07:赤い瞳の誰か2

 暗い廊下を手元の小さな灯りだけを頼りに進む。放っておくと光はゆっくりと消えていくので、念のためにもう一度赤い石に触れた。


 魔法石と呼ばれる石を使ったこの灯りは、ロウソクや油を使ったランプよりも安全で、少し前に安価で大量に作成することが可能となり、またたくまに国中に広がった。

 魔法と科学を組み合わせた、この国独自の発明品だ。


 オトジ国は、科学と、石を媒介にして発動する魔法が混在して発展している。神様にそう決められているから。

 この国で生まれ育った者たちには、魔法石の力を発動させる能力がある。自分の中にある力を、石に移していくようなイメージをすればいい。多少の訓練が必要だけど、慣れれば問題ない。ただし大がかりな魔法は発動できなくて、科学の力で補わなければ便利な道具は作れない。


 外国のある大陸には、魔法石を使わなくても、もっと強力な光の玉を作れたり、山一つを吹き飛ばしたりする人々さえもいる。

 一方で、魔法は存在しないが科学が恐ろしく発展している場所もある。夜でも昼間かと思うくらい明るい光が一晩中灯っていたり、映像を移す板を使って離れた場所にいる相手と連絡を取ったり、たくさんの知識を得る事ができたりするらしい。


 どの国――いや地域も、そこに見合った在り方が定められている。それは神の意志によるものであり、大きく外れることはできない。


 実際、オトジ国に外国の有名な魔法使いがやって来て強大な魔法を使おうとしてもなぜか発動せず、他国から持ち込んだ器具を使って映像を移す板を作動させようとしてもどうしてだか動かない。

 理由について研究もされているが、どうやっても神の采配という言葉を無視できないという。


 神の領分であるからということで、他国との人の行き来、なにを輸入して輸出し流通させるのか、それらについて決定権を持つのはオトジ国首都にある中央神殿だった。

 基本的に政治には干渉しないのが彼らのスタンスだけど、外国の技術や文化をどう扱うかについてだけは違う。

 オトジ国の宗教の中心である中央神殿が主導権を握っている。


 イザベラが私を聖女にしたがっているのはそのせいだ。

 他国の技術や理論を、そのままこの国に取り入れるのはたしかに困難。しかし、それらを研究し応用して、国独自のものとして発展させることができれば使うことができるようになる。例えばこのランプのように。

 カルフォン家は大きな港町を領地に持っており、外国から来る船の玄関口になっている。そのため、他国の技術についての研究支援に力を入れていた。


 私が聖女に選ばれれば、他国の技術や文化の取り入れ方について中央神殿に口出しできるようになる。イザベラはそう考えている。

 高位の神官に賄賂を渡すほうが手っ取り早そうなものだけど。でもイザベラたちなら、既にそういった手段も試しているだろうな。それだけじゃ足りないって判断したのだ。


 科学が発達した国ならば夜中でもスイッチ一つで屋敷中が昼間のように明るくなるのに、とイザベラがこぼしていたことがある。オトジ国にもそうなってほしいらしい。神殿による規制がもっと緩まれば、その研究の進みがもっと早くなる。


 でも私は、手元のほのかなオレンジ色の光だけを頼りに、暗く少し不気味な屋敷の中を歩くのも悪くないと思う。どこもかしこも明るくなるより、暗い場所が残っていたほうが安心する。


 それに夜は暗いほうが、月や星の光をより感じることができる気がするし。そんなことを考えながら窓の外を見上げた。空に見えるのは――赤い月?


 え、と思って瞬きすると、そこにはいつもの黄色い月が浮かんでいた。

 見間違い? 変な夢のせいでまだ混乱しているのだろうか。

 赤い月は、あの赤い瞳を思い出させた。私に話しかけてきた、綺麗な顔の男の人。知らない相手のはずなのにどうも心が騒ぐ。

 ……呪いとかかけられてたら、どうしよう。


「あなたは、神様なの?」


 窓越しに月を見上げながら、そんな言葉を吐いてしまった。言った瞬間にちょっと恥ずかしくなって、誰にも聞かれなかったか周りを窺う。

 よかった。誰もいない。

 あの夢の中の彼が何者か。少しだけ心当たりがあった。この世界で赤い瞳と金の瞳といえば、神様の目の色とされているから。


 彼はもしかしたら、私が解放する予定になっている悪神てやつなんじゃない?


 恐ろしいことのはずなのに、どこか凪いだ気持ちだった。

 ゲーム内で悪神や黒い魔女の姿が描写されることはなかった。だから見た目で判断はできない。けど、たぶん、この予想は当たっている気がする。


 昨日までは、未来に対する不安のせいで悪夢を見ていると思っていた。剣を向けられるのは大罪を犯す罪悪感の表れ、とか。

 多少、現実逃避していたのは認める。同じ夢を見るなんておかしいと、本当は心のどこかで気付いていた。


 もう無視ではできない。あの赤い瞳と最後の本当に会話しているかのようなやりとり。ただの悪夢じゃない。


 もしかして目をつけられてしまった?

 この国で私ほど、彼ら封印された悪神の解放について考えている人間はいないんじゃないだろうか。その強い思いが届いてしまって、夢という形で干渉されたのか。


 向こうからアプローチなんて、願ったり叶ったりだ。どうせ解放するんだもんね。相手も協力的でいてくれたほうが楽! 面倒が減ってありがたい!

 ……と、思いたい。


 ゲーム内だと、封印から解放したマツリに悪神たちが従っている様子だった。黒い魔女を解放したあとは制御を外れてしまうけど、それまでは私が優位に立てると踏んでいる。

 だからちょっと夢に現れたところでなんてことない。ちゃんと、正しい物語を紡げる。紡いでみせる。


 気付いたら、台所に行くはずが一周回って自室前に戻って来ていた。

 冷静に考えているつもりだったけど、まったく冷静ではなかったらしい。


 あの瞳が、脳裏に焼き付いて消えてくれない。

 不思議なことに嫌な感じはないんだけど、なんだか妙にどきどきするというか……変な感じだ。呪いとかじゃありませんように。


 これ以上夢のことは考えないようにしながら、私はもう一度台所に向かったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る