第九話
第三格納庫から出た勇理は案内板を頼りにロッカールームへ戻った。
着替えた後、パイロットスーツをロッカーの中に入れ、ロッカールームから出た。外に出ると再び案内板を頼りに今朝いたエントランスホールへと向かった。
「……やっと着いた」
さっきの拒絶反応から疲れも一気に押し寄せた勇理。くたくたになりながら今朝いたエントランスホールに戻ってきた。
早く家に帰ろう。勇理がそう思いながらリバースの出口へ向かうと、
「今日は訓練お疲れ様でした」
出口の前には勇理が昨日と今朝会ったガイドの女性がいた。相変わらず真面目そうな顔で灰色のタイトスーツを見事に着こなしている。
「どうも。もしかして家まで送ってくれるのか?」
「はい。それと1つお伝えすることがあります」
「ん、なんだ?」
「今日から私、日高千穂があなたの専属担当となりました。よろしくお願いします」
日高はそう言うと勇理に向かって丁寧に頭を下げた。
勇理は何のことかさっぱり分かっていないようで困惑した表情を浮かべている。
「送迎関係や呼びだし、質疑への対応などを主にサポートさせていただきます」
「……ああ、そういうことか。じゃあこれからよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします。……それとこれを」
日高は手に持っていた1枚の紙と諸塚がはめていたような小さいブレスレットを勇理に渡した。
「……なんだこれ」
「誓約書と多機能ブレスレットです。前者はリバースへの加入に関するもの。後者は主に連絡用として使います」
「ふーん……」
勇理は投げやりに返事をして受け取ったブレスレットを右腕にはめた。続いて誓約書に目を落とす。
「この紙は今書くのか?」
「はい。内容をよくご確認の上、氏名を記入して、右下の円の中に人差し指で指印を押してください」
「分かった」
勇理は近くの受付カウンターに行った。そこでさっと誓約書に氏名を書き、最後に右下の円の中に人差し指で指印を押した。すると白かった円の中に人差し指の指紋が赤く浮かび上がった。
「……よし」
ばっちりだと頷いて勇理は受付カウンターから日高の元へ戻り、署名した誓約書を日高に渡した。
「……よろしいのですか?」
「いいのいいの。文字ばっかりで読むのは面倒だし、今更撤回する気もないしな」
誓約書の内容をほとんど読まずに署名した勇理。日高は憂いを含んだ表情で署名された誓約書に目を向ける。
誓約書の一部にはパイロットの命はリバースの所有物となること。パイロットが戦死した場合、事故として処理され、リバースは責任を一切負わないこと。途中でリタイアはできないという不利なことも書かれていた。
「……分かりました。内容をよくご確認したということで、誓約書のほうはお預かりしますね」
誓約書から目を上げた日高は出口のほうを向いてこう呼びかけた。
「それでは、お帰りとのことなので下までご案内します」
「……ああ」
勇理の返事にはいつもの元気がなかった。よほど疲れていたのだろう。
それから3日後の昼過ぎ。
勇理は学校にいた。中央最後列の席に座っている勇理は机に右肘をつき、手の甲に顎を乗せた体勢で授業を受けていた。教師が話す授業内容を真面目に聞いている様子はない。
そんな様子で勇理が気怠そうにあくびをした時だった。
「――ッ!」
突如として教室中に鳴り響いた大音量の不協和音。教室中の生徒が一斉に勇理のほうを振り向いた。音の発生源は彼の右腕にはめられた小さなブレスレット。
勇理はブレスレットの丸いボタンを押して音を止めると、気まずいような申し訳ないような顔をして、
「……すいません」
そう謝り教室から急いで出ていった。
「おい……ッ。いい加減この音はどうにかならねーのかよ……ッ」
教室から出た勇理はブレスレットに向かって小さい声で怒りをぶつけた。
『……すみません。いち早く気づいていただくためなので、変えることは……』
ブレスレットからは申し訳なさそうな日高の声。
「で、なんだ。今日の訓練は夕方からじゃないのか」
一昨日は朝から夜まで、昨日は午後から夜まで訓練をしていた勇理。今日の訓練は夕方からとなっていた。
『今回は緊急の用件です。詳しい内容はリバース到着後にお話ししますので、校門前に停めた車に乗ってください』
「……分かったよ。ったく、これで授業と試験の一部免除がなかったらやってられないな」
勇理はため息交じりに独り言を言って学校の校門前へと走って向かった。
校門前に停めてあった無人の車に乗った勇理。車は自動で走りだし、最寄りの中央超高層エレベーター帯に到着した。
勇理は車から降りた後、関係者専用エレベーターに乗り、リバースのあるフロアに着くと、案内板を見ながらリバースへ向かった。
リバースに着いた勇理が赤いドアをくぐって中に入ると目の前には日高がいた。
「お待ちしていました。こちらへどうぞ」
日高は背を向けて奥にある通路群のほうへ歩きだし、勇理は後に続く。
少し歩いて2人が到着した場所はリバースの管制室だった。彼の到着に気づいた宮都がこちらへやってくる。
「やあやあ、よく来てくれた。授業の途中に申し訳ないね」
宮都は笑顔で歓迎し謝罪した。
「まあ、それはいいけどさ……一体ここはどこなんだ?」
あっさりと許した勇理は辺りを見回しながら聞いた。
「ここはリバースの心臓部、管制室だ。ここから君たちの様子もチェックしている。それで今回、君にはぜひとも見てもらいたいものがあってね、呼びださせてもらったんだよ」
「……なんだ?」
「それはだね、あの中央にある大きなスクリーンを見てくれ」
「なッ……」
そこに映しだされていたのは大型種の人型グリードだった。周りには配下のように小型種、中型種のグリードが群れをなしている。
「あれが私たち……そして君たちが戦うグリードの姿だ」
宮都はスクリーンを見ながらはっきりと言った。勇理はその光景に口を開けたまま目を見開いている。
「……戦って、みるかね?」
ふと宮都がそんなことを言った。勇理は慌てて宮都のほうを向く。
「君はなかなか筋がいいようだから、案外大丈夫かもしれないな。もちろん、もう少し訓練を積みたいのならそれでもいい」
「…………」
宮都の言葉に勇理は俯いて沈黙した。困惑した硬い表情を浮かべて、どうするかを考えている。心の中ではもう少し訓練をして万全の態勢で戦いたいという思いと、復讐のために早く戦いたいという思いがせめぎあっていてなかなか答えを出せずにいた。
しばらくして、
「……た……戦う」
勇理は俯いたまま呟くように言った。
「……ん?」
宮都は聞き取れなかったという顔をした。すると勇理は、
「……戦うって言ってんだッ! !」
顔を上げ、宮都の目を見て再度言った。その声は力強くて迫力があり、付近にいるオペレーターたちが思わず振り返るほどだった。
「どうせいつかは戦わないといけないんだ。それなら早いほうがいい」
「……そうか。じゃあ今からパイロットスーツに着替えて格納庫へ向かってくれ。その後のことは日之影に任せてある」
覚悟を決めた勇理に宮都は初陣へと至る道筋を言葉で示した。
「……分かった」
勇理は頷いて管制室の出口へ向かった。日高は宮都に一礼し、出ていく彼の後についていった。
勇理と日高の2人が管制室から出た後、宮都は司令官席に戻り、すぐ近くにある副司令官席に向かって、
「……イライシャ、今回はどう思う」
そんな問いを投げかけた。すると、
「……生還率4割、といったところでしょうか」
イライシャと呼ばれるその男は低い声で問いに答えた。
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