第五話
「……本当に、それでいいのかい? 一度決めたら後戻りはできないよ。考え直すなら今しかない。分かってるよね?」
「男に二言はない」
最終確認のように言った宮都に勇理は即答した。
「……そうか」
宮都は静かに目を閉じて大きく息を吸い、
「よしッ! ではこれより、椎葉勇理君を我らリバースの一員として、正式に迎え入れることとするッ!」
目をカッと見開いて両手を広げ高らかに宣言した。
するとエントランスホールでくつろぎ、あるいは働いているリバースの従業員たちが一斉に拍手をし始めた。
「……どうも」
勇理が気恥ずかしそうに軽く何度も頭を下げていると、
「――いやー、おめでとうございます」
近くにある受付カウンターの奥から諸塚が拍手をしながら出てきた。
「君なら引き受けてくれると思っていましたよ」
「お前、あんなところにいたのか」
「はい。たまたま手が空いていて。面白そうでしたので隠れていました」
宮都も諸塚が隠れていることは知らなかったらしく少し驚いた顔をしていた。
「リバースの一員になったことですし、さっそく機体に乗ってもらいたいのですが」
「……そうだな。じゃあ、よろしく頼む。勇理君もいきなりだが頑張ってくれたまえ」
宮都は勇理に再び握手を求めた。
「…………」
勇理が無言でその手を握ると、宮都はしっかりと握り返してきた。彼の手は汗ばんでいて握る力は昨日よりも少し強かった。
「では、行きましょうか」
「ああ」
諸塚は奥の通路に向かって歩き始める。勇理はその後に続いた。2人の後ろで宮都は何とも言えぬ複雑な表情を浮かべていた。
「……機体に乗ってもらう前に行くところがありますので、先にそちらへ向かいます」
「どこに行くんだ?」
「はい。今から向かうのはパイロットの控室。君と同じ機種の機体に乗る現役パイロット2名が待機しています」
「……てことは、今から会うのは俺の先輩たちか」
「そういうことになりますね」
その直後、勇理は急に硬い表情になって黙り、今度は歩きながらしきりに体を動かし始めた。その様子からは緊張していることが窺える。上下関係の厳しい体育会系の縦社会で生きてきた彼にとって先輩は非常に大きな存在なのだろう。
その後も勇理はしきりに体を動かしていて諸塚はそれを不思議そうにちらちらと見ていた。
「到着しました。このドアの向こうが控室です」
到着を告げる諸塚の目の前には灰色のドア。
「ここから先は彼らに一任していますので、君1人で行ってください」
「分かった。……よし、第一印象は大事だからしっかりしないとな」
勇理が気合を入れるように頬を両手で叩くと、
「司令官に向かってタメ口をきく君がそれを言いますか」
呆れ顔の諸塚から厳しい突っ込みが入った。
「……敬語みたいのは苦手なんだよ」
ばつが悪そうに後頭部を右手で掻く勇理。タメ口があまりよろしくないことだという自覚はあったらしい。
「まあ、結果を残せば誰にでも気兼ねなくタメ口をきけるようになりますよ。ですから結果を残せるよう頑張ってください。それではまた後で会いましょう」
諸塚は軽く右手を上げて勇理の元から去っていった。彼が角を曲がったところで勇理は控室のドア前に立った。するとドアは自動で横にスライドして開いた。
「……し、失礼しますッ」
勇理はごくりと唾を飲み、中に入っていった。
中は清潔感溢れる白を基調とした質素な部屋だった。真っ先に目につくのは透明な大きな長方形テーブルにふかふかとした高級そうなリクライニングチェア。そのリクライニングチェアには先輩たちが座っていた。
「…………」
先輩たちと顔を合わせた勇理は固まっていた。眉一つ動かさずに彼らの顔を凝視し続けている。
先輩たちは勇理の想像した姿とは全然違っていたのだ。筋骨隆々でもいかつい顔でも傷だらけでもない。1人の青年と1人の少女だった。
依然として固まっている勇理を見兼ねてか、1人の青年が立ち上がった。
その青年の髪は真っ白な白髪で、目つきは凛々しく、聡明な顔立ちをしていた。
「椎葉勇理だったな。俺は日之影直輝、歳は22だ。よろしく」
勇理の元までやってきた直輝はそう言って握手を求めた。
「……あ、ああ。よろしく」
我に返った勇理はその手をしっかりと握った。
「そして、あっちで本を読んでいるのが……」
直輝は振り向き、リクライニングチェアに座って本を読んでいる少女を見た。
「日向麗」
その少女は本を読んだまま、興味なさげにぽつりと名乗った。
麗は幼さが残った端整な顔立ちをしていて、腰近くまである長い黒髪を首の後ろで束ねていた。右側頭部には桜の花を模した小さな髪飾りが付いている。
「……よろしく」
美少女と言っても過言ではない麗に勇理は怪訝な表情を向けた。
「自己紹介はこれで終わったな。次の説明に入る前に、どこでも好きなところに座ってくれ」
直輝は握った手を離し、最初座っていたリクライニングチェアに再び座った。
勇理は迷わず麗の向かいの席に座る。向かいの麗はピクリと反応した。
「よし、それでは次の説明に」
「その前に1ついいか」
勇理は次の説明に入ろうとした直輝を遮って言った。
「そこのあんた……日向麗だったか。明らかに俺より年下に見えるんだが」
「……気のせいだ」
「いや、気のせいじゃねえ!」
勇理はテーブルを両手で叩いて立ち上がった。突然の大声に不機嫌そうな顔をする麗。
「俺たちが戦うのは人を食って殺す化け物なんだろ? そんなヤツらとこんな小さな子を戦わせてるのかよッ! ?」
声を荒らげる新人に苛立つ麗は本をバタンと閉じて、
「小さな子呼ばわりしないで。あなたとは4歳しか違わないわ」
冷たい口調で言い放った。
「……てことは……14歳。おいおい、まだ中学生じゃねーか……」
「……何か問題があるの?」
「問題あるだろッ! だって相手は化け物だぞ。怖くないのか? もしかして無理やり戦わされてるんじゃないのか?」
不愉快な様子の麗に勇理は焦りと心配の混じった表情で言葉を連ねた。
「……私は自分から望んでやってるの。それはあなたも同じでしょう?」
「そうだけど、でもな……」
言い返したい勇理だったが言葉に詰まった。麗の顔をじっと見たまま何か良い言葉がないかと考えている。そんな時だった。
「……そろそろ、いいんじゃないか」
今まで黙っていた直輝が仲裁に入った。勇理と麗は同時に振り向く。
「椎葉。確かに日向は最年少パイロットとして働いている。だがそれは他ならぬ彼女自身が決めたこと。俺たちにとやかく言う権利はない。それに彼女の役割は後方支援だ。前衛で戦う者に比べれば危険は少ない」
「そう、なんですか」
「ああ。前衛に比べればな。前衛は非常に過酷だ。常にグリードと戦い続け背を見せることは許されない。時には仲間を守る盾となり、またある時には戦線の突破口を開く矢にもならねばならない。……それがお前の役割だ、椎葉」
「え?」
思わぬ言葉に呆気にとられる勇理。麗はそんな勇理の顔をそっと観察していた。
「だから他人の心配よりも自分の心配をしたほうがいい」
直輝はテーブルの下に置いてある小さなダンボールから何かを取りだし、立ち上がって勇理にそれを渡した。
「……これは?」
「パイロットスーツだ。今から歩行訓練に行く。諸塚からも言われてただろう?」
「ああ、そういえば……」
「ついてこい」
部屋の出口に向かう直輝。勇理も慌てて畳まれたパイロットスーツを右脇に抱えてついていった。
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