09:プロローグは出会いの日1

 次の日、まだ明るいうちから、カルフォン邸にはたくさんの人が集まってきていた。

 みんな、私の誕生日の祝いに招かれた人たちだ。だけど実際に懇意にしている人は、ほとんどいない。カルフォン家当主イザベラとその夫マックスの二人が、自分達の社交のために催す行事の一つだからだ。


 カルフォン家の領地にある、この大きな屋敷に来るのは久しぶりだった。イザベラとマックスは、ここか、首都にあるこれまた大きな屋敷のどちらかに滞在していることが多い。

 カルフォン家の領地は首都からそう離れていなくて、すぐに行き来できる距離だ。この屋敷のほうがカルフォン家の財力を見せつけるのにぴったりで、ここでパーティーを開くことを二人は気に入っている。


 夫妻のところには挨拶をしようと客たちが途切れることなく訪れるけど、私のほうへくる人はほとんどいない。


「彼女にも挨拶したほうがいい?」

「下手に関わらないほうがいい。カルフォン夫人に睨まれるのは怖い」


 そんな会話を耳にするのも慣れている。

 私の交友関係が必要以上に広がらないよう、イザベラが周囲に牽制している影響だ。


 私は一人、広間の隅に置かれたアンティークものの椅子に座って一息ついた。こういった場所で、誰にも注目されず空気のように過ごすのも慣れてる。

 毎年の誕生日パーティー、主役は誰かよくわからない。

 そういったことに傷つく心はこの十年間ですっかり失くしてしまった。だけど、今日は少し感傷的になっている。

 もしかしたら最後の誕生日かもしれないし……。ああ、やだな。ここまできてなんだけど、このパーティーで物語の主要人物たちを見つけたくない。

 前世の記憶は単なる私の妄想とかだったらいいのに。

 いざ物語が始まろうとするときになって、やる気よりも不安が増してくる。自分でも困っていた。


 ゲームのようにやり直しはきかない。間違えないよう、しっかりやらないと。間違えなければ、ちゃんとハッピーエンドに辿りつけるはずだ。

 自分に言い聞かせながら広間を眺める。


 フリルやレースをふんだんに使ったドレスに身を包んだ女性たちに、同じくフリルをあしらったシャツや上着を上品に着こなす男性たち。

 オトジ島では黒やくすんだような暗い色合いが好まれていて、明るい色をまとう者はほとんどいない。黒い魔女と黒い騎士たちを悪とする伝承が根付いているのに、なぜかオトジ国には黒という色に対する忌避感がなかった。

 これは、神殿に仕える神官たちの服が黒いことが影響していると考えられている。もとは積極的に暗い色をまとうことで、黒い魔女や黒い騎士たちへの潜在的な恐怖をなくそうとしたのが始まりで、それが文化として根付いたとかなんとか。そういう説が有力だ。

 同じようなくすんだ色の中にも、一応流行カラーだって存在するので面白い。


 私の今日の格好は、結い上げた黒髪に定番の黒いドレス。ワンポイントに赤い宝石があしらわれたピアスを選んでいる。

 イザベラには赤い色を選んだことを褒められた。いわく、今日会わせる予定の婚約者候補の誰の瞳の色でもないから。複数いる候補者とは、今のところ平等に接してほしいらしい。

 その婚約者候補たちとは、このあと顔を合わせることになっている。……のだが、一つ、想定外のことがあった。


「元から五人だったのかなあ」


 あ、声に出てる。

 心の中で考えたことだったのに、油断して口からこぼれてた。


「何が五人?」


 さらに、すぐ近くから声が降ってきて驚く。まずい、聞かれていた。というか、私にこんな風にくだけた感じで話しかけてくる人がいるなんて。

 見上げると、すぐ横に黒髪の綺麗な顔の男性が立っていて、私を見下ろしている。


「え? うそ……」


 赤い瞳の。あの夢の男性がそこにいる。……なんで!?

 驚きすぎて言葉が続かない私に、男性はまたも尋ねる。


「何が五人?」


 優しく問いかけてくるけど、その目は鋭い。プレッシャーをかけられている。自分の問いを無視することは許さない、といったような。その傲慢さは神様だから? 相手を威圧することなんて当然のような顔をして、見下ろしてくる。

 そんな視線を受けた私は――なぜか無性に対抗心が湧いてしまった。

 神様だから、なんでも好きにできると思われては困る。


「あなたに関係ある?」


 喧嘩を売るように言い返していた。自分でもよくわからない衝動に駆られて、口にしていた。

 すぐ後悔したけど、言っちゃったものはもうなかったことにできない。迫力負けしないよう、私は彼の瞳をじっとみつめ返した。

 どうする? どうでる?


「悪い、ぶしつけだったな」


 え、謝ってくれるの。

 表情は大して変わらないけど、彼の発していた威圧感みたいなものが減った。それだけで、こちらの緊張感も薄まる。


「単なる興味だよ。何が五人?」

「……私の、婚約者候補」


 相手が態度を和らげたことにやや呆然としながら、素直に答えた。

 彼の発する威圧感がまた戻った気がする。なぜだ。


「五人と婚約するってこと?」

「まさか。違うわよ。私のおばさまが、私の婚約者候補として選んだ相手が五人いるってこと。実際に婚約するのは一人だけよ」


 睨み合いながらの会話は疲れるので、私はそっと顔を背ける。また広間の人々を眺めながら、不思議な相手との会話を続けた。


「一番いい相手を、君が選ぶ?」

「決めるのはイザベラおばさま。政略結婚だから、どこと手を結ぶべきか、まだ様子を見ているってところ」


 昨日、そう説明されていた。

 封印祭が終わるまでには決めるから、全員といい関係を築いておくように、と。


 ――向こうもこちらと手を組むべきか様子見している段階よ。全員に適度に気を持たせつつ、誰か一人に絞るような真似はしないでね。


 とまあ、相当の無茶ぶりをされた。

 相手方も、他の相手と天秤にかけられているという情報は得ているのだろう。あからさまに贔屓すると心証が悪い。

 どの相手も、商売相手として長く付き合っていく相手でもあるので、「婚約がまとまらなくても、いい友人として」好かれるよう、努力しろとのお達しだった。

 しかしその婚約者候補たちって、そのままチドリの恋人候補たちなんだよね。彼らは私じゃなくてチドリと仲を深めていく。そしてもし私と婚約することになっても、強引に破棄してしまうのだ。


「ふうん。それで? 君は何が気になってるんだ」

「五人も候補者がいるなんて予想外だったの。四人だと思っていたから」

「なんで」

「……なんとなくよ」


 危ない。さらっと自分の事情を話しかけてしまった。

 四人だと思っていた理由は一つだ。ゲームで、チドリとマツリが取り合う男性は四人しかいなかったから。だから、マツリの婚約者候補とやらも四人だと思っていた。

 だけどイザベラに告げられたのは五人。思わず聞き返したけど、五人で間違いなかった。


 いわゆる隠しキャラと呼ばれる存在かとも疑ったけど、前世の私が見落としたはずがない。あのゲームは、誤字脱字も見つけちゃうくらいまでやり込んだんだから。

 「乙女ゲーム」で、恋愛に落ちることができる攻略対象キャラが四人は少ない。だからこそ、隠された他の登場人物がいないかどうか、きっちり確認したのだ。


「ま、何人いようが、別にいいのよ。私が一番気にしなくちゃいけないのはそこじゃないもの」


 たぶんゲームでも、マツリには他に影の薄い候補者がいたってことだろう。そうとしか考えられない。

 だけど私がチドリと取り合うかたちになるのは四人だけだ。その四人が誰かさえ把握していれば、問題ない。


「ねえ、そんなことより聞きたいことがあるわ。あなたについて――」

「そんなことより? 自分の結婚相手が勝手に決められようとしてるんだから、もっと真剣になったほうがいいんじゃないか?」

「どうしろって言うのよ」

「どうせ気に入らないだろうし、全員さっさと断ればいい。なんならこの場で」


 何を勝手なことを。

 呆れて彼を見たら、彼の視線が微妙にずれた方向に向いていることに気付いた。私の耳のあたり。彼の瞳と同じ、赤い色の石がついたピアスだ。

 まるで愛しいものを見るような目をしているから、なぜか焦った。


「簡単に言ってくれないでよね」


 彼とは全然違う方向を向く。ピアスもあまり見られたくない。

 この色を選んだとき、夢でみた彼の瞳が頭によぎったことを悟られたくない。


「言いなりになって結婚するのか」

「私がどうするかは、私が決めるわ。人に選択肢を委ねるとしても、それ自体が私の選択なのよ。言いなりとは違うわ」

「へえ。思ったよりしっかり考えてた」


 わりとかっこつけて言い返したつもりが、軽くあしらわれたみたいでむっとする。


「そんなことより私の問いに答えてよ。あなたはもしかして――」


 封じられた黒い騎士なのか。そう訊く前に、ふっと周囲の空気が変わった。

 振り返ると、さっきまでいたはずの彼の姿はない。消えてしまった。嘘でしょ。

 きょろきょろと周りを確認するけど、彼らしき人物の影はどこにも見当たらない。私はようやく、自分が異常な状態にあったと自覚したのだった。

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