼロワンに名前をつけたのか?」

 少し驚いた顔で勇理にそう聞いた。


「ああ。色々あってな」

「……そうか」

 直輝は深く聞こうとはせず一言だけ返した。


 そして武器とリベリオンが射出リフトへ固定されると、


『全機体並びに武装を射出リフトに固定完了。射出シークエンスに入ります』

 管制室の女性オペレーターが射出シークエンスを始めた。


『……5、4、3、2、1、射出』

 言い終えると同時に3つの射出リフトは地上へ一気に向かい、数秒ほどで到着した。


 勇理たちは武装してリフトから降りると、視界にオレンジ色のラインが現れたのを確認し、脚部ブースターをつけた。

「よし、行くぞ」

 直輝の声を合図に3人は出発した。3人は目的地へ続くオレンジ色のラインを辿るようにして高速で向かった。




 リバースの南、約100キロメートル地点にある目的地に勇理たちは無事到着した。そこは人の住んでいた面影を残す旧都市跡。廃墟と化した街には不気味な静けさが漂い、今なお人が帰ってこないかと待ち続けているかのような寂しさや悲しさがあった。


「……自衛隊のほうは準備が整ったそうだ。椎葉も日向も準備はいいか」

「ああ、いつでも行ける」

「私も大丈夫よ」


 直輝の言葉に勇理と麗は肯定の返事をした。勇理は直輝の隣におり、麗は遠く離れたまだ倒壊していないビルの屋上にいた。


 自衛隊のほうは2つに分かれ、勇理と直輝の左右で待機していた。左右といってもすぐそばにいるわけではなく、それぞれキロメートル単位で離れている。


「なら後はあちらの合図待ちか」

 直輝はそう言って、自衛隊の部隊長からの合図を待つ。


 今回の作戦内容はまず2つに分かれた自衛隊が先に突撃し、それぞれ2体ずつ副司令個体を引き寄せて戦闘を開始する。勇理と直輝は部隊長から合図をもらった後に突撃。自衛隊が副司令個体の注意を引きつけているうちにグリードの巣へ接近する。麗はそれを後方からの援護射撃でサポート。そして勇理と直輝は巣の内部に侵入後、マザーグリードのコアを破壊して脱出する、といった感じだ。


 勇理たちが緊張した状態で待機していると、ついに作戦が開始された。勇理と直輝の左右から合わせて200を超える自衛隊員が一斉に飛びだし、グリードの巣へと一直線に向かう。

 巣周辺のグリードたちはそれに気づいたらしく攻撃体勢に入った。直後、機体に乗った人の軍勢とグリードの軍勢が激しくぶつかり、交戦を開始した。


「始まったようだな」

「ああ」


 崩壊した建物の陰でじっと合図を待っている直輝と勇理。2人の耳には激しい爆発音や炸裂音など、戦いの音が響いていた。


 それからしばらくして、直輝の元に部隊長から連絡が入った。突撃の合図だ。


「よし、行くぞ。遅れないようについてこい。麗も援護射撃を頼んだぞ」

 そう言って直輝は脚部ブースターをつけ、駆けだした。勇理も同様に脚部ブースターをつけてその後を追った。


「…………」

 勇理たちの後方にいる麗は大きく深呼吸した。麗の視界には勇理たちの小さな後ろ姿が映っている。その前方へ視線を向けると、


「行くわよ、レイオウ」

 機体名を言って大型スナイパーライフルの引き金を……引いた。次の瞬間、銃口から勢いよく銃弾が発射され、勇理たちの前方にいた中型種グリードのコアを撃ち抜いた。間髪を入れずに他の中型種グリードのコアを次々と撃ち抜いていく。迅速かつ、確実に。


 麗はその後も勇理たちの進攻を阻むであろう中型種グリードを撃ち抜いていく。小型種グリードについては勇理たちに任せているらしく無視していた。


 そんな麗に援護されながら、勇理と直輝は廃墟になった街中を駆け、グリードの巣へと一直線に向かっていく。

そうして2人がグリードの巣に辿り着くと、直輝がミヤビの左腰付近にあるサブポケットから何かを取りだした。それを鉛色に光る巣の壁に次々と取りつけていく。


「……なんだそれ」

 その様子を見ていた勇理は疑問を口にした。すると直輝は、


「爆弾だ。中へ入るためのな」

 と答えた。そのまま巣の壁に爆弾を6つほど取りつけると、


「離れるぞ。こっちへ来い」

 そう告げてその場から離れた。勇理も爆発に巻き込まれまいと慌てて離れる。直輝は勇理が離れたのを確認した後、


「ミヤビ、起爆しろ」


 そう言った。直後、爆弾は起爆して凄まじい爆発音を上げ、黒い煙が巻き上がった。


「行くぞ。遅れるな」

「あ、ああ」


 直輝と勇理は巣の内部へ入るべく、爆発した箇所に向かった。爆発した箇所にはリベリオンが何とか通れるくらいの穴が開いていた。直輝はその穴に躊躇なく入っていく。それを見た勇理は呼吸を落ち着かせ、穴の中へ入っていった。

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