第十七話

 朝食を終えて指定された時刻になると、勇理は外に出て送迎車に乗り込み、リバースへと向かった。

 リバースに到着した勇理は受付カウンター前にいた日高に連れられて、リバース内のとある場所までやってきた。2人の目の前には大きくて頑丈そうな扉。いつも通っていたドアとは明らかに違う雰囲気を放っている。


「多目的ホール……?」


 勇理は扉の上に書いてある文字を読んだ後、


「……この先には何があるんだ?」


 横を向いて日高にそう聞いた。しかし日高は、


「入ってみれば分かります」


 そう言うだけで答えようとはしなかった。


 それならしょうがないと勇理は前を向き、ごくりと唾を飲んだ後、2つある扉の取っ手にそれぞれ手をかけた。

勇理は一息吐くと、両手に力を入れて扉を手前へ、手前へと開いていった。扉はギィという音を立てながらじりじりと動いていく。半分ほど開けたところで両手を離して中に入ると、


「――ッ!」


突如、連鎖する乾いた破裂音が鳴り響いた。勇理はとっさに目と耳を塞ぐ。破裂音はすぐに止み、ゆっくり目を開くと、


「――おめでとーうッ!」

 目の前で宮都が両手を広げて大声を上げた。それと同時に宮都の後ろから大きな拍手が上がった。


「……え?」


 その光景に頭が追いつかず、ポカンとした表情を浮かべる勇理。しばらくしてやっと処理が追いつき、宮都の後ろへ視線を向けた。


「……新人パイロット歓迎会」


 そこにはそう書かれた横断幕が張られていた。


「その通りっ! 今日は椎葉君、君の歓迎会だっ!」

 宮都は横断幕を読んだ勇理に笑顔でそう答えた。


「俺の……歓迎会?」

 勇理が周りを見回すと、そこにはたくさんのリバース従業員が立っていた。彼らの近くには立食形式の丸や長方形のキレイなテーブルがいくつも並んでいる。テーブルの上には飾りつけの花とともに豪華なご馳走がずらりと並んでいた。


 勇理がその光景をぼーっと眺めていると、


「さあ、こちらへ」


 今まで静かにしていた日高が勇理の手を引いた。そのまま手を引かれて、落ち着いた雰囲気が漂う広い円形ホールの前にある壇上までやってくる。壇上の後ろにはさきほど見た横断幕が張られていた。


「ここで軽い自己紹介をしてください」

 壇上前で日高は勇理の背中を軽く押した。


「ええっ! ちょ、ちょっと待てって」

 混乱した様子の勇理はすぐさま立ち止まって日高のほうを見た。そうすると、


「皆さんがお待ちですよ」


 催促するように日高が言った。


「…………」

 その言葉に黙った勇理。その後、渋々と壇上に上がっていった。


 勇理は壇上の中央に用意されたマイク前に立つと、


「えー……椎葉勇理と言います。これからよろしくお願いします」


 緊張した面持ちで自己紹介をして、軽く一礼した。それにホール内のリバース従業員たちは微笑ましげな顏で歓迎するように拍手をした。

 ホール内に響く盛大な拍手の中、勇理は恥ずかしそうに壇上から退場していった。


「それではこれよりしばらく、お食事並びにご歓談の時間となります。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」


 壇上から退場した勇理を見て、司会者と思われる女性オペレーターがそう告げた。それを聞いたホール内全ての人々は気を緩めて食事や歓談を再開した。


 食事・歓談の時間が始まってから数十分後。

 勇理がホールの隅っこで色とりどりの料理を取り皿に載せて黙々と食べていると、


「――君が椎葉勇理か」


 不意にある男が声をかけてきた。


「……ん」

 食べ物を口に入れた状態で隣を向いた勇理は驚きで目を見開いた。

 なぜなら、そこには2メートル近くはあろうかという巨漢の男、イライシャが立っていたからだ。


「食事中のところすまない。私は副司令官をやっているイライシャ・ウェストと言う者だ」


 イライシャは呆然と自分を見上げている勇理に自己紹介をした。すると彼はすぐさま我に返って口の中の食べ物を飲み込み、


「あ、それはど、どうも」

 硬い表情で返事をした。その様子を見てイライシャは、


「どうした。私が怖いのか」


 威圧感のある口調で言った。


「い、いや、大きいなーなんて思ってただけです」

 首を軽く左右に振ってイライシャの言葉を否定する勇理。その表情は強張っている。


「……この程度で怯んでいてはこの先やっていけないぞ。もしここが戦場ならば、すでに君は私に殺されているだろう」

 イライシャはごつい右手を勇理の頭の上に置いて例え話をした。


「だから、どんなものを見ても怯まない精神を身につけろ。具体的に言えば、怯むような相手に会ったら思考停止せず、余計なことも一切考えず、まず真っ先にどうするかを考えるようにしろ、ということだ」

 そこまで話したイライシャは右手を離し、


「……とまあ、これが私からのアドバイスであり、自身の経験から得た教訓だな」

 表情をわずかに緩めて話を締めた。それを受けて勇理は、


「……あ、アドバイスどうもありがとうございます」

 手に取り皿と箸を持ったまま頭を下げて礼を言った。


「それでは私はここで失礼する。食事の邪魔をしてすまなかったな」

 イライシャは勇理に背を向けて、


「君と長く仕事をともにできることを切に願っている」


 振り返らずにそう言い残して去っていった。勇理は去りゆくその姿をじっと見送り、やがて人混みに紛れると、


「……ふうー」


 緊張が解けたように一息吐いて、再び昼食という名の食事を食べ始めた。




 しばらくして満腹になった勇理はこの機会を活かして先輩方と親睦を深めようと思い、取り皿と箸を持ったまま2人を捜しに出かけた。

 左右を見ながらホール内を捜していると、麗の後ろ姿が視界に入った。それを見た勇理の頭に驚かせようという悪戯が浮かぶ。


「……よし」

 勇理はにやりと笑い、後ろから麗にゆっくりと近づいていく。そうして気づかれることなくすぐ後ろまでやってくると、


「よっ」


 声を発して右手を麗の左肩にポンと置いた。すると麗は、


「――ッ!」


 ビクッと体を震わせて素早く振り向いた。勇理の顔を見るなり眉間にしわを寄せて、


「……何?」

 明らかに不機嫌と分かる様子で聞いた。


「いやー、ちゃんと食ってるかと思ってな」

 麗の肩から手を離して白々しく答える勇理。そこに後輩らしさは欠片もなかった。


「……ちゃんと食べてるわよ。だからもういいでしょ」

 どこかに行ってと言わんばかりの表情で鬱陶しそうに言う麗。しかし勇理はそこで引かずに、


「あんたはどんなの食ってるんだ?」

 と言って横から麗の取り皿を覗き込んだ。そこには、


「……な、何もないじゃねえか」

 何もなかった。取り皿には何かを載せた跡もなく使っていない状態だった。


「何か文句あるの?」

「そりゃあるさッ。空腹じゃ戦はできないって言うだろ」

「腹が減っては戦ができぬ、でしょ」

「……いちいち細かいな。まあとにかくッ、とりあえず何か食えッ」


 勇理は間違いの指摘にぼやいた後、麗に食べるように言った。その時の彼の表情は兄が弟に向けるそれと同じだった。


「まだお腹が空いてないの。だから余計なお世話よ」

「おいおい、それじゃあいざって時どうするんだよ。空腹のまま戦うのか?」

 麗の言葉に、心配そうな表情を浮かべて勇理はそう問うた。


「リベリオンに乗れば空腹感は一時的に麻痺するし、いざとなれば簡易食もサプリもあるわ」

 問いに淡々と答える麗。それを聞いていた勇理は耐えられなくなったのか、


「ああもう、それ貸せッ!」

「あっ」


 麗から取り皿を奪い取って近くの料理が載ったテーブルまで向かった。そこで片っ端から料理を取り皿に載せていき、麗の元へと戻ってきた。


「簡易食とかサプリよりもこっちのほうが何倍も美味いだろうが」

 勇理はそう言って様々な料理が盛られた取り皿を麗に返す。それを受け取った麗は、


「……もったいないから食べるけど、人にはそれぞれ好みや食べる量の違いがあるのよ」

 肉多めでたんまりと盛られた自分の取り皿を見て言った。


「あー、悪い。それじゃ嫌いなやつとか残ったやつは俺が食うよ」

 そんな勇理の無神経な発言に麗はうんざりとした表情になり、


「あなたは何がしたいの……? というより本当は何をしに来たの?」

 そう核心を突いた。すると勇理は急にそわそわとし始め、右手を後頭部に当てた。


「あー……せっかくだし、仲良くしようと思ってさ。色々聞きたいこともあるし」

「嫌」

 麗は即答した。それに勇理は思わずこけそうになってしまい、


「な、なんでだよッ!」

 納得のいかない顔で聞いた。


「自分の胸に手を当ててよく考えてみなさい」

 麗がそう言うので勇理は仕方なく自分の胸に手を当てて考えた。普通ならここで自分のした行動や発言に原因があると気づくものだが、彼は悩むばかりで思い至らない。それは一連の行動や発言に少しも悪意がないからこそだった。


「……悪い、分からん」

 しばらく考えた勇理は降参するように謝った。それを聞いた麗は驚くような呆れたような顔をして、


「……もういいわ」

 自身も降参するように言った。そして、


「で、何? 私に色々聞きたいって言ってたけど」


 さきほど勇理が言っていたことを聞き直した。仲良くしようの部分だけは綺麗さっぱりなかったことにしていたが。


「あー、色々聞きたいって言っても、どこの学校に通っているとか好きな食べ物はなんだとかそんなやつだ」

「……学校には通ってないし、好きな食べ物は特にないわ」


 試しに言った勇理の質問に麗は答えた。その答えに勇理は驚いた表情を浮かべ、


「学校に行ってないのかッ!」

 大声でそう聞き返した。それに周りの人々は驚いて振り返る。


「うるさいわよ。他の人に迷惑でしょ」

「悪い悪い。で、学校に行ってないのは本当なのか?」

 勇理は軽く謝って小さな声で再度聞き返した。


「本当よ。でも、そこまで驚くことじゃないでしょ」

「いや驚くに決まってるだろ。中学生って言ったら結構楽しい時期だぞ。友達と遊んだり部活をやったり……」

 勇理は話している途中で不意に黙った。その様子を見て麗は怪訝な顔になり、


「どうしたの? 最後まで言いなさいよ」

 勇理に話の続きを催促した。


「え、ああ……」

 麗の顔をじっと見ていた勇理は我に返り、


「悪い。なんて言おうとしたか忘れちまった」


 作り笑いを浮かべて返事をした。


「……そう。なら他に聞きたいことは? ないならしばらく1人になりたいんだけど。あなたが盛りに盛ったこれも食べないといけないし」

 そう言って自分の取り皿を一瞥する麗。さきほど勇理が見せた作り笑いに何か気づいた様子だったが、問いただそうとはしなかった。


「他は今度聞くことにする。それと嫌いなものとかあるなら今俺が」

「大丈夫。育ち盛りだからこれくらい食べられるわ」

 麗は勇理の言葉を遮って言った。それは遠回しに早くどこかへ行けという催促も兼ねているのかもしれない。


「……そうか。じゃあまたな。俺は日之影を捜しに行ってくる」

 勇理は少し残念そうに言い残して今度は直輝を捜しに出かけた。


 歩いている途中、勇理は思い返した。さきほど見た麗の顏、ではなく麗の瞳を。その瞳は年相応の輝きを失い、諦めの色で暗く濁っていた。彼が黙った理由とはそんな麗の瞳を見てしまい、何も言えなくなってしまったからだった。

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