10:プロローグは出会いの日2
夢の中で悪神が人の形をとって現われるくらいなら、ありだと思っていた。人間をたぶらかすには、人間の形をとったほうが効果的だ。
でも――起きているときに、人の形で現れるのはどういうことだろう。
ゲームでは、マツリが解き放つ悪神たちや黒い魔女の絵はなかった。主人公チドリたちの前に、明確に姿を見せることはないのだ。現れるときは、「邪悪な気配だけ感じる」とか「どこからともなく声が聞こえて」みたいな感じで、実体を持たない。
さっきのは白昼夢? 夢であることには変わりない?
そこらへんに立っている客を捕まえて、さっきまで私のそばに立っていた男性について聞いてみたい。いましたよね、赤い瞳の綺麗な人がって。
でも見る限り、急に消えた彼のことに気付いている様子の客はいない。これは口に出したらおかしな人だと思われるやつだ。そう直感する。
そもそも今さらながらに、なんであんな普通に会話をできてたんだ、私は。
悶々としていると、すっと近くに人の気配が近づく。この屋敷のメイドの一人だ。
「マツリさま。さきほど到着されましたよ」
周囲に気取られないよう、さり気なさを装ってそう低く告げられた。私も小さく頷いて「ありがとう」と呟く。
とうとう来た。私の婚約者候補たちが。
会いに行こう。不安な気持ちは、あの赤い瞳の彼と会った衝撃でどこかに吹き飛んでしまった。
しばらくすれば、イザベラに呼び出され、顔を合わせることにはなる。でもその前に彼らを見ておきたかった。だから使用人の一人に、外国からの客が到着したらすぐ教えてくれるよう頼んでおいたのだ。
わざわざ、「婚約者候補だっていきなり紹介されても、戸惑って挨拶できないかも……。不安だから、おばさまに内緒で先に姿を見ておきたいの!」と、一芝居うったんだよね。恋に悩む少女みたいなイメージで、かなり恥ずかしかった。でもこれなら万が一ばれても、イザベラは馬鹿にしたように笑って許すはず。たぶん。
ゲームでも、正式に紹介される前に私たちは出会う。
やり手と噂のカルフォン夫人への少しの警戒心を抱きながら、彼らはこの屋敷に足を踏み入れている。早速挨拶をと考えるが、ちょうど彼女は別の大事な客と話をしていて、少しの間待たされることになってしまう。
緊張を解そうと庭に出たところで、他の婚約者候補、そしてチドリに出会い、五人で打ち解けるのだ。そこにマツリが乱入して歓談終了となる。
庭にいくつかある、東屋のどれかに彼らはいるはずだ。
私は開け放たれたテラスの階段から庭に降りた。大広間と、庭の中心の両方をパーティー会場としているので、こちらにも人気が多い。
招待した大道芸人が、いくつものボールを使った芸を披露しているのを横目に通り過ぎ、客の少ないほうへと足を進める。
私の婚約者候補たち……のうちゲームに登場した四人は、みんな外国から来ている。今日はそれぞれ自国の正装をしているから、ここでは目立つ。それで人気のない場所に足を向けたら偶然出会った、というのが物語の流れだ。
きっと今ごろ、仲良く自己紹介とかしてるころだ。互いの立場を知りなんとなく連帯感を覚える婚約者候補たち、そして彼らが外国から来たことに素直な好奇心を示すチドリの間には、穏やかな空気が流れる。
だめ押しはチドリの、世界の安寧のために白銀騎士団として役目を果たしたいという裏のない言葉だ。その姿勢は男性陣にとって、とても眩しく見える。自分たちやマツリが、金とかコネとか諸々のしがらみの上に選ばれたのだと知っているから。
そこへ、なんかツンケンした態度のマツリが割り込むわけだ。
でも仕方なくない? だって初めて会う婚約者候補たちが、知らない女性相手に楽しそうに話してるんだから。マツリだって微妙な気持ちにもなる。
まあ、私は同じことはしない。笑顔、笑顔でいく。
ゲームのストーリーをなぞるつもりではあるけれど、彼らとの関係を必要以上に悪化させる気はない。
これでも私は、自分が破滅しない道を完全に諦めたわけじゃないのだ。もしかしたら、悪神を解放したのが私だと、ばれずに終わる道もあるかもしれない。
嫌われても好かれても、興味をもたれるほど勘付かれてしまう。適度な距離感で人畜無害を装おう――のは絶対無理だけど、ゲームほど敵対心むき出しで接する気はない。
とりあえず、もし「同じ大学だね。一緒に学校の食堂行きたいね」って言われたら、愛想よく「考えときますね」って言おう……。
考えているうちに、目の端で明るい色を捉えた。
いた。本当に。いや、知ってたけど。
一番目立つのは白い軍服のような服だ。オトジ国の上流階級の人間なら、滅多に身に着けない色。
彼らは、私には気付かず何か楽しそうに笑い声をあげながら話をしている。
もう乱入していいタイミングなのかな。もう少し近づかないと会話内容までちゃんと聞こえないけど、そうすると気付かれてしまう。
迷ってしばらく近くをうろついてみる。何度目かに通りかかったとき、白い軍服の彼がこちらに気付いてしまった。
怪訝な表情をされ、私も引っ込みがつかなくなって彼らのほうへと寄っていく。
どう切り出そう。ゲームだと、ちょっと高圧的に私から自己紹介していた場面だけど。
「カルフォン家のマツリ嬢、ですね」
こちらが口を開く前に、そこにいた一人が呟いた。尋ねるといいよりも、思わず口にしてしまった、という感じだ。
ちょうどいいと、私は頷いて名乗る。
「初めまして。おっしゃられた通り、マツリ・カルフォンです。以後、お見知りおきを」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。