04:マツリ・カルフォンは悟った1

 無事に養子になってからは、割と順調だったと思う。

 身構えていたけれど、イザベラたちと会ったときのような、私から何かしないと物語の流れが変わりそうな出来事は起こらなかった。


 住む場所が代わり、正式にカルフォン家の娘としての生活が始まる。言われるままに勉強に励む。マナーや教養、そして神話についても学んだ。


 いわゆる社交界デビューはしたけど、家の利益が絡まない相手との交流はやんわりと牽制された。イザベラは、必要以上に私が家の外で活動するのを好まない。あまり世間に通じると、言うことを聞かせにくくなると考えているようだ。


 とりあえず、こちらもおとなしく日々を過ごした。友人は一応できたけれど、実際には知り合い程度の仲だ。

 十八歳になって首都にある大学への進学が認められた。専攻は神話学。イザベラの指示だ。私が二十歳になったときに行われる聖女選定の儀に備えて、それらしい箔をつけておきたいらしい。

 数十年前から、特に上流階級の進学率が上がっているようで、それに伴っていわゆる適齢期というのも遅くなっている。私も結婚は卒業後。まあ、これは聖女どうこうも絡んでいるのだけど。

 相手についてはイザベラがいろいろ手を回しているようだけど、詳しい情報をくれることはなかった。


 「乙女ゲーム」の詳細については、緩やかに思い出していった。


 自分の役どころが主人公ではないことは、早い段階でわかった。二十歳が物語のスタートになるのも。

 なんか不憫な役どころなのも徐々に思い出していったけど、悲観はしなかった。

 舐めてかかっていたのだ。ストーリー展開がわかっていれば、不憫にならないよう立ち回れるでしょ、って。


 話の全容がわかれば打てる手はいろいろあるはずだし。

 カルフォン家の養子にもすんなりなれたんだし、私ならストーリーを変えることも楽勝かもなんて思ったよね。調子に乗っていた自分をどつきたい。


 全て把握したのは、十七歳の終わり頃だった。

 その日は、家庭教師から学校というものについて教わっていた。大学の入学が無事認められたすぐ後のことだ。


「オトジ国の進学率は近年上がってきていますが、それでも上流階級とその他では大きく異なります。マツリ様が通う大学では――」


 オトジ国では十五歳までは義務教育と呼ばれ、すべての国民が学校に通う。他国の制度を取り入れた結果だ。その後、希望者は三年間の高等学校、さらに四年間の大学校へと進学する。このあたり、なんか前世の世界と似ている気がする。

 ただし上流階級や金持ちの子息たちは、高等学校までは学校に通わず、家庭教師を家に招いて勉強することが多い。今の私のように。それで学校に通ったのと同じ扱いになる。


「ちなみに、マツリ様は順調に行けば、大学三年に進級するタイミングで封印祭が始まりますね」


 ここでちょっと咳払いして家庭教師は話を切った。そして少しぎこちなく続けた。


「もしもの話ですが。マツリ様が白銀騎士団に選ばれた場合はですね……半年間の休学という扱いになります。仮定の話ではありますけどね」


 家庭教師のやや不自然な感じに、イザベラが何か言ったのだろうと予想した。


 封印祭の白銀騎士団というのは、要は聖女に選ばれるための第一関門である。

 封印祭と呼ばれる祭りの間だけ、特別に編成される騎士団。

 そこに選ばれないと聖女にはなれない。しかも団員は神によって決められるとされている……一応。

 イザベラのことだから、「あの子なら選ばれると信じてるわ。だからその場合のことも説明しておいて」なんて軽く言いつけたんじゃないだろうか。


 信心深い者なら、神託が下るまで軽々しくそんなことを言ってはいけないと思う。深くないなら、カルフォン家当主が望むならそうなるのだろうと言外に悟る。

 どちらにしろ家庭教師はもやもやした気持ちを抱えながら、雇用主の注文通りの説明をしているわけである。


「そのあとは復学し、最終的には半年遅れで卒業という形になりますね。封印祭が理由なら誰も文句はつけませんし、安心して――」

「あっ!」

「……なにか?」


 話の途中で声を上げた私に、家庭教師は怪訝な顔をした。


「い、いえ、なんでもありません」


 そういえば、ゲーム内でもマツリや主人公チドリは大学生だって設定が出てきた。互いに面識はなかったけど、実は同じ大学の学生なのだ。学園物のストーリーというわけじゃないから、ほぼ話の内容に影響はなかった。

 それらしい箇所と言えば、序盤の一言くらい。


『同じ学校だって聞いたの。封印祭が終わったら、学校の食堂で一緒にお昼ご飯を食べたいな』


 チドリの行動次第で、そんなことをマツリに対して言うシーンがあるのだ。マツリのほうは「考えておくわ」と、まったく考えてなさそうな態度で答える。それを見た別のキャラクターは、なんて態度の悪い女なんだとか思う。そして相対的にチドリの好感度が上がる。

 前世の私がどう思ったかは知らないけど、当事者になってみると不満を覚える。気乗りしない相手からの誘いに、つれない態度をとるくらい許されたい。


「そうですか、では続きですが」

「ああっ!?」


 変な目をした家庭教師と私、顔を見合わせたままで沈黙が落ちた。


「あの、いえ、すみません」

「……では、続けますけど」


 後の話はすべて耳を素通りした。

 なぜならそのときまさに、ゲームストーリーの記憶がすべて完全に蘇ったからだ。最後のピースがはまるように、急にすべてがクリアになった。

 そして気付いた。というか、思い出した。


 ゲームを何回クリアしても、すべての分岐を試しても、前世の私は見つけられなかった。チドリがマツリと大学の食堂に行く未来の可能性を。


 この世界を破滅から救いたい場合、マツリが幸せな終わりを迎えられる可能性は、ゼロである。

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