第六話
直輝は控室を出てからほんの少し歩くと立ち止まった。それを見て勇理も立ち止まる。
「まずはここのロッカールームでそのスーツに着替えてもらう」
そう言って直輝が指差したのは控室の隣にあるロッカールームだった。男性用と女性用の2つに分かれている。
「行くぞ」
「……ん、あんたも行くのか」
直輝は立ち止まって振り返った。
「お前の指導官として俺は別の機体に乗るからな」
「ああ、そういうことか。分かった」
2人は男性用ロッカールームの中へ入っていった。
ロッカールームの中は控室よりも広く、シャワー・トイレ完備だった。部屋の左右にはロッカーが立ち並び、真ん中には背もたれがない長方形のイスが置いてある。いくつかのロッカーは誰かの使った痕跡が見られた。
「好きなロッカーを使え」
直輝は自分のロッカーを開けて黒色のパイロットスーツを取りだし、着替え始めた。
勇理は真ん中に置いてあるイスに座り、パイロットスーツを広げた。グローブとブーツが付いた上下一体型となっており、前のほうに着るための密閉ファスナーがあった。白を基調としたデザインで無駄な装飾は一切ない。
「……よし」
勇理は立ち上がると、パイロットスーツをイスに置いてその場で素早く服を脱いだ。床に脱いだ服を散らかしたままでパイロットスーツに着替え始めた。
「先に外で待ってるぞ」
あっという間にパイロットスーツへ着替えた直輝は一声かけてロッカールームから出ていった。
「はえーよ」
勇理はぽつり呟いて着替えを急いだ。
そうして何とか着ることができた勇理は最後に下腹部から首元まで一気にファスナーを上げて着替えを完了させた。
パイロットスーツ姿の勇理は床に散らかっている服を近くのロッカーにまとめて投げ入れてからロッカールームを出た。
「早かったな」
勇理がロッカールームから外に出ると、パイロットスーツ姿の直輝が待っていた。
「ああ、思ったよりは簡単だった」
「そうか。では格納庫へ向かうぞ」
直輝は格納庫のほうへと歩きだした。勇理は緊張した面持ちで彼の後についていった。
曲がり角を数回曲がり、少し歩いた先に格納庫はあった。ドアの上には第三格納庫と書いてあり、2人は中に入っていく。
第三格納庫は昨日勇理が行った格納庫よりも少し狭く、人型の機体が3機、跪いた体勢で待機していた。他には武装用と思われる巨大な武器や防具があり、現在開発中のものや試作品もあった。
「これが今から俺たちが乗る人型機動兵器『リベリオン』だ。お前はもうすでに一度見ているんだったな」
「ああ。そこにある銀色のヤツは昨日見たけど……他のヤツは今日初めて見たな」
勇理は自分の乗る機体を指差して他の2機に目をやった。
1機は流線形のような鋭いフォルム、畏怖の念を抱かせるような黒の機体。
もう1機はスマートなフォルム、気配を悟らせないような静寂さを持った深緑の機体。
「黒の機体が俺のリベリオンだ」
3機の機体を見上げながら直輝は言った。
「緑っぽいのは?」
「麗のリベリオンだな。……と、見るのはここまでにして、そろそろ行くぞ」
直輝は本来の目的を思いだした。立ち止まっていた状態から再び歩きだし、白銀のリベリオンの元へ歩いていく。勇理は遅れないようその後に続いた。
そばまで来て改めて見る白銀のリベリオンは静かに威厳を放っていた。騎士のようなフォルムにしては少々すらっとしているが、装甲は他の2機に比べて頑丈そうだった。
勇理はさらに近づいて自分の乗るリベリオンを手で触った。生命を感じない金属らしい手触りでひんやりと冷たくて表面はさらさらしていた。
「……本当に乗るのか」
そのリベリオンを見上げる勇理の顏には覚悟と実感がこもっていた。
「椎葉、乗る前にそのリベリオンに名前をつけてやれ」
直輝の声に勇理は触っていた手を離して振り返る。
「名前って……普通こういうのは番号とかじゃないのか?」
勇理は不思議そうな顔をして聞いた。
「お前の言う通り、初期設定では確かに番号になっている。だが、ここでは番号だと色々と不便なんだ」
「どう不便なんだよ」
「……そのうち分かるさ。それにこの機体、リベリオンには人の魂が宿っている。だから番号のままでは可哀想だ」
「……あんたまでそんな嘘を信じてんのか」
直輝の言葉を聞いた瞬間、勇理は嫌悪の表情を浮かべた。
「信じるも信じないも事実だからな」
嫌悪の表情を向けられているにもかかわらず眉一つ動かさない直輝。
「俺はそんな嘘信じねえからな。名前も番号のままでいい」
「……まあ、そう思うなら好きにしろ」
強情な勇理に直輝はやれやれと言わんばかりの顔で答え、次に頭を切り替えた。
「では……そろそろ訓練を始めるぞ。椎葉、準備はいいか」
「……ああ」
素っ気なく返事をする勇理。直輝は面倒なことになったという顔でため息をついた。
「……それでは、まずは搭乗だ。自分の乗るリベリオンの後ろに回り込み、コックピットハッチに向かって開けと言ってみろ」
「分かった」
勇理は抑揚なく返事をした後、白銀のリベリオンの後ろへと回り込み、
「開けッ」
コックピットハッチのほうを見て少し大きめの声で言った。すると白銀のリベリオンは背中にあるコックピットハッチを素早く開いた。
そして勇理は近くに置いてある便利な移動式階段を使わずに機体をよじ登ってハッチからコックピットの中へと入っていった。それにはさすがの直輝も驚いていた。
コックピットの中は昨日と同じだった。球状のコックピットでパイロットの座る座席と前方に制御パネルが設置してあるだけ。
これからどうすればいいのかと勇理が悩んでいると、
「そこの座席に座れ」
ハッチからコックピットに入ってきた直輝がそう言った。
勇理はそれを聞いてパイロットチェアという名の座席に座る。パイロットチェアに座ると両肩と腰の安全ベルトが自動的に装着され、コックピットハッチが閉まった。
「次は、その座席に備わっている神経接続インターフェース……手型と足型の描かれた黒い台に両手両足を乗せろ」
直輝は途中で分かりやすく言い直した。勇理はパイロットチェアに備わっている神経接続インターフェースを見る。それは黒い四角の台で4つあり、白い線で手型・足型が描かれていた。
勇理がためらいなく神経接続インターフェースに両手両足を乗せると、
「――ッ!」
ズズズ、と両手両足が手首・足首まで黒い台の中へ沈み込んでいった。沈み込んだ両手両足からは素肌になったような奇妙な感触が伝わってくる。
「な、なんだこれッ! ? お、おいッ、引っ張っても抜けねえぞッ!」
「落ち着け。大丈夫だ」
直輝は焦って手足を引っ張り抜こうとしている勇理に声をかける。すると彼は引っ張るのをやめて大人しくなった。
「よし、次に進むぞ。今度は起動と言ってみろ」
勇理が落ち着いたのを確認して直輝は言った。
「起動」
勇理が直輝に従って言うと、
「――ッ」
今まで真っ暗だったコックピットの壁が一気に明るくなり、外の風景を映しだした。
「これは……」
「コックピットからの眺めだ」
勇理がただの壁だと思っていたそれは壁面モニターだった。勇理の前に220度展開されるコックピットからの風景。機体の近くでは作業員らしき人たちが仕事をしていた。
呆けた顔をした勇理がコックピットからの風景を眺めていると、
『リベリオン・01。パイロットの認識が完了しました』
コックピット前面の壁面モニターから少し浮いた状態でそんなメッセージウィンドウが表示された。
そのメッセージを読み上げる声は声変わりもしていない少年の声だった。
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