第十八話
ホール内を捜し回っても直輝が全然見つからなかったため、勇理は宮都を捕まえて直輝の居場所を聞き、そこへと向かった。
「…………」
勇理の前にあるドアの上には第三格納庫と書かれてある。そう、直輝のいる場所とは第三格納庫の中だった。
勇理は第三格納庫の中に入って直輝の姿を捜した。歓迎会があるせいか、格納庫内にいる従業員の数は少ない。特務機関なのにこれでいいのか、と勇理は疑問に思いながらも歩みを進めた。
「……お」
リベリオン・ミヤビのところで直輝の姿を発見した。彼は開放されたコックピットハッチから足を外に出して座っており、珍しく気の抜けた顔をしていた。
「……ん、椎葉か。どうしたこんなところで」
勇理の姿に気づいた直輝は下を向いて話しかけた。
「いや、あんたこそ何やってるんだよ、そんなところで」
勇理は直輝の言葉をそっくりそのまま返した。すると直輝は、
「知りたいか?」
答えることなく焦らすように聞いた。その顔は勇理を見極めているようにも見える。しかし勇理はそんなことには全然気づかず、
「……なんだよそれ」
鼻でふっと笑い、阿呆臭いという顔で返事をした。どうやら勇理は直輝がからかっているのだと思っているようだ。そんな様子を見ていた直輝は、
「知りたければ覚悟を決めてここまで来い」
いつにない真剣な口調で言った。そうすると勇理は急に表情を強張らせてごくりと唾を飲んだ。さすがの勇理も直輝の口調からただならぬ気配を感じ取ったらしい。
「……今行く。そこで待ってろ」
勇理は睨むように見てから直輝の元へ向かった。ミヤビの機体をよじ登っていき、コックピットハッチまで辿り着く。
「相変わらず移動式階段は使わないんだな」
自分の元へ辿り着いた勇理に呆れ顔の直輝。それに勇理は、
「あれを使ったら、なんとなく負けな気がするんだよ」
自分でもよく分かっていない己との勝負があると答える。その答えに直輝は理解しかねるといった表情を浮かべた。
「……で、ここまで来たということは覚悟が決まっていると判断していいんだな」
「ああ。こっちはすでに命がけで戦ってんだ。今更驚くことなんてないだろ」
「……分かった。ではこっちに来い」
最終確認をした直輝はそう言い、パイロットチェアのある奥へと向かった。わずかに緊張した面持ちで勇理はそれに続く。
直輝に導かれて着いたのは見慣れた球状コックピットの内部。だが今日は1つだけ違うところがあった。それはパイロットチェアが横に移動しているということ。
「そこから下を覗いてみろ」
直輝が指差したのはパイロットチェアが元あった場所。そこにはぽっかりと四角い穴が開いていた。
横に移動したパイロットチェアの下部からはケーブルが十何本と伸びており、それは四角い穴の中へと続いている。勇理は四つん這いになり、それを辿るようにして穴の中を覗き込んだ。すると勇理は、
「――ッ! !」
すぐさま顔を逸らし、右手で口を覆った。直後、喉の奥底から胃の内容物が一気に迫り上がってくる。彼はそれを気合で抑え込みながら、
「……おい、なんなんだよこれは……」
気分の悪そうな顔でそう問うた。すると直輝は勇理の隣に腰を下ろして四角い穴の中を見ながら、
「これがリベリオンに宿る魂の正体だ」
そう告げた。
「…………」
直輝の言葉に黙った勇理は目を閉じて再び四角い穴のところへ顔を持っていった。そしてゆっくりと、目を開いた。
そこにあったのは人間の脳だった。それは透明なゼリー状の液体の中で浮かぶように存在しており、上から伸びたケーブルが突き刺さっている。決して模造品や立体映像などではない、紛うことなき本物。フィクションの中でしか見ないような光景が現実のものに。
「俺たちがあれだけ戦えるのも、彼らの力があってこそだ」
不意に直輝はそんな言葉を漏らした。それを聞いた勇理は隣へ顔を向けた。
「リベリオンが高機動なこと。グリードのコア位置を判別できること。記憶情報の流出による自我崩壊を阻止できること。音声認識機能が優秀なこと。神経接続による体への負担が少ないこと。ざっと思いついただけでもこれだけ彼らの世話になっているんだ」
感慨に浸るように言う直輝。その横顔は一見いつも通りの無表情だが、よく見るとほんの少しだけ緩んでいて狂気的にも思える。
「……本当は嘘なんだろ。そう言ってくれよ」
勇理は再び四角い穴の中を見て悲しげに言った。
「お前にこんな嘘をついて何になる。気持ちは分かるが、現実から目を逸らすな」
「…………」
直輝の返事に勇理は沈黙する。それからしばらくして彼は再び口を開いた。
「……あんたらは、こんな現実を受け入れてるのかよ」
「ああ、そうだ。俺も日向もこの現実を受け入れて戦っている」
「おかしいとは思わないのかよ……ッ!」
現実を受け入れられない勇理は直輝に静かな怒りをぶつける。
「……一部以外は誰もがそう思っているだろうな。当たり前だ。あまりにも人道に反している。だがな、ここまでしないといけない状況ということを分かってくれ。平和に見えるこの都市も、実は少しの綻びで崩壊してしまうほど、危ういんだ」
「…………」
直輝の言葉に絶句した勇理。そのまま何かを思い起こすように目を伏せた。
それから2人の間には、暗く重い沈黙の時が流れる。その沈黙を先に破ったのは他ならぬ直輝だった。
「それに、このことを話したのは椎葉、お前のためでもある」
「……え?」
声を発して直輝を見た勇理。同時に四つん這いから正座のような姿勢になった。
「椎葉、お前はリベリオンについてどう思っている。いや、どう思っていた」
「……それは普通に、グリードを殺すための兵器とか。あとは魂があるとか言う胡散臭いヤツらがいるとかそんな風に……」
勇理は俯き加減で答えた。それに直輝はやはりといった表情を浮かべ、
「リベリオンをただの兵器や道具だと思えば思うほど、拒絶反応はより強くなる。彼らはまだ人間として生きているんだ。兵器でも道具でも化け物でもない。その証拠に昨日お前の身に起こった拒絶反応はいつもより強かったはずだ」
神妙な口調でそう告げた。すると勇理は、
「……あ」
そういえば、と思いだしたように声を漏らした。それを見て直輝は話を続ける。
「あのままいけば拒絶反応はより強くなり、機体の動きも鈍くなっていただろう。だからそうなる前に知ってもらいたかった。彼らの存在を。本当はもっとあとになってから話すつもりだったんだが、お前の場合は復讐心のせいか進行が早すぎたからな」
「…………」
勇理は直輝の話をじっと聞いていた。口を挟まず、瞬きもほとんどせずに。そしてまだ続きがあるのかと待っていると、不意に直輝は立ち上がり、
「俺の言いたいことも伝えたいこともこれで終わりだ。あとはまたホールにでも戻って楽しんでこい。お前の歓迎会なんだからな」
勇理を見下ろして話の終わりを告げた。
「……あんたはどうするんだ?」
直輝を見上げて勇理は問う。その口調はとても静かなものだった。
「俺はもうしばらくここにいる。気にしなくていいぞ」
「……そうか。じゃあ俺は行くよ」
返答を聞いた勇理は立ち上がり、ミヤビのコックピットから出ていった。
「…………」
再びコックピットに1人となった直輝。ふと四角い穴のほうへ視線を向けると、
「元に戻れ」
そう指示した。四角い穴の中を満たしている透明なゼリー状の液体が、深い藍色に変化する。続けてその上へ蓋をするようにパイロットチェアが移動し、元の位置へと戻った。
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