02:ターニングポイント

 私に「その記憶」が芽生え始めたのはいつだったっけ。

 物心ついたときから、前世と思われる記憶はすでに私の中にあったと思う。今、自分が見ている世界とは全然違う場所、もの、人々。記憶にあるそれらがたしかに「在る」のだと、なぜか確信していた。

 そして、その記憶にある場所、もの、人々は、今の自分がたどり着けるところにはないことも、感覚的にわかっていた。

 私は、この記憶について誰かに語ったことはない。前世と思しき記憶があると口に出せば、変な目で見られる。幼いころから、それを本能的に察していた自分を褒めたい。


 前世と思われる自分の記憶。その中に、この世界にとても酷似した物語がある。「乙女ゲーム」と呼ばれるゲームの一つ。残念ながら、タイトルはよく思い出せない。女性に向けて作られた、絵付きの恋愛小説を読むような感じのゲーム。そう、「乙女ゲーム」というのは基本的には恋物語だったはず。


 私の記憶にある「乙女ゲーム」は、ちょっとぶ厚い板みたいな機械に、専用の小さな機器をセットする。そうすると、動く紙芝居みたいな感じの映像が始まる。表示される文章を読み進めることで話は進み、時々、主人公であるチドリの行動を遊んでいる側が決めることができた。


 どこに行ってみようかな? 街、美術館、港。

 彼に何て答える? ありがとう、ごめんなさい。

 手紙が落ちてるみたい……。拾う、放置する。


 てな具合に。出てきた選択肢を選べば、それが主人公の行動となる。

 特に物語に影響のないこともあれば、その後の展開が大きく変わることもある。遊ぶ側はその違いを楽しむ。

 プレイヤーが決めた選択肢によって、登場人物の誰と恋に落ちていくかさえ変わっていく。悲恋で終わることもあれば、問題を乗り越えて大団円の場合もある。困っている脇役を助ける選択肢を選んでおくと、終盤でその人に助けられてピンチを切り抜けハッピーエンド、なんてことだってありえる。


 読み手の選択で展開が変わる小説。とても面白そうだ。でも、現在の私が生きるこの島国には、あのゲームを再現できる技術はない。

 魔法の力が込められた石を使って、スイッチ一つで付けたり消したりできるランプ。それが画期的だともてはやされ、爆発的に普及したのが少し前。近いうちに、部屋の灯りもスイッチ一つで操れるようになるかもよ。

 なーんてことを言っているレベルでは、あの「ゲーム」を作るにはまだまだ遠いという感覚がある。

 海の向こうの国々からもたらされる技術に頼ったとしても、まだ先のことだろうな。


 前世について、そのゲーム以外のことはほとんど記憶がない。そのゲームを遊んだ自分が、一体どんな人物だったのか。今の私と同じ性格だったのか。なんという名前で、どんな人生を歩んだのか。家族は、職業は……わからない。

 ただ、自分が過ごした場所の価値観とか世界観なんかは、知識としてなんとなく残っていた。幼い頃から大人びて可愛げがないと評されがちだったのは、たぶんそのせい。


 成長するにつれ、この世界を舞台にしたゲームのストーリーだけはより詳細に思い出していった。ゲーム内に出てくる、自分の名前や、親戚の名前、魔法が施された家具、地名……それらに触れると、特にクリアになる。

 不思議な状況ではあるけれど、私はその記憶を自然と受け入れていた。


 自分が世界のために必要な存在らしいと自覚したのは、今の養父母の元に引き取られるか否かの分かれ道に立ったときだ。


 そのとき、私は十歳だった。

 カルフォン家当主である、イザベラ・カルフォン。そしてその夫のマックス・カルフォン。子供ができないことに悩んだ彼らが、女児を養子にとりたいと考えたとき、おあつらえ向きの姪っ子が二人存在した。候補者は二人いて、一人が私だった。

 私の母が、イザベラの妹だったのだ。


「カルフォン家の跡継ぎにふさわしい、娘を探しているのよ」


 世話になっている親戚と客間であけすけな会話をしているのを、扉の影から聞いた。

 オトジ国では、慣習的に男女関係ない長子相続が行われている。子どもがいなければ、男女どちらでもいいから、当主が気に入った子どもを親戚から養子にとるのも普通だった。

 三年前に両親を亡くした私は、父方の遠縁の親戚に引き取られていた。知り合いに騙されて借金を背負った両親は、心労がたたって亡くなった。相続できる財産なんて残らなかった。


「我の強い子は困るわ。馬鹿も困るけど、何よりも私たちに従順な子がいい。ただ、気弱で人付き合いが下手すぎるのもだめ」

「もう一人、私の兄にも処遇に困っている娘がいてね。どちらかを引き取りたいと思っている。とりあえずは、私たちが直接会って話をしてみてから決めるつもりさ」


 マックスがそう言い、私は自分が誰かとカルフォン家の養子の座を争っているのだと知った。

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