28:罪人のいた城

 ラクサと合流したあとは、街はずれにある小さな廃墟を訪ねた。かつて神殿として使われていた、森の中にある小さな城だ。神殿といっても見習いの神官たちが学びのために過ごす場所で、一般の者たちが祈りに訪れることはなかったという。綺麗に手入れされているようで、見た目には今も使われている建物に思えた。


「雨のなか、よくいらっしゃいました」


 管理を担当しているという若い女性の神官が、私たちを出迎えてくれた。他にも何人か、建物の維持のために従事している神官がいるという。ミユと名乗った彼女はそのまとめ役らしい。大して広くはない建物の中を丁寧に案内してくれる。

 魔法石を使用したランプを手にした彼女は、このあたりの神殿はほとんどがこのランプを使っていると説明した。この地方は魔法石の産出地でもある。その関係で寄付されたものだという。

 雨のせいで暗いからと私たちにも一つ渡され、ラクサが手にして最後尾を歩いてくれた。


「廃墟と聞いていたけれど、ずいぶんと綺麗だわ。神殿として使われていたのって相当の昔でしょう? でも明日から使いますって言われても大丈夫そう」

「ええ。実際に使用しようと思えばすぐに使える状態です」


 見学を始めてしばらくして、エリカが感心したように言う。答えるミユは少し誇らしげだった。建物が綺麗な状態を保っているのは、管理している彼女らのおかげだ。


「なのにそのままにしておくの?」


 この問いには、ミユは少し顔を曇らせた。


「何度かそういう話が出てはいるんです。でも最終的に、もう少し見送るという結論になりますね」

「それってやっぱり、ここに捕えられていた人に関係するのかしら?」

「知っていて来られたんですか」


 目を見開いたミユが他の者にも視線をやる。皆、肯定を示すように軽く頷いた。驚いた様子のままミユは「知ってたんですね」と繰り返すように呟く。そして、少し迷うそぶりを見せてから口を開いた。


「正直、ここに白銀騎士団の方が訪れるとは思いもしませんでした。どういうきっかけでこの場所にご興味を?」

「私とエリカは大学で神話について学んでいるんです」


 その繋がりで私とエリカは知り合った。イヴォンヌは商会を営む家に生まれた影響か経済について学んでいて、元から友人だったエリカを介して私と知り合った。


「色んな考えがあると知ることも勉強かなと思って」

「冷静ですね。神話を学問として学ばれているからなのでしょうか……」


 ミユはほっとしたようだった。

 手に持ったランプで前をかざし、歩きながら話を続ける。私たちは黙って聞きながら彼女の後に続く。


「守護神オトジや聖女について嘘を広めたりすると、重罪に問われることは広く知られています。内容によっては投獄されることもあることも、それより重い刑に処されることがあることも。ですが、捕まった人間が具体的にどこのどんな人間で、どこに捕えられ幽閉されたかについては、あまり知らされなかったりしますよね」

「その土地への風評被害なんかを気にしてるんじゃないの? 世の中には過激な人たちもいるだろうしね」


 エリカの指摘に、ミユは肯定とも否定ともとれる曖昧な相槌を打つ。神殿に仕える者として、はっきりとは返事がしづらいのだろう。


「ここにいた神官見習いの件も、隠しているわけではないんです。ですが、私たちが積極的に語ることもありません。だいぶ昔のことなので、地元の人間でも知る者は少なくて――」


 私がこの場所のことを知り、来たいと思った本当の理由は前世で遊んだゲームに出てきたから。

 自分の意志で神話学を学びたいと進学したエリカは、純粋に興味を惹かれたようだ。イヴォンヌのほうは神殿に対しどこか冷静に捉えているところがあるので、「学者って変わった場所に興味を持つよね」と苦笑した程度。ラクサについては「行く」の一言で終わった。

 言葉が途切れてしまった彼女に、私はとりあえず感じたことを言う。


「だけどあなたは詳しそうです」

「管理を任されていますからね。それに……私の家は代々神官を目指す者が多くて。捕えられた神官見習いを世話していたのは、実は私の家の人間なんです」

「何かその時の記録とか残ってたりしないかしら? 日記とかでもいいわ」


 食い気味にエリカが訊ねる。ミユは戸惑うように答えた。


「ですが……見ても不快になるかと……」

「あるのね! どんな内容でも気にしないわ。マツリも見てみたいと思わない? 首都の図書館じゃ大した資料がなかったんでしょう?」

「そ、そうね。その罪人がどういうことを言っていたのかは知りたい、かな。個人的な日記なら、無理にはお願いしないけど」


 記録によれば、敬われるべき守護神オトジや聖女を冒涜する嘘を触れ回ったらしく、かなり悪質であると判断されたらしい。

 だが肝心の嘘の内容の記録は残されていなかった。首都にある王立図書館で資料を漁っても、詳細を見つけられなかったのだ。

 今よりも各地の神殿が自分達の裁量で動いていた時代だ。中央神殿に報告が届いたのは、その罪人がすでに裁かれたあとだった。名前やどこの家の者かの記載もない。考えられるとしたら、神殿と強いつながりを持った家の出身者だったとか。


 私たちのお願いに、ミユはやや長く迷ってから了承してくれた。


「そこまで興味がおありなら……実家に帰ったときに探して見つかれば、お送りしましょう」


 ちょうどそう言ってくれたあたりで一階の端につき、私たちは廊下をふさぐようにしている扉の前に立つ。格子のついた小さな覗き窓のついた重厚そうな木製の扉だ。


「この先は、神官見習いたちが規則違反をした際に罰として入れられる部屋があります」

「こういうのって、地下にある気がしてたわ。普段使っている場所ともっと区切られたところ」

「ここで学んでいたのは良家の出の者が多くて、罰といっても形だけに近かったんです。部屋も狭くはありますが、ちゃんとしたベッドもあれば、小さな机と椅子があって読書なんかも出来るようになっていました」

「想像とかなり違ってた。やっぱり、こういうのは現地で自分の目で見るのが一番ね。来て良かったわ……」


 言葉とは裏腹に、エリカの声音は強張っていた。不安げに扉を見る彼女の隣で、イヴォンヌもまた小さく眉を寄せている。

 どうしたんだろう? 不思議に思っているとミユが少し暗い声で訊ねた。


「この先には行きたくないと感じているのではありませんか?」

「正直、あまり近づきたいと思えない。みんななの?」

「これがこの神殿が使われなくなった理由なんです。再度神殿として使おうという提案が、見送られる理由でもあります」

「怖いとかとは違うんだけど、変な感じだわ。無駄に踏みいるべきじゃない気がするというか……」


 イヴォンヌも同意するように頷いている。


「あの部屋に捕えられた罪人への守護神オトジの怒りが大きくて、その影響が今も残っているのではと言われています。本当のところは不明ですけれど」


 私は何も感じない。

 ラクサはその空気を感じているのだろうか。彼は、ただ扉の先を見据えるようにじっと視線を動かさないでいた。

 でもエリカたちみたいに不安そうではない。私が何も感じないのは、彼を解き放ったことと関係しているのだろうか。


「この先を見ることはできるのか?」


 訊ねたのはラクサだった。ミユは意外そうに頷いた。


「ええ。見学は可能です。私もときどき掃除に入りますが、おかしなことが起こるとかではないんです。ただあまり長く居たくないと感じてしまうだけで。一番奥の部屋は、例の罪を犯した神官見習いが亡くなった場所ですが、気にしませんか」

「死んだまま放置されているわけじゃないんだろう?」

「当然です! 何の変哲もない狭い部屋なんです。亡くなったあとは、縁起が悪いと使われることはなかったようですけど。……本当にご覧になられますか?」

「問題ないのなら」


 ミユは手に持っていた鍵の束から一つを選ぶと、廊下をふさぐ扉のカギ穴に差し込む。


「部屋で亡くなったってことは、病気だったんですか?」


 おそるおそる尋ねるイヴォンヌに答えたのは、エリカだった。


「罪人は裁かれたって資料にあったってマツリが言ってたでしょう。身分と状況を考えるなら、毒による慈悲というところじゃないかしら」

「あ、そ、そうだよね……」


 他の資料なんかと見比べても、私もその可能性は高いと考えている。


「私、ここで待っていてもいい?」

「……私も待ってるわ」


 イヴォンヌに加え、エリカもこの先に行くのは躊躇われるようだ。ミユも、表情からして内心では行きたくないのではないかと思う。


「中は小さな部屋がいくつかあるだけなんですよね? もしよければ、私とラクサだけで見てきますけど」

「それなら……私も待たせてもらっていいですか。部屋の扉も施錠されていますが、この鍵で開きますから」


 やはり彼女もできればこの先は行きたくないらしい。ミユは持っていた鍵束の中の一つを示し、私に渡してくれた。


 頑丈な扉の先に進むと、廊下に沿っていくつかの部屋の扉が確認できた。どれも廊下をふさいでいたものと同じく、格子のはまった小さな覗き窓がついた頑丈そうなものだ。規則違反をした者を閉じ込める場所だからおかしくはない。それ以外は他の場所と変わりない。

 廊下の扉を背後で閉める音がする。ラクサだ。これでこちらの会話が向こうには届かなくなった。


「一番奥の部屋、見てみましょうか。あなたはエリカたちみたいに何か感じる? 行きたくないとか」

「いや……」


 否定するように首を振るが、なんだか歯切れが悪い。でも説明する気はないらしく、黙ったままだ。

 私は気持ちを切り替え、一番奥の扉へ向かった。

 鍵を差し込むと特に抵抗なく回る。ちょっと緊張しながら、私はゆっくりと重い扉を開けた。

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