第七話

「なッ……」


 呆けた顔の勇理は一気に驚きの表情へと変わり前のめりになった。そのままゆっくりと直輝のほうを振り向く。


「おい、今の声って……」

「……お前の想像通りだ」

 直輝が答えるや否や、


「ふざけるなよッ! ここまでして俺に信じさせたいのかッ!」


 勇理は憤慨した。両手両足が封じられているせいか激しく身をよじって怒りを表す。


「文句は後でいくらでも聞いてやる。だから今は本来の目的に専念しろ」

 直輝は顔色一つ変えず冷静に言い放つ。その言葉に勇理は少し落ち着きを取り戻した。


「……分かったよッ」

 勇理は自分の置かれた状況を見て怒りを押し殺し、直輝の言うことを素直に聞いた。彼は世間一般で言う馬鹿ではあるが愚かではなかった。


「よし。では今から歩行訓練に入るぞ。ここから俺は自分のリベリオンに乗る。何もせずにしばし待て」

 直輝はそう言い残してコックピットハッチへ向かった。そして閉鎖されたハッチの前で立ち止まると、ハッチ側部にある小さなモニターに手動で入力しハッチを開いた。


 直輝は開放されたコックピットハッチから身を乗りだすと、


「ミヤビッ! ハッチを開けてこちらへ手を伸ばせッ!」


 隣にある黒のリベリオンに向けて大声を放った。


 するとミヤビと呼ばれるリベリオンは右手を直輝のほうへ伸ばし、背中のコックピットハッチを開いた。


 直輝はミヤビの右手に飛び乗ると、腕を走って渡り、ハッチからコックピットの中へ素早く入っていった。それと同時に勇理のリベリオンのハッチは自動閉鎖した。


 ミヤビのコックピット内に入った直輝は、


「起動」


 と言ってパイロットチェアに座った。コックピットハッチが閉まり、壁面モニターが外の風景を映しだすと同時に彼は両手両足を神経接続インターフェースに乗せた。両手両足は台の中へと沈み込んでいく。


「隣のゼロワンと回線を繋げ」


 直輝の指示で壁面モニターに少し浮いた状態でウィンドウが現れた。そのウィンドウには勇理の横顔が映しだされている。


「おい椎葉、聞こえるか」

 そのウィンドウに向かって直輝が声をかけると、


「おわッ!」

 ウィンドウの向こうにいる勇理が驚いて反応した。


 そのウィンドウは、勇理側では彼から見て左の壁面モニターに少し浮いた状態で表示されていた。


「待たせたな。訓練の続きを始めるぞ……と言いたいところだが、1つ注意点がある」

「……ん、なんだ?」

 モニター越しの言葉に、勇理は驚いた事実などなかったように返事をした。


「次のステップを始めると、首から下の感覚がなくなり、視界も変化するが、焦らずに平静を保て。別にそれで死んだりはしない」

「……分かった」

 直輝の説明に勇理はごくりと唾を飲んで頷いた。


「では始めるぞ。椎葉、接続と言ってみろ。別にそのまま言わなくてもいいからな。接続開始でも接続しろでもコネクトでもちゃんと認識する」

 補足説明をしながら直輝は勇理に次のステップ内容を告げた。勇理は緊張を逃がすように一度大きく息を吐いて、


「接続してくれ」


 緊張の抜けた真剣な顔で言った。すると次の瞬間、


「――ッ!」


 勇理の両手両足に一瞬、針を突き刺したような痛みが走った。間髪をいれずにガクンと首から下の感覚がなくなる。さらに続けて目にも異変が起きた。


「ぐッ……」


 目に何とも言えぬ気持ち悪さを感じ、勇理は目を閉じる。次に目を開けると、


「…………」


 勇理の視界は別のものへ変わっていた。それはコックピット内でもなければコックピットから眺める風景でもない。白銀のリベリオン・ゼロワンの頭部にある目から見ている風景だった。


「どうなってんだ……これは」


 コックピット内で頭部を動かす勇理に合わせて、ゼロワンの頭部も同じように動く。勇理が眼球だけ動かせば、ゼロワンも疑似眼球をまた同じように動かした。


 そうやって勇理が不思議そうに頭部や眼球を動かしていると、


「どうだ、面白いだろ?」


 隣にいるミヤビが勇理のほうを向き、直輝の声で言った。


「……えっと、日之影か?」

「そうだ、日之影直輝だ。この状態だと一部を除いてサウンドオンリーになるから注意しろ」

 本人確認をする勇理に、直輝は補足を混ぜながら答えた。


「次のステップに移る。力を抜いたまましばし待て」

 直輝は回線を切り替えて管制室に準備完了だと告げた。そうすると、


「うおッ」


 突然、ゼロワンとミヤビの下の地面が動き始めた。機体の前方へ向かってベルトコンベアのようにゆっくりと動いていく。


 しばらくするとベルトコンベアのように動いていた地面は動きを止めた。


 ゼロワンとミヤビがそれぞれ運ばれた場所は大型の貨物エレベーターのような場所。その中は赤い光で照らされていて重々しい雰囲気が漂っている。


 地面から固定器具が現れ、跪いた体勢のゼロワンとミヤビの両手両足を地面にがっちりと固定した。


「おい……何が始まるんだ?」

 勇理は壁の向こう側にいる直輝に向かって言った。


「今から地上に出る。管制室からの言葉を待て」


『両機体、射出リフトに固定完了。射出シークエンスに入ります』


 話している直輝の言葉に被さって女性の声がした。


「管制室からだ。黙って衝撃に備えろ」


『5、4、3、2、1、射出』


 次の瞬間、勇理と直輝は頭上に強いGを受けた。ゼロワンとミヤビをそれぞれ載せた射出リフトは地上へ向かって高速で上昇していく。


 数秒後、射出リフトが衝突したような激しい金属音を立てて停止した。ゼロワンとミヤビを固定していた器具も自動で外される。


「……ん」


 射出リフトが停止したのに気づき、勇理は伏せていた目を上げた。


「…………」


 そこに広がっていたのは地上の景色だった。地下都市の紛い物ではない正真正銘本物の空。澄んだ青い空に白い雲が緩やかに流れ、太陽が燦々と地表を照らしている。

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