第十九話

 ミヤビのコックピットから外に出た勇理は歓迎会が行われているホールには戻らず、ゼロワンのコックピット内にいた。


 出撃するわけでもないのに勇理はパイロットチェアに座った。直後、自動で安全ベルトが装着され、コックピットハッチが閉まる。


「起動」


 勇理がそう言うとリベリオンは起動し、コックピットの壁面モニターに外の風景を映しだした。続いて神経接続をすると思いきや、


「……お前の名前はなんだ」


 唐突にそんなことを呟いた。そうすると、


『リベリオン・01です』

 ゼロワンが感情のない少年の声でそう答えた。勇理は予想通りとも言えるその答えに目を伏せて一息吐いた後、


「俺の弟の名前は?」

 ゼロワンに向かって今度は別の質問をした。


『椎葉勇気です』

 ゼロワンは悩むことなく答える。続けてまた何かを質問しようとしたが、言うのをやめて口を閉ざした。その表情からは聞くことへのためらいが見て取れる。


 しばらくして意を決したらしい勇理は、


「……勇気は俺のことをどう呼んでいた?」


 ゼロワンにそんな質問を投げかけた。すると、


『勇理兄さんです』


 ゼロワンはそう答えた。その答えに勇理は目を見開いて静かな驚きを見せる。そして、


「俺の好物が何か分かるか?」

 上半身を少し前に傾け、声の調子を上げてまた質問をした。


『すき焼きです』

 ゼロワンは答える。それはもう知っていて当たり前と言うように。


「じゃあ嫌いなやつは」

『特にありません』

「父さんの趣味と母さんの趣味は?」

『映画鑑賞と編み物です』

「えーと、月に1回父さんと母さんが泊りがけで出かけた時、俺と勇気がしてたことは?」

『街に出て食べ歩きをした後、徹夜でゲームです』

「……勇気だけに言った俺の将来の夢は?」

『スポーツ選手です』


 それからも勇理は次々と質問をしていき、ゼロワンはそれに全て答えていった。やがて最後の質問となり、それを聞く前に勇理はごくりと唾を飲んだ。


「……あの時、俺が助けてやれなかったこと、恨んでるか」

 勇理は微かに震えた声で聞いた。それにゼロワンは、


『…………』


 答えず沈黙した。


「……はは、言わなくても分かるだろってことか。そうだよな。だって、俺はお前を見殺しにしたんだからさ……恨まれても当然だよな……」

 自嘲気味に笑って独り言を言う勇理は項垂れて悲愁の表情を浮かべている。


『……いいえ』

 ゼロワンが呟いた言葉に勇理は素早く顔を上げた。


「な、なんて言ったんだッ! もう一度言ってくれッ!」

 勇理は声を上げてゼロワンにそう頼むが、


『…………』


 ゼロワンは答えない。


「頼むッ! もう一度だけでいいから聞かせてくれッ!」

 必死な形相で懇願する勇理。しかしゼロワンはそれでも微動だにしなかった。


「……駄目か」

 諦めの言葉を言って勇理は落胆の表情を見せる。確認のためにしっかりとした状態でもう一度聞きたかったらしいが、それは叶わなかった。


「でも、お前の言葉はちゃんと届いたからな」

 ゼロワンの呟いた言葉は気のせいではないと固く信じた。その表情は少しばかり心が軽くなったせいか、さっぱりとしていた。


「……それとさ、まだ直接謝ってなかったよな。……ごめん、あの時は助けられなくて」

 勇理は自分の真下にあるであろう弟の脳に向けて謝った。


「痛かったよな……苦しかったよな……。それなのに俺は……震えながら見ていることしかできなくて……」

 言っている途中で目に涙が浮かんできた勇理。右手で自身の胸を掴みながら話を続ける。


「それなのにお前は恨んでないんだよな……。1人だけ助かって、のうのうと生きていたこの俺を……。お前がこんな姿になったことも知らずに信じなかったこの俺を……」

 勇理の目からはとうとう涙が溢れだした。大粒の涙が頬を伝っていく。


「ごめんな、助けられなくて……。ごめんな、こんな姿にしちまって……。ごめんな、こんな兄ちゃんで……ごめんな……」

 勇理は涙を流しながら、弟へ語りかけるように何度も謝った。


 それからの勇理は言葉を発することもなく、ただただ泣いていた。そのすすり泣く声は静かなコックピット内に、よく響いていた。

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