第十六話

 自衛隊と協力しながら残党グリードの殲滅を続けていった勇理たち。殲滅を終えて、今から自衛隊共々帰還を始めるところだ。


 辺りはすでに真っ暗で、空一面には溢れんばかりの輝く星々が広がっていた。月も静かに顔を出しており、戦勝者を淡く優しい光で照らしている。


「終わったー……」


 勇理は疲れた顔でその場に腰を下ろした。それを見て直輝は、


「さっさと帰還するぞ。立て」


 勇理に命令口調で言った。


「……分かったよ」


 勇理は返事をして言われた通りに腰を上げた。地面に刺したロングソードを背負い、帰還準備を整わせる。そんな勇理の様子を見ていた麗は、


「疲れたのなら引きずってあげるわよ。安全の保証はしないけど」


 真面目な口調でそう提案した。口調とは裏腹にそれは彼女なりの冗談だった。


「……遠慮しとく」


 冗談以前に身の危機を感じた勇理は麗の提案を断った。


「よし、では俺たちもこれから帰還する。到着するまで全員気を抜くなよ」


 直輝は全員の帰還準備ができたと判断し、視界に映るラインに沿ってリバースへと帰還を始めた。勇理と麗も遅れないようその後に続いた。




 一方その頃、リバースの管制室では小さな歓声と拍手が起こっていた。それは現在、帰還している勇理たちと自衛隊員たちに向けられたものだった。司令官の宮都も中央の大型スクリーンを見ながら拍手をしている。


「これはとても喜ばしいことだ。なあ、イライシャ」

 司令官席に座っている宮都は拍手をやめ、イライシャに話しかけた。


「はい。小規模の戦いとはいえ、死亡者が出なかったのは素晴らしいことですね」

 副司令官のイライシャはそう答える。口調はいつも通り淡々としたものだったが、目元がわずかに緩んでいた。


「最近いいニュースがなかったから、これで皆の士気も少しは上がるかもしれないな」

「そうですね。そしてできれば、次もその次も死亡者なしでいってほしいものです」

 そんなイライシャの言葉に宮都は昔を思い起こすような顔をして、


「ああ、そうだな」


 と返事をした。それは短くも様々な思いが込められた一言だった。




 第三格納庫内。

 勇理たちは無事にリバースへと帰還し、第三格納庫まで戻ってきた。

 3人はリベリオンから降りると揃ってロッカールームへと向かった。3人の内、勇理だけが拒絶反応と疲労で顔を歪ませ、体をふらつかせ、ゾンビのようになっていた。


「大丈夫か」

 そんな勇理の様子を見兼ねた直輝は立ち止まって声をかけた。


「……大丈夫」

 眉をひそめ、歯を食いしばって答える勇理。別にこれは怒っているわけではない。痛みに耐えているからなのだ。それに今日はいつもよりも拒絶反応がなぜか強かった。


「……酷い顔」

 勇理の顔を見て麗が一言。直輝と同様に立ち止まり様子を窺っている。


「……先に行っててくれ……」

 待たせるのは悪いと思った勇理は2人に向けて言った。そうすると直輝は仕方がないなと言わんばかりの表情を浮かべて勇理のそばに寄り、右肩を貸した。


「日向も手伝え」

「え、私も……?」

「そうだ。早くしろ」


 直輝は麗にも手伝いを催促する。それに麗は渋い顔をするが、


「……分かったわよ」


 何とか自分を納得させて直輝の反対側に行き、勇理に左肩を貸した。


「……いいのか……?」

「置いていってあとで文句を言われたくないからな」

 遠慮がちな勇理に直輝はそう答える。


「感謝しなさいよ」

 麗は偉そうな口調で言った。2人の言葉を受けて勇理は、


「……ありがとう。助かる」


 素直に感謝した。


 そして勇理は2人に肩を支えられながらロッカールームへと再び向かっていった。




 ロッカールームで着替え終えた勇理は家に帰るべくリバースの出口へ向かった。拒絶反応はだいぶ治まったようで普通に歩ける程度まで回復している。残っているのは疲労だけだった。そうして勇理がエントランスホールに到着し、出口へ向かっていると、


「今日もお疲れ様でした」


 出口付近にいた日高が頭を下げた。


「あー、お疲れ」


 疲労のせいで怠そうな返事をする勇理。そんな様子を見て日高は、


「お疲れでしたら、自動走行の小型四輪車をお呼びしましょうか」


 気遣うようにそう提案した。


「あー大丈夫大丈夫。まだ体力残ってるから」

 勇理は日高の気遣いをやんわりと断った。


「……そうですか。では、いつも通り下に送迎車を待たせておきますね」

「ああ頼む」


 短い返事。勇理は日高の横を通り過ぎてリバースから出た。そのままエレベーターのあるほうへと向かっていく。すると途中で、


「……ん、君はもしかしてリバースの新人パイロットかい?」

 勇理は自衛隊員の格好をした男から話しかけられた。その男は30代前半で、後ろに同じ格好の男3人を引き連れていた。


「そうですけど」

 立ち止まって勇理が肯定の返事をすると、その男は小さく笑みを浮かべて、


「おお、やっぱりそうか。私たちは今回君たちと一緒に戦った者だ」


 そう自己紹介をした。


「ああ、それはどうも。すごく頼もしかったです」

 その男に向かって勇理は軽く頭を下げる。


「いやいや、こちらこそ頼もしかったよ。それに今回は君たちのおかげで、死亡者を1人も出さずに済んだようだ」

「……そうなんですか?」

「ああ。だから、礼を言わなければならないな。ありがとう」

 その男は心から礼を言って勇理に握手を求めた。


 勇理は目の前に差しだされたその手を握った。するとその男は力強く握り返し、


「これからも互いに頑張っていこう」


 期待のこもった目で言った。それからその男はゆっくりと手を離し、


「それでは、また会おう。引き止めてすまなかったな」


 と言って勇理から離れ、引き連れた3人とともに去っていった。


 それを見送っていた勇理はおもむろに握手した自分の手を見た。そして気づいた。自分はもう数えきれないほどのグリードを殺していたのだと。




 翌日。

 いつも通り起きられた勇理が美郷家の3人と朝食を食べていると、


「――ッ!」


 突然、勇理のブレスレットが鳴り始めた。美郷家の3人は一瞬体を震わせて、驚いた顔を勇理に向ける。

勇理はすぐさまボタンを押して音を止め、


「……すいません」


 と謝ってから席を立ち、急いで自室へと向かった。


 転がり込むようにして自室へ入った勇理。背中で塞ぐようにドアを閉めた後、ブレスレットに向かって、


「……勘弁してくれよ」


 ため息まじりに言った。


『……すみません、としか私からは言いようがありません……』

 ブレスレットからは申し訳なさそうな日高の声。


「……で、今日はなんだ。訓練は休みのはずだろ?」

『はい。訓練はお休みですが、今日はちょっと来ていただきたい用事がありまして。急ぎの用事ではありませんので、今から1時間後に迎えを寄こします』

「……分かったよ」

 内容を聞いた勇理は面倒そうに返事して通信を終えた。


 今日の休みは訓練もなくゆっくりできると思っていた勇理。がっかりした様子で再び朝食を食べるためにキッチンへと戻った。気まずそうに再び食卓につくと、


「勇理お兄ちゃん。さっきのあれはなーに?」


 食事中の楓が首を傾げて聞いた。楓が食べているのは普通のトーストで頬っぺたにはパンくずがたくさん付いている。


「あー、あれはアルバイト先からの電話だよ」

 勇理がそう答えると有希が驚いた顔をした。


「勇理君、アルバイトしてたの?」

「あ、はい。アルバイトっていうかボランティアっていうか」

「……そうだったの。だから最近遅かったのね」

 疑問が解けたという顔をする有希。その向かいに座っている光博もトーストを片手になるほどと納得した顔をしている。


「でも一言くらい言ってくれれば良かったのに。最近遅いから心配してたのよ」

「……それは、すいません」

 憂い顔で言う有希に、勇理は視線を落として謝った。


「まあ、社会経験を積むのはいいことだし次からはちゃんと言ってくれるさ。……ね?」

 光博が勇理を見て言うと、


「ああはい。もちろんです」


 勇理は素早く光博のほうを向いて答えた。


「それで、勇理君はどんなアルバイトをしてるんだい? スーパーマーケットとか飲食店とかなのかな」

「えーとそれは……、害虫駆除?」


 考えた末にそう答えた。その予想だにしない答えに有希と光博は不思議そうな意外そうな困ったような何とも言えない複雑な表情を浮かべて沈黙した。

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