第二話

『目的地に到着しました』

 到着と同時にカーナビゲーション装置から女性の声がし、車のドアが勝手に開いた。


「行きましょう」

 車の外に出た諸塚に続いて勇理も外へ出る。車は自動でドアを閉めて、どこかへと走り去った。


「こっちです。ついてきてください」

 諸塚が先導し、後ろから勇理がついていく。


 超高層エレベーター帯周辺はいつものように他の階層へ行く人々でごった返していた。


 波紋のような同心円状の構造をした超高層エレベーター帯。最も巨大な中央エレベーターを中心にして東西南北に計8つの中規模エレベーターが存在する。エレベーター帯の中も待ちの人々で混雑していた。それ以外に移動手段がないのだから仕方がないだろう。


 関係者専用エレベーター前。諸塚は立ち止まって右腕をまくった。その腕には小さなブレスレットがはめられており、彼は呼びだしボタンにそれをかざした。


 数秒後。ピンポンという軽い音とともに関係者専用エレベーターのドアが開く。


「さぁ、乗ってください」

 勇理がエレベーターに乗り込むと諸塚も乗り込んでドアを閉めた。エレベーターは動きだし、上のほうへと向かい始めた。


「ん、確か市役所って下の階層じゃ……」


 市役所があるのは下層部。今いる上層部から中層部を越えた先にある。


「私の課はちょっと特殊で、上のほうにあるんです」

 警戒する勇理に諸塚はそう答えた。

「…………」

 今一つ納得していないという様子の勇理。


 しかし彼はそれ以上問いただそうとはせず透明な壁越しに外を見た。眼下にはだんだんと遠く広大になっていく町の風景。それをじっと眺めながら、エレベーターが停まるのを待った。


 数十秒後にエレベーターは停まり、ピンポンと音を鳴らしてドアが開いた。


「もう少しで目的地です」

 諸塚はそう言ってエレベーターから降り歩きだした。勇理はその後についていく。


 2人は規模の小さくなった超高層エレベーター帯から出て近くの通路に入った。その通路は幅が100メートル、高さが50メートルほどで、行き交う人々は研究者や自衛隊員のような恰好をしていた。


 しばらく通路を歩いていた2人の前にまたもやエレベーターのドアが現れた。その数は上段と下段を合わせておよそ60。通路の反対側にも同じ数あり奥までずらりと並んでいる。


「まだ着かないのか……」

「すみません。今回は目的地からだいぶ離れていましたので。次に来る機会があれば中央もしくは東か南から行くのをお勧めします」

 諸塚は言いながら1番近くにあるエレベーターへ向かった。エレベーターの呼びだしボタンに、再び右腕をまくってブレスレットをかざす。


「さぁ、どうぞ。これが最後です」

 エレベーターのドアが開き、勇理と諸塚は順に乗り込んだ。


 エレベーター内は全面がクッション素材になっており、壁の両端には頑丈な手すりがついていた。


「少しGがかかりますので、手元の手すりを握っておいてください」

「ん、Gってなんッ」

 ぼそっと言った諸塚に勇理が問おうした瞬間、エレベーターは横に急発進した。


「ぐおおおおおッ……」


 ジェットコースターのように動くエレベーターの中で勇理は倒れかけるが、すぐそばにある手すりを握って体勢を立て直した。


 束の間の加重体験。若干へろへろになりながら赤いドアの前へ。


「お待たせしました。ここが目的地です」


 中に入ると、そこはエントランスホールだった。落ち着いた白と黒を基調としたホテルのロビーのような雰囲気でとてもゆったりとした空気が漂っている。


「…………」


 てっきり市役所特有のお堅い場所だと思っていた勇理は驚きのあまり口をポカンと開けている。諸塚はその様子を興味深そうにじっと観察していた。


「――おっ」


そんな2人の元に短く声を発して近づく1人の男。その男は優しそうな顔をした中年の男で白いスーツを着ていた。


「やあやあ、待ちくたびれたよ」

 その男はにこやかに笑い、勇理に向かってフレンドリーに話しかけた。


 口をポカンと開けていた勇理は我に返り、その男の顔を見た。


「椎葉勇理君、だったかな。ようこそ、特務機関リバースへ」

「特務機関……リバース……?」

 その男の言葉に勇理は困った表情を浮かべる。


「ははっ、やっぱり君もすくすく研究課だと思っていたか」

「……どういうことだ?」

 軽く笑うその男に勇理は不審の目を向けた。


「すまんすまん。機関の体質上そういう嘘をつかないと駄目なんだよ。なんたって、ここは特務機関だからね」

「そんなのはどうでもいい。ここが何なのか答えてくれ」

「ここは人類の未来のために研究と開発をし、統合された自衛隊と協力しながら敵と戦う機関です」

 勇理の強い問いに、その男はしっかりと答えた。


「私はここで司令官をやっている宮都創真だ。とりあえず、よろしく」

 宮都は勇理に握手を求めた。


「…………」

 勇理はしばし沈黙した後、無言のまま宮都の差しだしてきた手を握った。


「後の説明は諸塚がやってくれる。だから君は見たものを見たまま、素直に受け入れて決断してくれ」

 宮都は意味深な発言をして、手を離した。


「じゃあ諸塚、後は頼んだよ」

「分かりました。では、私についてきてください。もう少しで会えますよ」

 バトンタッチされた諸塚は勇理をとある場所まで連れていった。


 そこはンネルから抜けたような錯覚に陥ってしまうほどの広大さを持った巨大な格納庫だった。


 戦車や戦闘機などの旧時代から使われてきたありふれたものから人型の機体や巨大な武具まで様々な兵器が集まっている。そんな兵器たちの合間で整備士や研究者と思われる人々がせっせと仕事をしていた。


「こっちです」


 諸塚についていって先にあったのは人型をした大きな機体の前だった。30メートル近くはあろうかというその機体の色は白銀で甲冑を着た騎士のようなフォルムをしていた。


「……どういうことだ。弟に会わせてくれる約束は?」

 眉間にしわを寄せる勇理。まさか騙されたのではと感じているようだ。


「そんな顔をしないでくださいよ。君の弟はそこにいるじゃありませんか」

 諸塚は2人の前に立つ白銀の機体を指差した。


「……こいつの中にいるのか?」

「はい」

「じゃあ今すぐ会わせてくれッ」

「いいですよ」

 諸塚は勇理の頼みを聞き入れ、手を2回叩いた。


 するとすぐそばに立っていた白銀の機体はゆっくりと跪いて背中にあるコックピットのハッチを開いた。


 勇理は急いで白銀の機体に飛び乗り、よじ登って背中のハッチから中に入っていった。

 諸塚はそんな彼の様子を見て無言でため息をつく。そして近くに置いてある移動式階段に乗って後を追った。


 コックピットの中に入った勇理というと、力なく立ち尽くしていた。コックピットの中は球状になっており、パイロットの座る座席と制御パネルが設置してあった。


「よいしょっと」

 立ち尽くしている勇理の後ろから遅れて諸塚がやってきた。それに気づいた彼は勢いよく振り返り、


「おい、どこにいるんだよ。……もしかして騙したのか」

 諸塚にゆっくりと近づいていく。その表情からは怒りがひしひしと感じられる。


「心外ですね。騙してなどいませんよ」

「じゃあ今すぐ説明しろッ!」

「はいはい、分かりました」

 立腹した勇理に呆れ顔の諸塚はすぐそばの壁を右手で触った。


「……中にいるといっても、それは君の期待したであろう生身の人間ではありません。言うなれば、この機体に宿る魂として君の弟が存在しているというわけです」

「……ふざけんなッ! 冗談も大概にしやがれッ!」

 勇理は大声を上げて諸塚の胸倉に掴みかかった。


「何が魂だッ! 期待させるだけさせて、結局騙してるじゃねえかッ!」

「……私は弟と会えますよと言っただけで、生きているとは言っていません。君の想像した再会と違うからといって立腹されても困りますよ」

 諸塚はやれやれと言わんばかりに答える。


「あんたは俺をこんなところまで連れてきて一体何がしたいんだッ。まさかこんな馬鹿げた冗談を言うためにわざわざ連れてきたのかッ! ?」

「……嘘は言ってないんですが……、まあいいです。本題に入りましょうか」

「本題?」

「そうです。そもそも君をここに連れてきたのは、この機体に乗ってもらいたいからなんですよ」

「なんで俺が乗らなきゃいけないんだ」

「……と言われましても、君でないと駄目なんですよ」

「だからなんで俺じゃないと駄目なんだッ。他のヤツを乗せればいいだろッ」

「それができたら苦労はしませんよ……」

 諸塚は心底残念そうな顔をした。できることなら本当に乗せたくないのだろう。


「さきほども言ったように、この機体には魂として君の弟が宿っています。ですから、他の人を乗せると嫌だ嫌だと拒絶反応が起きたり、上手く動いてくれなかったりするんですよ」

「……そんな話を信じろと? 第一、俺がこの機体に乗ったとして何をするんだ」

 猜疑の目で睨みつけられて諸塚は、


「グリードと戦ってもらいます」


 にこりと笑った。

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