13:丘の上で
ゲームが始まった初っ端から、私の知らない展開が繰り広げられている。
私が知らないところで、勝手にハッピーエンドへの道が途絶える可能性がある……?
呆然と眺めながら、いやまてと自分を立て直す。
最初に来たのはアルベールだった。だから、とりあえずアルベールとの恋物語が紡がれることには変わりないのでは? 夕陽を見たのは二人だけの秘密ではなくなったけれど、それでもたしかに二人だけの時間は存在したわけだし。
それに、ゲームでも特定の条件を満たすと、誰かとの恋物語を紡ぎつつ、攻略対象となる男性キャラクターたちみんなとの友情物語をメインに据えたストーリー展開になったりする。
それの亜種みたいな感じなら! なんとか、大枠は私の知る物語通りに動かせるはずだ。
ここはちょっと勝負に出よう。彼らの会話が聞こえる場所まで移動することにする。
そろそろと可能な限り動く。陽が落ちようとしていて、なおかつ黒いドレスなのでおそらく気付かれにくいとは思う。
「カルフォン夫妻はどんな感じだった? ってなんだか変な聞き方ね。私は短い挨拶をしただけだから、あまり喋ったことがないの」
無邪気にそうきくチドリの声が届いた。
「君みたいな人は、できるだけ関わらないほうがいい相手だと思うよ」
「そういう言い方は酷いわ。私の学費を払ってくれている人よ?」
「……まあ、誰しもいろんな面があるからね」
アルベールはきっと複雑な顔でこれを言ってるんだろうな。声からわかる。
それに不満らしいチドリが続けた。
「心をこめて役目をこなせば、聖女に選ばれるかもしれないわねって言ってくれたの。そうなったら嬉しいわ、って。私が騎士団の務めを頑張りますって言ったときにね」
ああ、うん。それ、たぶん盛大な嫌みを込めた社交辞令だと思う。
「私、なんだか照れちゃった。だってその……カルフォン夫人は、自分の娘に聖女になってほしいらしいって聞いてたし。私に聖女になれたらいいなんて言ってくれるの、優しい人だなあって思ったの」
イザベラを知る私からすれば盛大に反論したいところだ。だがチドリは素直に言葉のまま受け取ったらしい。さすが白銀の聖女になる予定なだけはある。
誰もすぐに答えないところからして、他の四人もたぶんなんと言っていいか困ってるんだろう。
「君は、聖女に選ばれたいのかい?」
なんとか言葉を見つけてみたって感じでアルベールが訊ねた。
「うーん。選ばれたら嬉しいけど……。選ばれたいとか選ばれたくないとかいう問題でもないと思うわ。自分じゃどうしようもないものだもの」
まあ、一般的にはそうなってる。
「親切な親戚に恵まれたのも、私が白銀騎士団に選んでもらえたのも、きっと守護神オトジのおかげよ。亡くなった両親も信心深い人たちだったって教えてもらったし、育ててくれた両親も、毎日お祈りを捧げてるの。私が選ばれたのは、みんなのおかげかな。だからまずは、騎士団の務めをしっかり果たさなくちゃ」
百点満点の答え。さすが白銀の巫女予定は違う。
ゲームじゃオープニングからこんなに熱く決意を語る箇所はなかったと思うけど、仲間が揃っているがゆえの変化かな。
アルベールも感心したようだ。
「白銀騎士団のなかで、自分の損得を考えずに世界の平穏を祈れるのは、君くらいかもしれないな……」
「あら、私だって自分のこと考えてるわ。私が頑張れば、私の家の評価も上がるし、そうしたら両親も領地も恩恵を受けられるでしょ」
可愛いものだよ、とアルベールが返し、チドリがこれまた可愛らしく憤慨した反応を返すのが聞こえる。他の男性陣も、感心したような穏やかな笑い声をあげていた。
知ってたけど、チドリのすれてなさはすごい。自分にない素直さに胸が痛む……なんて殊勝さは生憎持たずに生まれてしまったんだけど、とにかく彼女が騎士団の中でも特別な存在になりそうなのはわかった。
「表だっては無理かもしれないが、僕は君のような人が正統に評価され聖女になれたらいいと願うよ。悪いが、マツリ・カルフォンのような人物ではなく」
「ちょっと、アルベール?」
「ここだけの話にしてくれ」
おっと。そこでわざわざ私の名前を出さなくてもいいんじゃない。
いらっとするけど、でも次の言葉で納得した。
「それでも、聖女に選ばれそうなのはマツリ・カルフォンだけどね。カルフォン夫人はそのためにかなり力を入れているらしいと聞いている。いろいろとね」
「まったく。ひねくれた見方をするのが好きなのね」
もう、と呆れた様子のチドリだが、私としては納得だ。
アルベールは思った以上にこちらの情報をしっかり仕入れてるらしい。本当かと確認する様子がない意味を考えると、他の男性陣も同じ認識なんだろう。
これは、今後の私の行動も慎重に行ったほうがいいな。初対面での会話の印象から油断しそうだったけど、むしろ彼らは想定した以上に私に対する警戒心がある。
「まさか、騎士団の全員が本当に神によって選ばれたとは思ってないだろ? 神託ってやつを信じてたりするの?」
からかうようにユウが質問すると、チドリはやや自信なさそうに答えた。
「怪しむ人がいるのは知ってる。でも、神託を誤魔化すなんてできないわ」
「マツリ・カルフォンは、もう何年も前からこの騎士団に入る事が決定してたよ。家庭教師にそういうレクチャーだって受けてたはずだ。嘘だと思うなら聞いてみたら」
「嘘でも本当でも、聞いて答えてくれるものじゃないでしょ」
「いや、答えてくれるんじゃない? それくらい、本人にも周囲にも明らかなこととして扱われているはずだし。なんていうか、マヒするんだよね。感覚が。俺たちも人のこと言えないけど」
「マツリ・カルフォン……。手を組んで企みをなすなら、心強そうではあるがな」
ファルークの真面目そうな声は、皮肉なのか素直な感想なのか判断しにくい。
「だが、聖女にふさわしいかと問われれば、難しい」
「ファルークに同意だね。なかなか油断のできない人物だった。たしかに味方にするなら頼りにはなりそう」
ユウのこれは、言葉そのままの意味だ。彼、変なところでは現実的だから。
「ああいうタイプは、あまり深入りしたくないかな……」
アルベールがそうこぼすのには、私も同意した。私も、アルベールみたいなタイプには積極的には関わりたくない。苦手ですって顔に出る相手とやりとりするのは、わかっていてもストレスだし。
「みんなひねくれすぎなんだから! 同じ白銀騎士団として、誰が聖女に選ばれようと一緒に世界の平穏を祈るだけでしょ」
しょうがない人たち、って感じで冗談ぽくチドリが諌め、空気が緩む。
「そうですね……。ここにいる私たちだけでも、世界の平穏を一番に願いたいものです」
まとめるようにセルギイが言うと、男性陣がはっとした様子で賛同した。マツリは「私たちだけ」の部分が不満そうだけど、仕方ないなって感じで同意する。
チドリと恋人予定の相手との秘密の逢瀬になるはずだった時間は、ちょっと変化した。チドリと仲間たちが、周囲に内緒で世界を守りたいって気持ちを確認しあう時間になった。
話に区切りがつき、彼らは屋敷へと戻っていく。彼らの気配が完全になくなるまで、私は隠れているのがばれないよう、息を押し殺してその場にうずくまっていた。
声が遠のいてしばらくして。
ようやく固まった体を伸ばすことができる。その場で思いっきり伸びをすると、ドレスについた葉っぱを払い落とす。
なんとなくすぐ屋敷に戻る気にならなくて、私は丘の上へ足を向けた。
少し前までチドリが立っていた場所から、彼女が眺めていたはずの景色を眺める。太陽はもう海の向こうに消えていて、当たりを薄闇が覆っている。
真っ暗になる前に戻らないと、灯りを持ってきていない。屋敷はすぐそこだから迷って帰れなくなるなんてことはないが、足元をとられて転ぶなんてことは避けたい。
でももう少しだけたそがれていたくて、なんとなく海と街並みを見下ろしていた。さっきのチドリみたいに。
――こういうときに出てくればいいのに。
主人公が主要人物たちと、これから頑張ろうって思いを一つにするオープニング。
彼らと敵対する悪役だって、他の悪役仲間とこれから頑張ろうって決意をあらたにしたっていいんじゃない?
起きてるときでも現れることができるのは、すでにわかってる。それを今やってくれればいいのにな。
無意識に耳元のピアスを触っていたことに気付き、手を離す。
やめやめ。屋敷に戻ろう。
そう思ったとき、背後で誰かが草むらを誰かが踏む音がした。びくっとして振り向いたのと、声をかけられたのは同時だった。
「こんばんは。そこから見る景色は綺麗だって聞いてきたんだけど……一緒にいい?」
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