第十四話

 遅めの朝食を終えた勇理が自室へ向かっていると突如として不協和音が鳴り響いた。一瞬体を震わせるが、すぐに音の発生源である自身の右腕にはめられた小さなブレスレットの丸いボタンを押して音を止める。それから、


「……何の用だ」


 ブレスレットに向かって面倒そうな声で言った。


『はい。今日の訓練は午後からとなっておりますので、お迎えに上がりました』


 ブレスレットからは日高の声。いつも通りの業務口調で連絡内容を告げる。


「……ん、今日も訓練あったっけ?」

『はい、あります。昨日もしっかりとお伝えしました』

「…………」


 すっかり忘れていた勇理は昨日の記憶を辿る。日高に言われたあの時、自分は右から左へ聞き流していたことを思いだした。もちろん面倒で聞いていなかったわけではない。リベリオンの拒絶反応と疲労でとても聞いていられる状態ではなかったのだ。


「あ、ああ。そうだったな。じゃあ今から出るよ」

 思いだした勇理は気まずそうに返事をして玄関へ向かった。外へ出る、当たり前のように送迎車が停まっており、それに乗り込んでリバースへと向かった。




 だいぶ慣れた様子でリバースに到着した勇理。赤いドアを開けて中に入り、エントランスホールを突っ切って、複数ある通路の1つに入った。そうして到着したのはロッカールーム。


「……よし」

 気合を一発。頬を両手で叩いた勇理はパイロットスーツに着替え始めた。


着替えはあっという間に終わりロッカールームから出ると、


「……ん?」


 隣の女性用ロッカールームからパイロットスーツに着替えた麗が丁度出てきた。麗は勇理の顔を見るなり眉をひそめる。


「おはよう……ございます」


 昨日のこともあって気まずい勇理は後輩らしい低姿勢で挨拶をした。すると麗は、


「おはよう。それと昨日はごめんなさい。思慮に欠けた言動だったわ」


 挨拶を返して昨日のことを淡々と謝った。


 その様子に勇理は意外そうな顔をする。なぜならば勇理の中で麗は頑固で絶対に謝らないというイメージがあったからだ。


「言葉遣いもいつも通りで……ってその顔は何? おかしいこと言った?」


 麗は話している途中、意外そうな顔でじっと見ている勇理に気づいた。すぐに彼は首を横へ小刻みに振って、


「ああいや、そうじゃない。意外だなって思っただけだ」


 麗の言葉を否定した。


「……どこが意外なの?」


 麗は首を傾げて言葉の意味を問うた。すると勇理は言いづらそうな表情になり、目を泳がせて右手を後頭部へやった。そして、


「あー……絶対に自分から謝らないタイプだと思ってた」


 勇理は歯切れ悪く正直に言った。


 それを聞いた麗はため息をつきながら目を閉じた。数秒後に目を開いて、


「……言葉遣いはいつも通りでいいわ。その代わり、後輩らしい態度をとって」


 さきほど言いかけた言葉を言い直して、第三格納庫のほうへ向かっていった。


 勇理はその後をすぐには追わず、彼女の姿が曲がり角に消えたところで自分も第三格納庫へと向かった。




 第三格納庫に着いた勇理はリベリオンに搭乗し、神経接続まで終えた。

 地上へ出るためにリベリオン・ゼロワンは射出リフトへと運ばれ、跪いた体勢のまま両手両足を固定された。

 今日の訓練は勇理と直輝だけでなく麗も参加する。なので3機のリベリオンが各射出リフトに固定されていた。


「……お」

 勇理は声を漏らした。視線の先には完全に修理されたロングソード。


 今日の訓練では武器を使用するため、各々の武器が各リフトへ運ばれていた。武器もリベリオンと一緒にリフトへと固定され、


『全機体、並びに武装を射出リフトに固定完了。射出シークエンスに入ります……』


 いつものように管制室の女性オペレーターが射出シークエンスを始める。


『……5、4、3、2、1、射出』


 女性オペレーターが言い終えた直後、射出リフトは勢いよく地上へ向かった。


 数秒ほどで地上に着き、勇理たちは武装してリフトから降りる。外の天気は今にも雨が降りそうな曇りで辺りは薄暗かった。


「天気悪いなー……」

 空を見上げて勇理が一言。実は勇理が地上の曇りを経験するのはこれが初めてだった。


「雨が降っても訓練は続行だ」

 勇理の言葉を受けて直輝は言った。それからすぐに頭を切り替え、


「……よし、訓練を始めるぞ。椎葉は武器を扱う練習。麗はいつも通り個人練習だな。3人でのチーム練習は夕方からとする」


 勇理と麗の2人へ訓練開始を告げた。




 訓練を開始してから約3時間後。なおも訓練を続けている勇理たちの元に突然、管制室から通信が入った。


『リバースから約30キロメートル離れた地点で2体の大型種グリードの姿を発見しました。識別名は『ウルフ1』と『ウルフ2』。どちらも狼のような姿をした動物型で司令個体です。ただちに討伐へ向かってください』


 女性オペレーターがそう告げた後、勇理たちの視界に突如としてオレンジ色のラインが現れた。そのラインは遠くまで伸びており3人とも同じ方向へ向かっている。


「な、なんだこれ……」

 勇理はすぐそばにあるそのラインを手で掴もうとする。しかし手はすり抜けるだけで掴むことはできない。


「それを辿っていくと目的地へ着く」

 直輝はガンブレードを背負い、簡単に説明した。


「訓練は中止だ。今からグリード討伐へ赴く。ラインから離れないよう、2人とも俺についてこい」

 直輝は脚部ブースターをつけ、ラインを辿るようにして駆けだした。勇理と麗も武器を片づけて脚部ブースターをつけ、ラインから離れないように直輝の後を追った。




 森林地帯を抜けて草原地帯に出た勇理たち。そうして目的地へ向かっていると、


「ん?」


 勇理は何かを見つけた。次の瞬間、勇理の顏は驚きへと変わっていく。


「お、おいッ! なんか変なヤツらが来たぞッ!」


 現在、勇理たちの近くにリベリオンのような機体が続々と集まってきていた。その数は50にも及ぶ。


「安心しろ、自衛隊の人たちだ。今回の戦いへ参加することになっている」

 直輝がそう答えると勇理は納得して安堵の表情を浮かべた。それから彼は自衛隊員の乗る機体をじっと見て、


「……俺たち3人の機体はそれぞれ違うのに、あっちは全部同じなんだな」


 そんな疑問を口にした。


「あっちはLB-11と言う量産機だからな。姿形は一緒で当然だ」


 疑問に直輝がすぐ答える。すると勇理は新たな疑問がわいたという表情をして、


「てことは、俺たちのは量産機じゃないのか?」


 そう聞いた。さっきのように直輝はすぐに答えず、


「……そうだ。リベリオンはその仕様以上、量産したくてもできないからな」


 少しの沈黙後、声の調子を落として答えた。


「ふーん。そうなのか」

 勇理は納得した表情で視線を前方に続くラインへ向けて移動に集中した。


 しばらく草原地帯を駆けていると、勇理たちの前方にグリードの群れが現れた。その群れは小規模で司令個体の姿は見当たらなかった。


「おい、あいつらどうすんだ」

「眼前の敵だけ攻撃しろ。突っ切るぞ」


 直輝は勇理に返事をしながらガンブレードを取りだした。それを見て勇理はロングソードを取りだし、麗はショットガンを取りだした。


 脚部ブースターをつけたまま駆ける勇理たちはグリードの群れと衝突した。止まることはなく疾走しながら眼前のグリードたちを斬っては捨て、撃っては捨てと攻撃していく。


 そうして勇理たちは振り返ることなく、グリードの群れから抜けだした。


「あいつらは倒さなくて良かったのか?」

 グリードの群れから抜けた途端に勇理はそう問うた。


「あいつらは自衛隊が片づけてくれる。俺たちが優先すべきは司令個体どもだ」

「……そうか」

 勇理は直輝の言葉に納得し、目的地への移動に専念した。

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