03:正しい物語を
「どちらも見込みがあるようだったら、跡継ぎではなくても、スペアとして引き取ることも考えているわ」
イザベラは悪びれることなくスペアなんて表現を使った。引き取る子供は、彼女らにとって家族ではなく道具なのだ。
私を預かっていた親戚の夫妻は、跡継ぎでもスペアでも、どちらでもいいから引き取ってほしかったに違いない。私に使用人の手伝いをさせるくらい、金に困っている状態だったから。
カルフォン家といえばかなりの名家。領地には大きな貿易港があり、外国からもたらされた知識やものに関する国の研究にも深く関わっていて、その収入はなんていうかとてもすごい。
私の母は反対を押し切って父と結婚し、その際にかなり揉めたとかで、実家との繋がりを完全に絶っていた。母方の親族を見たのは初めてのことだった。
もし私が養子になったら、マツリ・カルフォン。
養母の名前はイザベラ、養父はマックス。
そこで思い出した。
――私が「マツリ・カルフォン」となることで、物語が成立する!
今いる世界は、前世では物語の中の世界だ。
そこに、自分という登場人物がいたのを思い出したのだ。詳細はわからないが、とにかく重要な役どころとして存在した、それだけは妙な確信があった。
さらには、その物語がきちんと正常に展開されることで、この世界が滅ぶのを食い止められる感じだったことも思い出した。
とにかく、私が登場する箇所から躓いては一貫の終わりである。
なんとしても彼女らの養子にならなくてはいけない。
急いで部屋に戻り、曇ってヒビの入った姿見で自分の見た目を確認する。
お下がりのドレスは、控えめに言ってもぼろい。だけど幸いなことに、それでも十分アピール材料ににできるくらいには私の容姿は整っていた。美人と言われる類だ。運がいい。初めて自分の容姿が役に立つと思えた。
栄養が足りなくてちょっと肉付きは悪いけど、食事が変われば問題ない程度。
そしてイザベラと同じ黒髪。似ているところがあるのはポイントが高いかもしれない。少しくせ毛だが、セットしたかのように綺麗なうねり方をする髪だった。その髪をより素敵に見えるよう可能な限り整えた。
父譲りの黒い瞳なのは、少しマイナスポイントか。イザベラはもっと薄い色をしている。でもマックスのほうは黒に近いこげ茶色だったから、これはこれであり?
しばらくすると客間に呼ばれた。互いを簡単に紹介されたあと、イザベラの希望で私とカルフォン夫妻の三人の空間になる。
ただ黙って突っ立っているだけでは選ばれない。私は勝負に出た。
「私を養子に選んでもらえませんか? なんのために養子をとるのか言ってくだされば、それに従う覚悟はできています。政略結婚のためだとしても」
スペアでもいいから、「マツリ・カルフォン」にならなくてはならない。
たしか物語の中の二人は、自分たちの指示に積極的に従い、動ける駒を欲しがっていた。カルフォン家の娘、という肩書きつきの駒。
私の中で記憶が蘇っていく。
「貴族としての教養もマナーも、勉学も、期待に応えられるよう力を尽くします」
そうだ、思い出した。彼女たちは、十年後に行われる祭りで聖女となれる娘を探してる。自分たちの野心のために。
そして私は、祭りの儀式にカルフォン家の跡継ぎ娘として参加する。
それが正しい物語。
「私たちに逆らいそうな子供は、困るのよね。カルフォン家の跡継ぎとなって力を持ちたいというのなら、まったくの間違いよ?」
開いた扇子で口元を隠し、値踏みするような目だけをイザベラが向けてくる。隣に座っているマックスは、彼女の判断に委ねているようで何も言わなかった。
「もしもなんですが……」
損得のある関係のほうが、彼女たちは信じる。
私はできるだけ弱々しい声を作った。彼らと私のあいだに、すでに上下関係ができていると思われるように。相手が、私を使いやすい駒だと思えるように。
「私が養子となったら、少しだけでいいので親類への援助を……お願いできますか。父方の実家とこの家は、経済的にとても苦しいんです」
「なるほどね」
ぱちんと扇子が閉じられる。
その向こうに面白そうに笑った顔を見たとき、上手くいったことを悟った。
「そういう取り引き関係のほうが、わかりやすいわ。私の大事な妹の娘。今日から私とこの人が、あなたの親になりましょう」
そうして、私は無事にマツリ・カルフォンとなった。
養子は一人だけ。スペアはいなかった。
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