08:もうすぐプロローグ

 十年に一度の封印祭。

 それは、私が二十歳の誕生日を迎えたすぐあとに始まる。


 国をあげてのこのお祭りは半年ほど続く。各地で様々な関連する小規模な祭事が行われ、最終日には守護神オトジが魔女を封印しているというソア山に向かって国中で祈りを捧げるのがならわしだ。


 そして封印祭の間に行われる行事で最も国民に注目されるのが、この祭りのために結成された白銀騎士団による各地の神殿巡り。


 白銀騎士団は、男女問わず、身分問わず、国も問わず。

 封印祭が開始する時点で、十六歳から二十五歳までの者。実際に騎士として戦える必要はない。一番大切なのは、かつてこの国を救った聖女と白い騎士たちのように清廉潔白、誠実であるということ。


 百名程度からなるこの騎士団に選ばれることは、それだけで名誉だ。封印祭のたびに、各地からたくさんの候補者のリストが、信仰の中心である中央神殿に届けられる。

 大神官が守護神オトジと白い騎士たちに祈りを捧げると、リストの中から誰を選ぶべきか神託が下るという。


 ……というのは表向きで、実際は政治的な力関係を考慮し、基本は上流階級や大商人の子供、他国からの代表などからバランスよく選ばれる。

 白銀騎士団に選ばれるというのは、神から誠実さを保証されたのと同じ。その保証を欲する者は本当に多い。金や権力を持つ者ほど、自分の子供を、配偶者を、親戚でもなんでもいいから近しい者をと躍起になる。


「おめでとう。あなたの白銀騎士団への入団を認める手紙よ」


 イザベラが立派な白い封筒をテーブルの上に置く。そして満足そうに高価な革張りのソファに身を沈めた。

 珍しく呼び出され、私は彼女たちが暮らす屋敷へと出向いていた。部屋には私と彼女の二人きり。笑顔を心掛けるけど、いまだに彼女との一対一は少しの緊張が伴う。


「まあ当然よね。あなたはこのカルフォン家の代表なのだから」

「カルフォンの名に恥じないよう、立派に務めを果たします」


 男女関係なく長子相続が基本のこの国では、私は一応、カルフォン家の跡継ぎだ。イザベラが本気で継がせる気があるのか、なければどうするつもりなのかは知らない。だがとにかく、私はこの家の跡継ぎ娘として聖女選定の儀式に参加する。

 今のところ、正しい物語を紡げている。

 ようやく始まるんだなと、私は感慨深く封筒を見つめた。


「嬉しい? でもあなたが認められたからその封筒が来たのではないの。自分の力だと考えてはだめよ」

「わかっています、おばさま」


 明らかに素行に問題がない限り、カルフォン家の力で白銀騎士団に入団できるのは、十年前からの決定事項と言ってよかった。


「賢いあなたならわかっていると思うけれど。私もマックスも、あなたが聖女に選ばれることを望んでいるわ」


 聖女となって、この家の発展のために中央神殿に口出しできる立場となってほしい。それが彼女らの望みだ。

 しかし、私はひとつ疑問を持っていた。


「七十年ごとの封印祭では、聖女だけは本当に神託によって決まると聞いていますが……」


 ゲームの記憶とは別に、この世界で得た知識もある。

 その一つが、七十年に一度の封印祭で選ばれる聖女は特別だということだ。

 具体的には、神官として最高の地位にある大神官と同等の地位を得たとされ、中央神殿に仕える身となる。呼び名も「白銀の聖女」と他の聖女とは区別して呼ばれるようになる。手にする力が大きい。


 通常の封印祭だったら、他の参加者との兼ね合いもあるとはいえ、私を聖女に仕立てることも可能だったと思う。カルフォン家がこの国において相当の力を持つことは、よく知っている。

 でも、今回は別だ。


 神殿だってさすがに本当に神託が下れば無視できないはず。実際、過去の「白銀の聖女」たちについて調べたら、権力者たちとは無縁の人物が選ばれてきたようだ。力を得ても行使することなく、平和の象徴としてだけ存在している。

 イザベラだって、七十年に一度の特殊さを知らないわけはない。自分が意のままに操れる人間を大神官と同等の位につけたいとする野心は、わからなくはないけど。


「あなた、本気でそんな話を信じているの? せっかく大学で神話について学んでいるのでしょ。封印祭の実態なんてとっくの昔に把握しているものと思っていたのに」


 これにはちょっと同意しかねる。さすがに大学の授業で、白銀騎士団のあれこれは金とコネで動いているなんて教えない。教授が公式にそんな発言しちゃったら、問題になって神殿から処罰されてしまう。

 授業ではない非公式な場で、いろんな噂として耳には入るけどね。

 イザベラもわかっていて嫌みで言っただけかな。その証拠に、彼女の驚く顔がわざとらしい。

 私は慎重に言葉を選んだ。


「ある程度のことは理解しています。しかし文献などを見ると、神託の存在を信じたくなるというか……」


 実際にゲームではチドリが聖女として選ばれる。他にもいろいろ不思議なことが起こるはずだ。ゲームの展開と同じならば。

 イザベラは大きなため息をつき、物分りの悪い子供に言い聞かせるような態度になった。


「いい? 白銀騎士団も聖女も、すべては政治なのよ。誠実さがどうこう、神託がどうこう、と言っている時代は終わったわ。七十年に一度、『白銀の聖女』を選ぶ封印祭。だからこそ私は、カルフォン家から娘を候補者として出したいの」

「おばさま……」

「何か、言いたいことがある?」

「いえ」


 ここでイザベラと口論になるのは得策じゃない。妙な裏工作をする気なら知っておきたいけど、聞きだすのも難しそうだ。


「賢いようでいて、愚かなところもあるのよね、あなた。心配になるわ。この家の代表を任せていいのかしら?」

「すみません。気をつけます」

「まあ、いいけど」


 イザベラは馬鹿にしたように鼻で笑った。

 彼女は私のことを好いていない。

 どこらへんが彼女にとって気に食わなかったのか、私にもわからないけど、とにかく気に入ってはいない。


 何かしくじったのかな。一応、彼女の言う通りに動いてきたつもりだ。変に従順すぎたのがよくなかったのか。だけど反抗的なところを見せたら、使えない駒として捨てられた可能性もある。

 まあ、いい。使える娘だとは思われている。そして白銀騎士団にカルフォン家代表として選んでもらった。それ以上は望まない。というか望めない。


 ことがうまく進んだあとのことを考えると、複雑なのだ。だってカルフォン家は相当まずいことになる。黒い魔女の封印を解いた犯人が跡継ぎ娘だった、って大問題だ。

 ゲームではカルフォン家のその後は描かれなかった。でも、なんのお咎めもなしは厳しいはず……。


 彼女たちは私の事情に巻き込まれるといえる。完全に回避させることはきっと難しい。

 彼女たちの人間性は尊敬できない。たぶん後ろぐらいことにも色々と手を染めている。隠されていても、その雰囲気だけは感じ取れる。しかし、だからいいよねって話でもなく。彼女たちが自分の悪事で自滅するのは仕方ないけど、無関係の私の事情で没落するのには申し訳なさを覚える。


 不思議だけど、私はカルフォン夫妻が嫌いかと問われたら、首を傾げてしまうのだ。好きかと言われても困るけど。

 彼女たちの行動に苛立つときもある。だけど総合的には嫌いまでいかないっていうか。欲望に正直なのは、綺麗ごと言うだけの相手より、ある意味では信じられる気さえしたりして。

 私もまた、大きな目的のために悪神の解放って悪事に手を染める。世の中、正しいことだけじゃ回らない。そう思うから嫌いになりきれないのかな。


 カルフォン夫妻に一番感じるのは――強いて言えば好奇心というのが近いかもしれない。

 これも前世の記憶の影響だろうか。

 観察者目線とでもいうのか。近しい相手に対しても、ときどきそんな感覚で見ているときがある気がする。


 だから申し訳なさを感じるのだけど……すべては世界を救える勝算が見えてからだ。それ以外の問題は、今の私には手に余ってしまう。優先すべきは世界の破滅回避。これだけは譲れないと、ちゃんと自分の中で決めておかなくては。迷って失敗するわけにはいかないのだ。


「あとは、あなたの婚約者のことね」


 扇子で口元を隠したイザベラが、その向こうから私を意味ありげに見つめる。すごく楽しそう。


「近いうちに話をすると言っていたでしょ? 相手がようやく見繕えたのよ。気になる?」

「それは、ええ、まあ」


 ただただ私は俯いて見せた。

 たぶん動揺するさまなんかを見たいのだろうけど、大体のことはだいぶ前から知っているんだよね。ゲームのストーリーとして。彼女の望む反応は見せられないから、せめて下を向いておく。


「怯えなくていいわ。変な相手は選んでいないから、安心なさい」


 私の態度を誤解したらしきイザベラが、満足げに告げた。


「明日のあなたの誕生日パーティーで、会えるわ。精一杯、着飾りなさいな」

「はい」


 とうとう明日か。

 マツリ・カルフォンの二十歳の誕生日パーティー。それはゲームでいうところのプロローグ。

 主人公チドリと、恋人や友人になっていく男性キャラクターたちが出会う場所である。夕方になれば、パーティーを抜け出したチドリが近くの丘の上から街を見下ろしていることだろう。

 そして恋人になる予定の相手と、綺麗な夕陽を見るんだよね。


 明日は私の知る物語が始まる日。とんだ誕生日だ。まったくめでたくない。

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