第三話
「そんなの、できるわけないだろッ!」
「機体の操作に関してなら君でもできますよ。並以上の運動神経はお持ちでしょうし」
諸塚はそこまで言った後、少し間を置いてから、
「大事なのは君の意志です。グリードと戦ってくれるのか、そうでないのか」
右目だけを異様に見開いて勇理を見た。
「…………」
即座に否定すると思いきや勇理は沈黙した。
「この機体に乗って戦えば憎きグリードどもに復讐ができますし、結果としてこの都市を守ることができます。……それに、もしかすると家族の仇であるグリードにも会えるかもしれませんよ」
悪魔の囁きに似た諸塚の声。
「…………」
無言を貫き、何かを考えている様子の勇理。
「今すぐ決めろとは言いません。ゆっくりと考えてください。そして……」
諸塚はそこで一度言葉を切り、白衣の胸ポケットに右手を入れると、
「決断をしたら、ここへ電話してください」
電話番号が書いてある1枚の紙を取りだして勇理の眼前まで持っていった。
「…………」
勇理はその紙をしばし見つめた後、諸塚の胸倉から手を放した。続けてその紙を受け取ると、ハッチから外に出た。
「……やれやれ、今度のパイロット候補は手がかかりますね」
ようやく解放された諸塚はため息をつきつつ右腕をまくり、
「パイロット候補が今からお帰りです。ガイドとして従業員を1人派遣してください」
そこにはめられたブレスレットに向かって指示を飛ばした。
勇理というと、白銀の機体から降りた後、巨大格納庫の出口に向かっていた。
「――ったく、何が魂だ。何がグリードと戦ってくれだ」
右手に電話番号の書かれた紙を握りしめ、歩きながらぶつぶつと文句を言う勇理。
巨大な兵器や仕事をしている人々の近くを通りながら勇理は出口に着いた。出口のドアが開くなりすぐさま外に出る。
「……ん」
外に出た勇理のすぐそばに1人の女性が立っていた。その女性は真面目そうな顔をしていて灰色のタイトなスーツを着ていた。
「椎葉勇理さんですね」
「……そうですけど」
「お帰りになるそうなので、私がご自宅までお送りします」
「……あー、じゃあ頼みます」
「では、私の後についてきてください」
ガイドの女性は勇理に背を向けて歩きだした。勇理はその後についていった。
勇理がガイドの女性とともにリバースを出た頃、とある休憩室では諸塚と宮都が話をしていた。その休憩室には簡素なテーブルとイスが数組、自販機が3つ置いてあるだけだ。
宮都は腕と足を組んでイスに座っており、諸塚は自販機前で突っ立っていた。
「……で、今回のパイロット候補、椎葉勇理君はどうだったかね」
話の途中、宮都は唐突にそう切りだした。
「そうですね。まず、健康状態は良好。というか元気が良すぎます。他に関してはまだまだ改善の余地がありそうですが、パイロットとしてのポテンシャルはあるかと」
諸塚は思いだしながら述べた後、自販機でカップに入った微糖のコーヒーを買った。
「そうか。じゃあ後はあの子次第だな」
「そうですね。もし引き受けてくれるのなら、今回こそ当たりだと非常に助かります」
憂い顔で言う宮都に、諸塚はカップコーヒー片手にそう答えた。
「こら諸塚、そんな言い方はやめたまえ。彼らだって勇気を振り絞って決意してくれた大事なリバースの一員だ」
「……そう言われても、今回失敗すれば5回連続で外れですよ。おまけに全員が初陣で駄目になっていますし。このままでは開発陣のモチベーションがだだ下がりです」
諸塚は深いため息の後、コーヒーを一気に飲み干した。
「……それはこう、初陣までの訓練期間を長くするとかで解決できないのか」
「あれを動かすだけに長期の訓練は不要ですし、戦い方を仕込むにしても時間がかかりすぎます。それならいっそ、初陣を最後の適性判断に使い、合格できれば育成を始めるとしたほうが効率的ですね」
「……生死のかかった適性判断……か」
諸塚の話す内容に宮都は悩むような素振りを見せた。
「最初、私たちは初陣から恐怖を殺して戦えるような即戦力を求めていましたが、最近は少し妥協しましたよ。経験を積んだ軍人でもない限りそんな人材は存在しないと痛感しましたし。初陣である程度成果を残して、無事に帰還できれば合格としています」
「…………」
心配そうな顔で沈黙している宮都に対して諸塚は、
「時には司令官として冷酷無比な判断すら下すあなたにそんな顔は似つかわしくありませんよ。いつものようにしっかりしてください」
そう言って空になったカップを自販機そばのゴミ箱に捨てた。
「……仕事とプライベートは別だ」
「そうですか」
諸塚は素っ気なく返事をして、
「……では私は機体の最終チェックがありますので、お先に失礼します」
そう言い残して休憩室から出ていった。
諸塚が出ていった後、休憩室に1人ぽつんと残された宮都。依然として腕と足を組んでイスに座っている。すると不意に目を閉じて、
「……年取るとなあ……色々と脆くなるんだよ」
誰かに言い聞かせるように、そう呟いた。
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