14:五人目の婚約者候補
声の主は私と変わらない年齢の男性だった。恰好からして、おそらく今日のパーティーの客だ。
全然違う声なのに、ちょっとだけ、黒髪で赤い瞳をした彼を期待した。でもそこにいたのは、琥珀色の髪に薄茶色の瞳をした男の人だ。ランタンに照らされた彼の顔は、光の加減もあるのか作りもののように見えた。
知らない相手だ。こんなに整った顔立ちなら、会っていれば忘れないはず。
でも初めて会った気もしなかった。
「初めまして。俺はイラ・バルドー」
「バルドー? もしかして、マックスおじさまの――」
「甥だよ。マックス叔父は、俺の父の弟だ」
名字でピンときた。バルドーはイザベラの夫であるマックスの旧姓だ。バルドー家はマックスの二人の兄のうち、次兄のほうが継いでいたはずだ。長兄は、中産階級の女性に一目ぼれして家を出てしまったとだけ聞いたことがある。
彼を見てどこか覚えがあると思ったのは、そのせいか。たぶん、マックスと似ているところがあるのだろう。……全く似てる気はしないけど。
「名乗るのが遅れてごめんなさい。マツリ・カルフォンよ」
「ここで一人でいるあなたに会えたのは、運がよかったかな」
何がだろう?
怪訝な顔をしたのがわかったのだろう、イラは小さく笑った。
「聞いてない? 俺はあなたの婚約者候補の一人なんだ。来るのが遅れたせいで、他の候補の人たちから出遅れてしまったし、気になってたんだよね」
「あなたが五人目の候補者……」
五人目は私の親戚だったんだ。
さっきアルベールたちを連れて行った際、イザベラは一人足りないことを何も気にしていなかった。彼らの前で別の婚約者候補の話題なんて出せなかったけど、引っ掛かってはいたのだ。
マックスの親類だとは意外だった。イザベラが興味がなさそうだったのはどうしてだろう。あの夫妻は仲はいい。夫婦の実際の関係なんて外から見てわかるものでもないけど、本当に信じられるのは互いだけみたいな印象さえある。
そんな夫の甥なのに、興味なし?
ああでも。マックスは大して実家に思い入れはなさそうな印象がある。好きでも嫌いでもなく、利用できる分だけ利用したい感じ。だからイザベラの興味も薄いのか。バルドー家自体は、領地は大きいものの、ただそれだけの平凡な田舎の一領主だと誰かが言っていた。
「特にメリットのない相手で不満かな?」
イラがわざとらしくたずねてくるのに、ちょっとむっとした。
「不満なんてないわ。でも、そうね。あなたについて何にも聞いていないし知らないから、不満とかそうじゃないとかいう話までいかない」
「何も聞かされてないのか。カルフォン夫妻は俺を嫌ってそうだしな。俺が望んだ婚約ってわけでもないのにね」
下手なことを言わないよう、黙って首を軽く傾げるだけにした。会ったばかりの相手と、不必要に言い争いたくはない。
思わせぶりなことを口にしたイラは、しかしすぐにその理由を説明してくれた。
「バルドー家がカルフォン家の勢いにあやかりたくて、無理やりねじ込んだ婚約話なんだ。カルフォン夫妻も義理で候補に入れてくれただけさ。他の候補者たちはみんな他国の有力者の息子ばかりだろ? 勝算が低いのはわかってるから、あなたも無視してくれてもいいよ。俺を無下に扱っても、カルフォン夫妻は許すだろう」
「そんなことはしないわ」
「……優しいね」
直前までこちらをわざと煽るような雰囲気だったのに、突然茶化すでもなく優しいなんて言うから、こちらも警戒が緩んでしまう。
「別に、普通よ」
イラは話題を変えるように、暗い海へと視線を投げた。
「ここから見る夕陽は綺麗だって聞いてたけど、ちょっと遅かったな」
「今も悪くはないんじゃない? それぞれの家に明かりが灯って綺麗だもの」
魔石ランプはカルフォン家が開発に関わっていたのもあって、カルフォン領の中心と言えるこの街は特に普及率が高い。星空のようにきらきらと、なんてレベルにはいかないけれど、それでも悪くない眺めだと思う。
二人並んで、景色を眺める。
さっき一人で見ていたときの寂しさが、彼のおかげで少し紛れたかもしれない。
そんなことをぼんやり考えていると、不意にイラが訊ねてきた。
「あなたに会ったら、聞いてみたいことがあったんだ」
「なにかしら」
「どうやって……あのカルフォン夫人を誑かしたんだ?」
聞き間違いかと思うくらい、あっさりとした問いかけだった。
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