第5話 家庭で会話

「お父さんとお母さんはどこでどうやって会って結婚したん?」


 ぎくっとして一万田がビールを飲む手を止めた。

 晩秋、日曜の夕方。12歳になる長女が尋ねてきた。

「ええ~っと、うーんと。お父さんが産まれた家のすぐ近くにお母さんの家があって、多分初めてあったのは・・・1歳くらい?」


「そげんことよう覚えちょんなあ、アンタ。」

 妻があきれながら言う。

「いや、俺も覚えちょらんけど、母ちゃんが俺が赤ちゃんの頃、お前ん家のまえの広いとこあるやんか、あそこでママさん会議をようしよったっちいいよったけん、多分ベビーカー越しに俺達会っちょんぞ。」


「それは会ったにカウントせん。」妻が言う。

「私もそう思う。」娘も同調する。

 家庭内一万田包囲網が完成した瞬間である。


「ほいたら保育園・・・?やけん3歳くらいか。」

「そういうことを聞きよんのやねえんよ、お父さん。」

 娘が顔をかしげながら言う。


「どこから話せばいいかわからん!」

 一万田は2缶目のビールをあける。

 こういう話題は苦手なのだが、娘はそういうことに興味を持つ年頃なのかやたらと聞いてくる。


「お母さんと大きくなってからどこで会ったん?」

「そうやなあ、すき焼き食べた日かなあ。」

「なんでアンタは私と会った日の記憶がすき焼きとセットなんか。」

 警視庁に入ることになって東京に発つ前の晩に家ですき焼きを食べたのだが、その買い物の帰りに妻とばったり会ったのを思い出す。


 近所ゆえに子供の頃に何度も会ったは会っただろうが、異性として意識して会ったのはあれが初めてだったかもしれない。

 妻に何故かすき焼きのイメージがあるのはそのせいだ。だが、そのすき焼きのイメージがあるというのは墓まで持って行かねばなるまい。まあバレてるのだが・・・


 妻がスマホでなにやら昔の歌を再生しだした。

「こんな感じやったんよ。お母さんとお父さん。」

 50年も前の歌謡曲「木綿の手ぬぐい」だ。


好きな人、今晩俺は旅立つ

東京に向かう電車で

大都会から君へのプレゼント

あちこち探すよ

そんなのより、あなた、私は

いってほしくない

あなたに東京に染まってほしくない


好きな人、半年がたったけど

さみしくないか

東京で流行りのネックレス

きっと君に似合うから

そんなのより、あなた、私は

ダイヤよりも真珠よりも

あなたのキスよりときめくものはない


好きな人、君のことを忘れてしまい

消えて行く僕をゆるしてほしい

僕は東京が楽しすぎて帰られない

そうなの、あなた、私は

最後にプレゼントが欲しいの

木綿の手ぬぐい

涙をふく手ぬぐい


 もともと名曲なので、一万田はちょっと聞きほれてしまった。

 再生を終えた妻は娘に「どう?」と聞く。

「お父さんひどい。」


 一万田包囲網から攻撃が入る。

「いや、東京に行ったことくらいしか共通点ねえやろ。」

「お母さんはね、ずうっと九州でお父さんを待っちょったんよ。」

「え、そうやったん?」

 警視庁にいる間、妻は確か福岡の大学にいたはず。九州は間違いないが、果たして本当に待っていたのだろうか。


「やっぱりお父さん、お母さんのこと忘れちょったんやんかー」

「いや、確かにそりゃ忘れちょったけど。そもそも、すき焼きの晩に超久しぶりに会っただけやもん。」

「どうしてもアンタ、すき焼きっちいいてえようやな。それに次の日、駅のホームでも会うたやろ。」

「あ、そういやそうやな。」

 すき焼きの翌日、駅のホームで妻と会った。送りに来てくれていたようだったが、細部は覚えていない。


「やっぱりお父さん忘れちょったんや。」


 う~ん、そうなのかなあ。一万田はなんとも腑に落ちない。

「お父さん、お母さんに東京からネックレス送ったん?」

「もらっちょらんよ。」妻が即答する。

「お父さん、お母さんにネックレスもあげんかったんや。」

 しかしなんで歌が基準なんだ。まあいいか。

 一万田はつまみのゲソを噛み噛みビールを飲む。


「結局お父さんは東京から帰ってこんかったん?」

「いや、帰ってきたけんここにおるんやろ。」

「いつ帰ってきたん、お父さん。」

 

「お母さんに内緒でしねえ~っと帰ってきちょったんで。」

「いや、連絡先とか知らんかったし。」

「お父さん、帰ってきてなにしよったん?」

「街のベンチに女の子の銅像あるやろ?あの子にビール勧めよったんよ。」

「えええーなんでー」


 あのときの冗談が一生モノの恥になろうとは。一万田は頭を抱えた。

「ううんとな、東京から帰ってきて今の仕事に就いて、どっかでふらっとお母さんと会ってなんか気づいたら結婚しちょって、目を離したすきに子供もできて・・・」


「そこが一番知りてえんや、お父さん。」

「なし、そげえ知りてえんか。」


「今度学校で発表するんや。」

「ええええええ!」

 今度は妻がめずらしく大声をあげた。


 多分、あれやこれや話すつもりだったんだろう。一万田は妻の狼狽を見てほくそ笑む。

「お父さんとお母さんはね・・・」

 妻解釈のラブストーリーを聞きながら一万田はビール3缶目をあけた。


 そろそろ冬も近い。ストーブを出そうか。

 はす向かいの家の庭木が枯れ葉を散らしている。

 さしこむ夕日が美しい。あ、そういえば今晩はすき焼きだったな。

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ばったりあった幼馴染とよもやま話 @robocogaHt

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