30:意外なところで繋がっている
「今ここでしなくてはいけないほど、大事な話なのか?」
困惑したようにアルベールが確認した。
「ちょっとね。家のことで」
「君たちはいとこ同士だったか。それなら僕たちは席を外したほうがいいだろうが……」
「別の部屋を借りてはいかがですか? 無駄にこの場に留まるのは、やめたほうがいいと思うのですが」
気遣わしげにセルギイが室内を見回す。
この場所に近づきたくないと感じてしまうというやつだろう。
「すぐ済むし、君たちはあの扉の向こうまで戻っていてくれていいよ。大丈夫、ここは別に呪われた場所というわけでもないだろ」
「イラは不安を感じていないんですか? 私はここに来てずっと落ち着きませんが」
「そういう気配を感じるというのはわかるよ。でも俺には悪いものには思えないかな」
「いいわ。すぐ済む話ならここで聞く」
どうせ彼には私からも確認したいことがある。諦めてさっさと話を終わらせよう。
私が了承したことで、完全に納得した様子ではないもののアルベールたちが部屋を出て行く。最後に残ったラクサは、値踏みするようにイラをじっと観察していたけれど、最終的には「何かあれば呼んでくれ」と言って出ていった。
そういえばイラと二人だけで話すのは、ラクサと出会った夜以来だ。
イラの瞳が光の加減で金に見えたことがあったけど、やっぱり勘違いだったのかな。もし彼が人でないのなら、さすがにラクサが気付いていると思うし……。
「話ってなにかしら」
「あなたはこの場所について、どういう感想を持つのか聞いてみたくてさ」
言いながらイラは机の上に目を留め、何かを撫でるように手を置いた。そのままこちらを向いた彼からは笑顔が消えていた。
敵意はないけど好意があるとも言い難い。ただ私を見ている。
なんとなく目を逸らしてはいけない気がして、正面から見つめ返した。
「不思議だけど何にも感じない。みんなは色々言うけど、どういうことかわからないわ」
正直に答えた。
「そうか。そうだろうね」
呟くように言って俯いたイラは、少しだけ悲しそうに見えた。でもそう思ったのは一瞬で、顔をあげたときには笑顔に戻っていた。
「家のことで話があるんじゃなかったの……?」
「方便だよ。ごめん」
本当にさっきの質問をしたかっただけなのか。一体彼は、どういう答えを期待していたのだろう。
「みんなのところに戻ろうか」
「待って。私からも聞きたいことがあるの。あなた、アルベールたちと交流があったのね」
「あれ、言ってなかったかな」
「いつから?」
「いつからって?」
「アルベールたちから接触があったのはいつ? 私の誕生日より前なんじゃない? 全員と元から知り合いだったの?」
睨むように見ていると、降参というように肩をすくめられる。
「彼らと初めて言葉を交わしたのは、あなたの誕生日パーティーだ。でも彼らの国の人間と話したのはもっと前。カルフォン家のことを知りたいってね」
気付いたきっかけはアルベールの言葉だ。
イラは一人だけオトジ国の人間で親類で、私のことについて最も詳しそうな立ち位置。だけど肝心のカルフォン夫妻からは一番優先度が低い相手。義理で候補に入れられたと思われても仕方ない相手だ。
アルベールたちの後ろで婚約を成立させたいと思っている人たちからすれば、上手く取り込めれば強い味方だと見えるかもしれない。
それにアルベールの言い方も、最近知り合ったばかりと思えなかった。
半分以上は当てずっぽうな推測だけど、正解だったらしい。
「少し前に、あなたが人と喋るときのコツを教えてくれただろ。彼らとよく話してみるようになったのは、あれからだよ」
楽しむところがわからないとか、そういうことを言っていたやつか。私もこれという正解を示せたわけじゃないけど。
「感想は?」
「どうだろう。変わってきたような気がしないでもない」
「それはよかったわ。これからも頑張ってちょうだい。ただ、私の確認したいのは別のことよ――」
人付き合いを楽しめそうなのは結構だ。ただそれより私にとって問題なのは。
「アルベールたちに、私の悪評を流したのはあなた?」
「悪評なんて流してないよ。侮っていい相手じゃないって真面目に語っただけだ。あなたは、カルフォン夫妻の操り人形なんかじゃないとね」
それであんなに最初から私への警戒心が高かったのか。ようやく謎が解けた。
「私のこと、よく知らないくせに」
「知っている範囲で答えただけさ」
「どういうつもり? それであなたが得することは?」
ゲームでイラという登場人物はいなかった。アルベールたちと仲良くしていた描写なんてなかった。名もない脇役の一人だったと言えなくはないけど、でも彼みたいな存在が脇役なんてありえる?
「あなた、何者なの……」
つい、心の声がそのまま出てしまっていた。
「あなたの親戚で、婚約者候補の一人だよ」
「私のことをずいぶん高く買ってくれてるみたいだけど。偏った情報を渡して、バルドー家はどういう得をするわけ」
「バルドー家の利益は関係ないよ。ただ俺は、あなたがこの祭りで『聖女』に選ばれるところが見てみたいと思ったんだ」
「それとアルベールたちに私のことを話すことと、どう関係するのよ」
イラは考えるように、やや芝居がかった動作で顎に手を当てる。
「これ以上は、あなたに話すには時期が早い気がする」
「どういうこと?」
「いずれわかるよ」
やけに自信ありげに言う。そうして話は終わりだというようにさっさと踵を返すと、部屋から出ていってしまった。
「なんなのよ……」
不安と戸惑いと、少しのいら立ちが残った。イラと話すといつもこんなふうに消化不良な気持ちになる。
以前彼は私に振り回されていると言ったけど、振り回されているのはこっちじゃない?
私も部屋を出ようとして、ふと彼が撫でていた机の部分を見た。特に理由はなく、ついでにと確認しただけだ。
――机の深いこげ茶色に紛れて、ペンの先で戯れにつついた後のような、小さな点がある。
真ん中に一つ。それを囲むようにして四つ。
それは第二神殿で階段を見つけるときのヒントになった、あの落書きとそっくりだった。
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