第八話

 地上の景色を初めて間近に見た勇理はその光景に目を奪われていた。


「おい、大丈夫か」

 すると見兼ねた直輝がミヤビを動かして勇理の元へやってきた。ミヤビの動作は直輝自身が動いているかのように自然な動作でぎこちなさはない。


「あ、悪い。ぼーっとしてた……ってあんた、それどうやって動かしてんだ?」

 我に返った勇理は当たり前のように機体を動かす直輝に問うた。


「感覚のなくなった部位を動かしてみろ。いつも自分の体を動かしているようにだ」

「……分かった。やってみる」

 勇理は直輝の言った通りに試し始めた。まずは感覚のなくなった右手に力を入れる。それに合わせてゼロワンの右手も勇理の思い通りにタイムラグなく動いた。


 続けて勇理が立ち上がろうと両足に力を入れると、ゼロワンはまたも思い通りに立ち上がった。しかし、


「――おわッ!」


 ゼロワンはバランスを崩して倒れ、四つん這いになった。


 勇理がその状態から立ち上がろうとして前方を見ると、約1キロメートル先で樹木が左右に生い茂っているのが見えた。その手前から勇理たちのいる場所までは草木が少しも見当たらず、茶色い地面だけが露出している。


 その光景を不思議そうに見ながら立ち上がった勇理は、


「……なあ、ここら一帯は草とか木とか生えてないのか?」


 直輝のほうを見て聞いた。


「グリード対策だ。ここ一帯だけでなく、地下都市周辺は全て同じようになっている」

 直輝は後方に見える巨大なドーム状の建物を見ながら答えた。それは地上へ露出した地下都市の一部であり、防衛基地でもあった。


「……ってことは、ここでグリードと戦うのか?」

「まあ、それもある。だが大抵は先手を打つために少し遠くまで行く。ここまで来られると色々と面倒だからな」

「……なるほどな」

 勇理は納得していつか戦場になるかもしれない地面を感慨深そうに踏みしめた。


「さて……椎葉。歩くだけじゃなくて走ったり飛んだり色々と試してみろ。今日の訓練はそれだけだ」

「分かった」

 勇理は返事をした後、樹木の生い茂っているほうへ走りだした。


 途中で何度かよろけるも、すぐに体勢を立て直して再び走りだし、ジャンプや側転、さらには前転跳びや後転跳びまでやってのけた。


「……筋はいいな」

「そりゃどうも」

 ぽつりと感想を漏らした直輝に、勇理は走りながら返事をした。




 そうやって勇理が訓練をしている頃、リバースの管制室では。


「んー、筋は本当にいいね。運動神経がいいからかな」

 司令官席に座った宮都が感心するように言葉を漏らした。宮都の手元にあるモニターには勇理が訓練を行なっている様子が映しだされている。


 その様子をしばしの間見ていた宮都は不意に立ち上がった。彼の眼下には広大な管制室の全景。50を超えるオペレーターがモニタリングをしており、各々が与えられた職務を全うしていた。


 宮都は近くにいる女性オペレーターの元へ行くと、


「拒絶反応のほうはどうだ」


 少し抑えた声で言った。女性オペレーターはすぐに気づき、宮都のほうを向いた。


「はい。少々お待ちください。……現段階では出ていません。数値自体は非常に低い値を示していますので、精神崩壊の心配はないかと」

「そうか。どうやら弟君とは仲が良かったみたいだ。うんうん、実にいいことだ」


 宮都は女性オペレーターの答えに満足した様子で司令官席へ戻り、管制室の前方にある大型スクリーンを見た。大型スクリーンは全部で5つあり、中央のだけ他のよりも一回り大きかった。


 中央にあるスクリーンに映っているのは地下複合都市・関東周辺の地図。右端のスクリーンには日本地図が表示されていた。


 その日本地図には関東以外の地下複合都市である北海道、東北、中部、近畿、中国・四国、九州、が分かりやすく印を付けられて載っていた。


 宮都が右手で顎を触りながら大型スクリーンをじっと見続けていると、


「宮都司令官。防衛大臣からコールです」


 手元のモニターから女性オペレーターの声がした。


「繋いでくれ」

 宮都はそう返事し、自分の手元にあるモニターに防衛大臣との回線を繋いだ。




 第三格納庫内。


 訓練を終えた勇理は直輝とともに地上へ向かった時に乗った射出リフトを再び使用して戻ってきた。


 跪いた体勢のゼロワンとミヤビの両手両足から固定器具が外れ、地面が動きだす。2機はそのまま元あった場所へと運ばれていった。


 ゼロワンとミヤビが元の場所に戻り地面が停止した時、


「ふぅー、やっと終わった」


 勇理はようやく安堵の息をついた。その表情からは疲れが全く見えない。


「んで、これからどうやって元に戻るんだ?」

 勇理はゼロワンの顔を動かして隣にいるミヤビを見た。


「リベリオンには音声認識機能が備わっている。自分の機体に向かって何かを言えば、大体のことは答えてくれるはずだ」

 勇理の問いに直輝は遠回しに答えると、


「接続解除」


 と言って先に神経接続を解除した。ミヤビの頭部はガクンと力の抜けたように垂れる。


「接続解除」

 直輝の真似をして勇理も神経接続を解除した。彼の首から下にいつもの感覚がじわじわと戻り、やがて視界も元に戻った。


「……えっと、この両手両足も解除してくれ」


 両手両足がまだ神経接続インターフェースの中に沈み込んだまま。勇理は困った顔をしてゼロワンに言った。すると素肌の感触だった手首・足首から先が再び何かに覆われた感触となり、


「……お」


 するっ、と両手両足が抜けた。両肩と腰の安全ベルトも自動で解除される。


 勇理は両手を握ったり開いたりしながら元に戻ったという実感を得た。パイロットチェアから立ち上がり、ハッチのほうへ向かうと自動で開いた。彼はハッチから機体の各部位を伝いながら下へ下りていく。


「――よっと」

 機体の下まで下りた勇理。それから埃を払うように軽く手ではたいていると、


「椎葉、体の調子はどうだ?」


 直輝がそんなことを言いながら勇理の元へやってきた。


「ん、体調なら悪くないぞ。少しは疲れたけどな」

「……そうか。なら帰る前に1つ補足で説明しておく。音声認識機能についてだ」

 直輝はそこで言葉を切り、一呼吸置いてから再び話し始めた。


「さっき試して少しは分かったと思うが、リベリオンはどんな言葉でも微妙な違いを感じ取ってパイロットに反応する音声認識機能を持っている。これはグリードとの戦闘で多用することになるだろう。戦線の状況把握や目的地へのナビゲートなどだな」


 黙って説明を聞く勇理。直輝は真剣な表情で話を続ける。


「だから惜しまずにできるだけ積極的に使うようにしろ。常に動き続けている戦場の中では状況判断が生死を左右する」


 直輝がそこまで言った時、異変は起こった。勇理は急に頭がふらつき、立っていられなくなった。続けて襲ってくる頭痛や吐き気にとうとうその場に倒れて四つん這いに。


「うッ……」

 喉の奥から込み上げてくる胃液を抑えきれず勇理はその場で嘔吐した。


「やはり来たか」

 そんな勇理の様子を見て直輝はぽつりと呟いた。


「……おい、なんなんだよ一体……ッ」

 襲いくる頭痛と吐き気を堪えながら勇理は顔を上げて聞いた。


「リベリオンの拒絶反応。薬で例えるなら副作用みたいなものだ。しばらくすれば治るだろう。特にお前の場合は見たところ軽症で済んでいる。回復は早いはずだ」

「……なんであんたは、平気なんだよ……ッ」

 直輝の言う通り少しずつ回復してきた勇理は汚れた口元を右手で拭った。


「……俺は拒絶反応など忘れるくらいに乗っているからな。もう慣れたのさ。お前も乗り続けていればそのうち慣れるだろう」

「…………」

 真っ白な髪が何を意味するのか理解して沈黙する勇理。それから少し経ち、自らの力でゆっくりと立ち上がった。


「少しは回復したか」

「……ああ。なんとか歩けるくらいにはな」

「なら家に帰ってゆっくり休め。掃除は他の者にやらせるから気にしなくていい」


 直輝はそう言い残して格納庫の出口へと向かっていった。


 勇理は直輝の姿が見えなくなった後、自分も出口へ向かってゆっくりと歩き始めた。

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