15:もう一人の子供
「幼いあなたが、顔を合わせたばかりの彼女に自分を上手く売り込んで、養子の座を手に入れた。そう聞いてるよ。どんな言葉を使ったのか、ぜひ教えてほしい」
「なに、いきなり……」
訊かれている内容と、口調のギャップに混乱して戸惑った視線を向けるけど、彼は薄い笑みを浮かべるだけだ。
急にそんなふうに訊かれても答えようがない。混乱しながら、なんとかそれっぽい返事でごまかす。
「上流階級はゴシップが娯楽でしょ。好き勝手言う人たちはそこかしこにいるものだわ。変な噂に惑わされないで」
「ふうん。じゃあ、違う質問。あなたが養子に選ばれたせいで、何の見向きもされずに終わったほうの子どもが、不幸になったかもとか思わなかった?」
彼が言っているのは、かつてイザベラが養子にするか迷った子供だ。カルフォン夫妻が引き取るか検討した子供は、私ともう一人いた。それを知った私は、自分が選ばれるよう必死のアピールをしたのだ。
もう一人についての詳しいことは知らない。ただ、候補がいたということしか。
「どうしてそんなことを言うの?」
そうだ。もう一人はたしか、マックスの兄の子供だと言っていた。ならば彼は、その子供についてよく知っていておかしくない。
だけど、彼が口にしたのはとんでもない内容だった。
「君が養子に選ばれたせいで何の見向きもされずに終わった子どもは、俺だからだよ」
一瞬、理解が追い付かなかった。そんなはずはない。だって――
「嘘だわ。私と養子を争っていたのは女の子だったはず……」
イラは笑うように顔を歪めた。
「バルドー家じゃ、男子の方が優遇されるって知ってる? 単なる家風なんだけどさ」
「初耳だわ。おじさまも、そんなことは何も」
「カルフォン家に婿入りしたマックス叔父は、そういうところを嫌ってたからね。仕方ないか。あの頃、バルドー家の当主には娘しかいなくてさ。でも家を捨てて出て行った長兄には息子がいたんだよ」
「それがあなた……?」
イラは、正解というように大きく頷いた。楽しげな彼が、一体どういうつもりで話をしているのかいまいち掴めない。
「バルドー家の長兄――つまり俺の父親は病気であっさり死んで、残された母親はバルドー家の援助を受けて俺を育ててたんだ。でも息子だと知られたら取り上げられる可能性があってね。バルドー家に対しては娘だってずっと嘘をついてた」
「そんなこと、可能なの……?」
「ばれなかったのは運がいいよね。庶民の暮らす街にわざわざ確認なんてしに来なくて、金だけ送られたから、大して手間はかからなかったよ。手紙に『娘です』って書くだけで騙せてたんだから」
説明する彼は、少なくとも表面上は笑顔で、そして過去について何の感慨もなさそうに思えた。
「でも、あの一件で俺の性別はばれるし、カルフォン家と強力な繋がりができなかったことでなぜかバルドー家当主夫妻に恨まれるし、散々だった」
「そんな――」
「そのすぐあとに母親が死んで、俺はバルドー家に引き取られた。男だったからじゃない。あなたの婚約者候補として使えると思われたからだ。そしてなんと、白銀騎士団に選ばれた。そうしたら、カルフォン夫妻としても一応、婚約者候補に入れてくれたわけだ。義理でね」
イラはすっと一歩、私に近づいた。
「あなたの存在のせいで、俺は振り回されてる」
敵意を向けられている?
なれなれしく近づいてくる彼は、私との距離を縮めたいのか宣戦布告でもしたいのか、わからない。
「恨むなら、おばさまとかあなたの親にして」
「口先だけでも、申し訳ないとか気の毒にとかない?」
「どこらへんに私に非があったのかは知らないけど。でも、これまでの行動で変えようと思うところはない」
イザベラやマックスと初めて会ったときのことを思い出す。
「また同じような状況になっても、私は同じ行動をとると思うわ」
私の言葉に、イラは目を細めた。満足気にも見えるし、睨まれた気もするし、どこかうつろな感じもした。
周りはもう暗くなっていて、手元のランタンの灯りが揺れると彼の表情も変わって見えて、細かいことがわからないのだ。
「だいたい、イザベラおばさまとマックスおじさまが欲しがっていたのは女児なの。どちらにしろ、あなたのことは養子にしなかったでしょう。私が選ばれたことに関して恨むのは、おかしいわ」
「まあ、その通りだ」
イラはくくくっと面白そうに笑った。そこでようやく、彼からの威圧感のようなものが消え去ったのがわかる。なくなって初めて、自分が彼から相当のプレッシャーを感じていたことに気付いた。
疲れを感じて肩の力を抜く。そんな私を見てまた面白そうにする彼に、意図的に振り回された気がして悔しい。
「ごめん。あなたとどう会話すればいいか、自分でもよくわかってないんだ。気を悪くしたなら、そう言ってくれ」
返事の代わりに軽く睨んでみせるけど、イラはまったく堪える様子はない。どころか、そっと空いている手を私の耳元へ伸ばしてきた。
「な、なに」
体を引くと、イラは「ああ、ごめん」と言って手を上げる。
「葉っぱがついてたから気になって」
長い間、茂みに隠れてたからだ。恥ずかしくなって「他にある?」と聞くと、「ない」と答えられる。よかった。草まみれでパーティー会場に戻るわけにはいかない。
「屋敷に戻りましょう。イザベラおばさまに挨拶はした? あなたのこと、きちんと婚約者候補として紹介してもらわないと」
「面倒だけど仕方ないね」
肩をすくめる彼は、私に気を許している感じがして不思議だった。私のことを気に入っていないような態度をとったのに、もう忘れたような振る舞いだ。
そんなことを考えていたら、前を歩き始めた彼が振り向いた。
「色々言ったけど、あなたにはすごく興味があるんだ。懲りずに相手をしてくれたら嬉しい」
「そ、そう――」
考えを読まれて答えられたみたいでどきりとした。
でも、それよりもっと息が止まりそうになったのは、彼の瞳が――。
「どうかした?」
「いいえ。なんでもないわ」
慌てて首を振る。
びっくりした。薄茶色であるはずの彼の瞳が、一瞬だけ金色の輝きを帯びたように見えて。ランタンの光の加減でそう見えただけらしく、本当に一瞬だけだった。
ここに来て二人目の悪い神様の登場かと焦ってしまった。私が解放しなきゃいけないのは全部で四人だから、可能性としてはあり得るのだ。
その後、不安になって確かめるように何度か盗み見たけど、イラの瞳は薄い茶色でしかなかった。どこか期待するように見つめてしまった自分に気付いて、さらにへこむ。
なぜだか無性に、あの赤い瞳の彼と話したい。
でも、夢にも現実にも現れる気配はなかった。
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