第3話 映画館で会話

「認めとうねえんやけどな。」

 首藤さんは待合室でぼそっと言った。

「アンタと。」

 しばらく無言が続いた。


「なんなんか。」

 無言に耐えられず、というか単にこの会話のテンポに異議申し立ての気分で一万田が尋ねた。


「アンタと行動範囲がかぶっちょんのが癪に障るんよ。」




 ここは隣町の映画館。

 30分ほど前、一万田は最後の最後で迷っていた。

 女優の胸がはだけると話題のアクション映画を観るか、兼ねて気になっていた戦争映画を観るか。

 東京にいた時分には、2本立てをやる場末の劇場によく行っていたのであるが、ここはもちろんそんな上映はない。

 さて、どうしたものか。腕組みをしてロビーの椅子に座っていたら隣にぶしつけに人が座ってきた。なんだコイツとチラ見すると・・・


「首藤・・・さん?」

「アンタ何観るつもりなん。」

 唐突すぎた、が、一万田の反射神経は対応した。

「そりゃ戦争のアレに決まっちょん。」一万田は戦争映画のポスターを勢いよく指さす。

「うそんじょお。私とばったり会うときは気恥ずかしいジンクスからゆうて、オッパイポロリのやつやろ。」

「そげんこたねえ。」と目が泳ぐ。

 嘘を見破ったかのようにニヤッと笑う首藤さんの圧が凄い。


「首藤さんは何観にきたんか。」

 今度は首藤さんがわずかにだが目が泳いだ。

 たまには当ててやって狼狽させなければ負けっぱなしだ。

「アレやろ、どうせ。」

 一万田は首藤さんの趣味も何も知らなかったが、勘でトンネルから脱出するアクション映画を指さした。

「そうやに、ようわかったなあ。」

 という首藤さん、実はシリアルキラーのノンフィクションものを観ようかと来ていたのだった。

「そうやろ、首藤さんの好きそうなもんくらいわかるわ。」

 どうだ当ててやったぞと珍しく一万田も勝ち誇る。


「戦争のやつ、そろそろ始まるけん、それじゃな。」

「間をとってアレやな。」

 首藤さんがシリアルキラーノンフィクション映画を指さす。


「え?」

「アンタは戦争もんやろ、私はトンネル脱出もん。足して二で割ったらアレしかねえやん。」

「え?」

「そろそろ始まるんよ。」

「観らんといけん?」

「ほんなら私一人で観るわ。一人でさみしーく、捨てられて観るわ。」


 5分後、売り場窓口にはシリアルキラーノンフィクションのチケットを並んで買う二人がいた。

 

 チケットを買って開場待ちで並んでいた首藤さんが突然「認めたくねえんやけどな。」

 などと言い出した。



「そりゃ首藤さん、なんぼなんでん、ひでえ言い草で。」

「たまに帰省して買い物行こかと思えば飲んだくれのアンタと会うやろ。たまの帰省で映画でも観よかち思うてくれば性欲全開のアンタと会うやろ。」

「なんか性欲全開っち。俺は戦争映画観ようと思うちょったんぞ。」

 一万田はちょっとだけ抗議した。嘘をつけない良心が全面的な抗議をさせなかった。



 映画は題材がシリアルキラーを扱うだけあってグロ表現がところどころ出てくるうえに精神的にキツい内容だった。

 一万田は警察官だったときに何度か殺人や事故死の現場に臨場したことがあるのでグロ耐性はあった。むしろ「あーここリアルだ。作り込んでるな。」「あー教材に出てきた犯罪者心理だ。」といった方向で案外楽しめた。

 いっぽう首藤さんは突然両手で顔を覆ってうつむいたり、嗚咽をもらしたりと動揺しっぱなしであった。


 ひょっとして怖いから一人で観られなかったのでは・・・

 などと言おうものなら、なんだか怒られそうなので言わないが、一万田はそう思った。


 映画がおわってエンドロールが流れ始める。一万田は映画マナー的なたしなみは一切もってないので即立って出ようとしたが、感極まった首藤さんがエンドロールをみているので付き合わざるを得ない。

 館内に電気がともると首藤さんの顔には泣きはらしたあとがあった。



「アンタ、何食べたいん?」

「え?」

 映画館を出てすぐ首藤さんが聞いてきた。

「牛丼食うて帰ろうとおもうちょった。」

「私は蕎麦食べてえんやけど。」

「ほな蕎麦食べる?っちゅうか、一緒に食べるん?」

「ほんなら私一人で食べるわ。一人でさみしーく、捨てられて食べるわ。」


 蕎麦は首藤さんがおごってくれた。

 一万田が割り勘でいこうと主張したが退けられた。

 シリアルキラーノンフィクションを一緒に見てくれたお礼なのだろうか。


 一万田のアパートと首藤さんの家の最寄り駅は当然同じだ。

 改札を出たところで一万田が勇気を出して言った。



「首藤さん。」

 首藤さんが振り向く。

「なん?」

「その、首藤さん。」

 首藤さんがくいついてきた。


「本当は。」

「なんなん?」


「今日の映画、本当は一人で見るの怖かったんやろ?」


 ばちーん!

 首藤さんの無慈悲な平手打ちが一万田の右頬にさく裂した。

「そげんこたねえ!」

「ちょ、首藤さん!」

「知らん!もう知らん!」

「ごめんちゃ!」

 一万田はなぜか勢いで謝ったが首藤さんの怒りはとけない。

「もう会っても首藤さん?とか言うてこんでな!」

 首藤さんは足早に去って行ってしまった。


 改札鋏をカチカチ暇そうに鳴らす駅員が「若いなー」と言う目で眺めていた。

 

「はつられた・・・」

 誰かからビンタをもらうのは小学生の時以来だったか・・・

 暴力は警察時代にも経験しているので耐性はあったが、唐突な首藤さんからの暴力はなんだか耐えかねた。


 そうか、やはり聞くべきではなかった。首藤さんのプライドをひどく傷つけてしまったようだ。

 

 もう首藤さんと会うのもこれっきりだろうな・・・

 一万田の心に大きな穴がぽっかりあいた。


 世間はゴールデンウィーク。桜はすっかり散って葉桜が青い。

 へえっくしょい!

 一万田はくしゃみをしながら自分のアパートに歩みを向けた。コンビニで酒でも買って飲むか。

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