11:プロローグは出会いの日3

「わ、私、チドリ・カルフォンといいます」


 慌てた様子でぎこちなく挨拶する少女を、私はまじまじと眺めた。

 カールのかかった、肩下までのピンクゴールドの髪。ちょっとタレ目の優しげな目元。ゲームの絵を実際の人間にしたら、たぶんこんな感じ。


「あっ。マツリさんの家からしたら遠縁も遠縁の……ものすごく小さな家のカルフォンです」


 急いで補足された。もちろん、言われなくても私は知っている。彼女の両親はこの家と繋がりがあった。だけどイザベラたちの行っている事業とは関係なく、小さな領地からの収入だけで慎ましく生活している。

 そして彼女は、その両親の本当の子供じゃない。幼い頃に孤児となった彼女を引き取ったのだ。これはゲームの知識として知っていた。


 私が彼女を見るのは、実は初めてじゃない。だいぶ前に大学で、遠くから確認だけしたことがある。名前もカルフォン家の遠縁の娘となっていることも知っていたから、それとなく探っていって見つけたのだ。

 私と彼女とでは使う校舎がかなり離れていたから、こちらから行動しなければ会うことはなかっただろう。

 イザベラにチドリという存在を意識されたくなかったから、それ以上の接触はしなかった。もし仲良くなってしまったら、いずれ悪神を解放するとき支障をきたすかもしれない。だから、遠目に見ただけだ。


「私もマツリさんみたいに白銀騎士団に選んでいただいたんです。これからよろしくお願いしますね!」

「え、ええ……」


 ゲームだと、「あなたが白銀騎士団に?」と怪訝な顔をして聞き返すんだったかな。おそらく、彼女に騎士団に選ばれるだけのコネや金の気配を感じないから。

 でも事情を知っていて、かつ緊張していた私は短く頷くだけになってしまった。


 身分問わず選ばれるはずの白銀騎士団には、体面のため、いわゆる庶民からランダムで選出される枠が設けられている。彼女はその希少な枠を勝ちとった、かなりの幸運の持ち主だ。

 正確には彼女の家は上流階級に入るのだけど、実際の暮らしぶりは庶民に近い。遠縁のイザベラが手を回す以外に選ばれる理由があるとすれば、それは庶民枠で滑り込む以外ない。

 理由はどうあれ、親戚から白銀騎士団員を出したことに気をよくしたイザベラが、今日のパーティーに招待した。


 でも実は、彼女は幸運だから選ばれたわけじゃない。本当に神託が下ったのだ。と、私は睨んでいる。ゲーム内でもはっきり描かれてはいないけど、物語的に絶対そうでしょ。


 へへ、と照れたようにチドリが笑いかけてくる。

 彼女の家は裕福ではないから、親戚のよしみでイザベラたちが進学費用の援助をしている。だから物語の最初のほうでは、私に対しても好意的だ。

 私からすると腹黒い印象ばかりのカルフォン夫妻だけど、別に血も涙もない非道ってわけじゃないんだよね。持てる者としての義務、みたいなのはちゃんと意識しているところもある。


「こちらこそよろしくね」


 一拍遅れて、そう付け加えておく。笑顔はできてると思うけど、声の調子は素っ気なかったかもしれない。


「赤の大陸、フレーヌ王国の第三王子、アルベールだ。僕も同じく白銀騎士団の一員だよ」


 続いて、白い軍服の彼が名乗った。

 金髪の、物腰やわらか正統派王子様。その笑顔に本心を隠そうとするけど、あんまりうまくいかない人。身分や環境から、感情を外に出さないほうがいいと思って努力はしているけど、根が素直なのだ。ゲーム内でマツリに対する態度が悪くなるときとか、わかりやすい。

 政治の裏みたいなものになかなか染まりきれない、正義感のある人である。

 悪役令嬢としての行動を遂行予定の私とは、おそらく一番相性が悪い。


「アルベールさま」

「敬称はいらない。白銀騎士団は身分問わず、なんだろう? ここにいる皆は、全員が騎士団に選ばれた同士なんだ。祭りの間だけでも、身分を忘れて接したいと話していたところなんだよ」

「そうだったんですね。でしたら……アルベール」

「ついでに敬語も気にしなくていい、というのは難しいかな」

「努力してみます――いえ、努力するわ」


 本物の王子様にこんなふうに話しかけて、いいのかな。

 でもゲームでも彼が同じ提案をして、みんな気安い口調で話していた。ゲーム内のマツリも従っていたし、私も慣れていくしかないか。


 というか、重要なのはそこじゃない。

 ゲームでのプロローグって、マツリが現れたあとは、チドリとマツリの会話だけでほぼ終わるよね? マツリがチドリに微妙に絡んだあとは、さっさとアルベールたちを連れて行っちゃうから。

 どうして、ここで自己紹介が始まる?


 あ、私のせいか。チドリに絡まなかったし、アルベールたちを強引に連れて行こうとしてないから……。

 ちゃんと、私の行動がストーリーに影響を及ぼすんだ。


「ということで、俺は素直にくだけていくよ。ユウ・タカイエだ。青の大陸からきた。言っとくけど、俺は王子じゃないからね。まあ、親は政治家だけどさ」


 続いて名乗ったのは、染めたような暗い茶髪に黒い瞳の男性だった。女性慣れしていて、軟派な言動が多い人物。悪役令嬢のマツリにだって、基本的に丁寧に接してくれる。

 このなかだと、頭脳派タイプといったところかな。物事はきれいごとで運ばないってわかっているので、上手くいけば手を組めるかも。

 ただ、本心が簡単に読めないタイプなので、味方に思えても気は抜けない。本当は何か企んでいるとしても、それを表に出さないから。ゲームでは、友好的な態度でマツリに取り入り、悪神の情報を得るシーンがあった。


「セルギイと申します。緑の領域から来ました。ええと、私の家のことも話したほうがいいんですよね? 両親も、そして私自身も神に仕える身です」


 くすんだ水色っぽい髪に眼鏡の男性が、ふんわりと笑う。神に仕える身とは言ったけど、緑の領域は宗教国家であり、位の高い神官はそのまま政治家でもある。彼もユウも、大物政治家の息子だ。

 セルギイは冷静な人物で、観察、分析を大事にする。感情的な意見が出たとき、その正当性について一度深呼吸して考えましょうって言うような人。

 私の悪役としての行動を理解しようと、一番努力する相手かもしれない。理解できるかは別として。

 その大人びた雰囲気に騙されがちだが、この中で一番年下だ。数年であっても人生経験の差が出るのか、他のキャラに比べてイレギュラーに弱いとか弱点はある。


「ファルークだ。黄の大陸、サミバズク国からきた。俺も王族ではあるが……まあ、あまり気にしなくていい」


 浅黒い肌に黒い髪の彼は、細身ながら鍛えているのが服の上からでもわかった。彼は剣術に秀でた武闘派の人物だ。彼とチドリが恋人になる場合、彼の剣でマツリが死ぬ展開もあったりする。

 おしゃべりなタイプじゃないけど、熱いものを秘めている。変なかけひきなんかはしたくないって相手に堂々と告げて、話し合う。こうと決めたら迷わない。

 母国ではたしか十番目の王子様で、母親の身分が低かったこともあり、何も期待されずに肩身の狭い思いをしながら王宮で暮らしていた。本当は彼のお兄さんが私の婚約者候補になるはずだったんだよね。だけど、白銀騎士団入団の手紙が届いたのは彼だった。

 そういう事情もあって、どこか達観したところがある。しかし、年齢的にはセルギイの次に若い。


 ゲームの主要キャラクターが見事に揃った。

 前世の記憶は私の妄想かもしれないという、わずかな疑惑は砕けて消えた。


 いや、まだ言い切ることはできないか。会ったばかりだ。ゲーム通りに彼らが行動すると断言するには早い。プロローグは、私のせいで微妙に違うものになってしまったし。


 もっと確信が欲しい。

 例えば、言葉。いくらやり込んだとはいえ、私は物語の一言一句を覚えているわけじゃない。けど、印象的な台詞は記憶にある。そのうちのどれかでいいから、彼女たちが発するのを聞いてみたいと思った。

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