12:プロローグは出会いの日4

 結局、各々の自己紹介が終わったあとはチドリと大して話をすることはできなかった。そろそろイザベラに挨拶をしに行かれたほうが、とすぐ送り出されてしまったからだ。

 彼女は一体誰との恋物語を紡ぐことになるのだろう?

 ゲームだと、さっき私が乱入するまでの間の会話で、これから誰と恋に落ちていくかが決定する。今後はその相手との恋が成就するのか、そして一緒に世界を救えるのか、が焦点になっていくのだ。


 このあとしばらくすると、慣れない場に疲れたチドリが庭園の向こう、街を見下ろせる小さな丘へと向かう。そこで夕陽を眺めていると、最初の会話でフィーリングが合いそうだと感じた相手がチドリを追いかけて登場する。

 二人だけで見た夕陽。ちょっとした秘密を共有した気持ちになった二人は、お互いを意識し始め、白銀騎士団の活動の傍らで仲を深めていくのである。

 彼女はまだアルベールたちが私の婚約者候補だとは知らない。とはいってもそう遠くない未来には知るんだけど、誰と恋に落ちるかで微妙にタイミングがずれる。

 相手によっては、私がけん制する形で告げる場合もある。面倒だけど、そのときは精一杯嫌みっぽく告げるしかない。


「カルフォン夫人は、どんな人なのかな」


 チドリと別れ、五人で広間へ戻る途中、そんなことをアルベールが聞いてきた。


「なかなかのやり手だとは聞いているけど、俺たちのことをどう思っているんだろう?」

「外国からの大事なお客様だと思っていますよ。あ、いえ、思っているわ」

「ただの客か、使えそうな客か。これから見極められてしまうのかな」


 初っ端からなかなか攻めたことを聞いてくる。

 もしかして私の反応を見たい? マツリ・カルフォンがどういう人物か観察しているのかもしれない。


「そういう見方をしない、とは言えないわ。だけどたぶん、想像しているほど話が通じない人ではないと思う」


 自分の野心に素直な人だけど、何が何でも強硬手段をとって、という頑ななタイプじゃない。最終的に利益を得られるのなら、ある程度の融通は利かせてくれる。 


「ああでも、彼女の前ではくだけた口調はやめたほうがいいと思う。少なくとも、いまはまだ。私と打ち解けすぎても、おそらく嫌がるだろうから」


 セルギイがどこか納得したように「私が聞いた人物評と同じです」と頷いた。


「支配したい欲が強そうな方ですね」

「私に関してはね」

「カルフォン氏も同じなんですか?」

「そうね……。おばさまがアクの強い方なせいか、無害そうに見る方もいらっしゃるけど。侮らずに、イザベラおばさまに対するのと同じ態度をとるべきよ」

「無害そうなのは、あえて見せているというところですか」


 その通りだ。むしろ、イザベラほどわかりやすくない分、余計に警戒するべき相手かもしれない。


「なんだか夫妻と距離があるね。そういう情報、俺たちにくれていいの?」


 ユウがからかう口調で探りを入れてくる。


「渡しちゃまずいものは、渡さないわ」


 夫妻と距離があると思われることで、あなたたちの警戒心を薄めておきたいのだ。とは言えない。


「聞いてた情報と印象が違うな」


 ファルークが真面目な顔で感想を漏らす。それって褒め言葉として受け取っていいやつだろうか。


「どんな風に聞いてたのかしら」


 笑って見せるけど、返ってきたのは苦笑だった。


「苦労してるな」


 ちょっと意外な感想だった。彼らにそういう、同情めいた言葉をもらうことがあるとは。


「まあね……」


 小さく答えたところで、イザベラの姿が見えてくる。そろそろ、礼儀正しく聞き分けのいい跡継ぎ娘のマツリ・カルフォンを装わないと。


 最後にそっとアルベールたちを横目で見る。

 思ってたよりいい感じの会話できたかも。もしかして、絶対無理だろうと除外していた話せばわかる作戦が使えたりする?

 いやいやまだ判断するには早い。

 でも、ちょっとした期待が生まれてしまうのは仕方ない。


     ***


 ……そんなわけで丘の上だ。

 イザベラの前で改めて互いを紹介しあったアルベールたちとは、なんだかんだ理由をつけ解散し、それとなくチドリの行動を追っていた。

 そして丘へと向かう気配を察すると先回りしてこの茂みにスタンバイしたのである。本当にちょっと、腰が痛い。一度立ち上がって体を伸ばしてもいいかな、なんて思ったころ。


「お母さん、お父さん、私……頑張るよ!」


 聞けた。

 本当に、記憶にある物語通りの言葉だ。

 とうとう始まってしまったのだ。世界が滅びるか滅びないかなんていう、たいそうな問題を抱えたストーリーが。


 ここで彼女が呼びかけたのは、彼女を引き取って育ててくれたほうの親ではない。物心つく前に亡くなってしまったという、実の両親だ。

 養父母の知り合いだったらしく、その縁で引き取られ大事に育てられた。気の毒な最後だったとかであまり詳しい話をしたがらない養父母だが、チドリが白銀騎士団に選ばれたことで教えてくれることがある。

 亡くなった両親は、白銀騎士団をサポートする仕事をしていたことがあるということ。だから、彼女が聖女に選ばれることをとても喜ぶだろうということだ。

 チドリにもっと聞きたいとせがまれた養母がぽろっと漏らした内容によれば、母親は聖女に選ばれておかしくない人物だと周囲から評されていたらしい。いずれ白銀の聖女に選ばれる子どもの親だし、ありえる。現実は、金やコネがなければ基本的に騎士団にさえ入ることはできないけど。


 そういった背景もあって、チドリは亡くなった両親に向かって頑張るよって声を上げて宣言したのだ。


「チドリ!」


 一人で覚悟を決めていたチドリの元に一つの影が近づいていく。彼女はちょっと驚いたように後ろを向いた。


 近づいた影は……アルベールだった。

 そうか。彼女はアルベールと恋愛関係に発展していくのか。


 並んで話し始めた二人の声はなんとなく届くくらい。内容までは聞き取れない。でも彼女の相手を知れただけでじゅうぶんだ。誰との恋物語が展開するのかで、今後の私の行動に影響が出てくる。


 しかし……アルベールか。私と一番相性の悪いアルベールなのか。

 五人のうちで一番、私に対してすぐに敵意というか、好いてませんって態度を表し始める人物。もちろん、そうなるだけの態度をマツリがとるからなんだけど、それでも最初は手加減してほしいなってところではある。私との婚約はいろいろ事情が絡んでるんだし、簡単に嫌悪を露わにしないで様子見とかしてほしい。

 ストレートに警戒されてはこっちも動きにくくなる。もし何かミスをしたときのリカバーが大変だ。


 けど、丘の上にいるのはアルベール。もう物語は始まってしまった。

 小さく息を吐いて気持ちを切り替える。では、ここは一足先に撤退しよう――とはなれなかった。


「え……!?」


 茂みの陰で何とか体勢を変えようとしていた私は、その場で固まる。

 だって、こちらに向かってくる影が三つ、見えたから。彼らは丘の上に立つ二人に近づくと、少しの会話のあと並んで景色を眺める。


 なんで!? なんで残りの三人もここに来てるの!?

 こんなの、ゲームになかった……。

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