05:マツリ・カルフォンは悟った2

「同年代の知り合いをたくさん作れますよ。いいご友人ができるといいですね」


 ほとんど聞き流してしまった家庭教師の説明の最後は、そんな言葉で締めくくられた。

 ぼんやりしていた私は、はっと意識を戻される。

 彼女は気遣うように私を見ていた。イザベラのせいで私の交友関係が狭いことを、気の毒に思っている。


「ちょっと、期待しています」


 混乱していたのもあって、少しだけ本音を漏らしてしまった。彼女はほっとしたような顔で帰って行った。


 一人になると私は自室にこもった。自分の取り戻した知識を整理しないと、他のことが手に着かない。


 さまざなま分岐ルートを確認するため、前世の私はそりゃあもう、ゲームをやり込んでいたようだ。前世の自分がどんな人物だったか覚えがないので、なぜそこまでそのゲームに入れ込んだのかはわからない。


 ほんの少し表現が違うだけの分岐も、血眼になってすべて確認するほどやり込んでいた。考察もした。我ながら、前世の自分が怖い。よほどこのゲームが好きだったらしい。だからこそ、こうして登場人物として転生してしまったのかなと思う。

 けど、その愛情を持ち越し忘れた今、せっかくの転生も罰ゲームみたいなものなんですが。好きな登場人物とかいたのなら、その思いも引き継ぎたかった。


 とにかく。ゲームやり込んだ前世の私は、ある結論を出していた。

 これって突き詰めると、悪役令嬢のマツリ・カルフォンの嫉妬を上手く煽って、彼女の行動を調整しなきゃいけないゲームじゃありませんか、と。




 この国に生まれた者なら、誰でも知っている昔話がある。守護神オトジと聖女、白い騎士たちがこの島を守ったよって伝説だ。


『むかしむかし、まだ地上にたくさんの神々がおわしましたころ。

 黒い魔女が黒い騎士たちをつれてオトジ国を滅ぼさんとやってきました。

 その力は強大で、オトジ国だけでなく、世界が破滅の危機を迎えました。


 そこに白い聖女が白い騎士たちを引きつれて現れました。

 聖女は、国の守護神オトジの加護を得て、黒い魔女たちと戦いました。

 そして最後には、守護神オトジが自ら楔となって黒い魔女を封印したのです。

 白い騎士たちもまた、黒い騎士たちを倒すために自らを差し出しました。


 残された聖女は守護神オトジと白い騎士たちのために、生涯、祈りを捧げつづけました――』


 守護神オトジと黒い魔女は今も、この国のちょうど中心あたりにある、ソア山に眠っているとされている。

 聖女の子孫にあたる私たちは、その封印の力が弱まらないように祈りを捧げなくてはならない。


 その一環として十年に一度、封印祭という大きな祭りが開かれる。

 祭りの間だけ白銀騎士団と呼ばれる集団が結成され、祭事を行う。これが聖女選定の儀を兼ねている。


 騎士団の一人に選ばれた少女チドリは、仲間の男性キャラクターと恋愛関係を育みながら、役目をこなしていく。

 そして最後には聖女となる。

 一方、チドリに嫉妬したマツリ・カルフォンは、各地の神殿に封じられていた四人の悪神を解き放ってしまう。昔話で言うところの黒い騎士たちだ。


 すべての悪神が解き放たれたとき、ソア山に眠っていたはずの黒い魔女も蘇る。

 伝承にあった世界の危機再び……!

 しかし、ただの儀礼的な意味での聖女ではなく、白い聖女の力を継ぐ者としてチドリが覚醒。仲間たちと守護神オトジの力を借りて、再度強力な封印を施すのである。

 世界の平和は保たれました。チドリの恋もちゃんと成就しました。めでたしめでたし。


 それがゲームのストーリーだ。


 問題は、ストーリー後半で判明していく事実にあった。

 いくつかの分岐ルートの内容を総合して考えた結果、まとめると次のような設定だとわかったのだ。


 実は、もともと黒い魔女に施された封印は解けかかっている。何もしなくても数年から数十年以内には復活し、この世界を破滅させる。ぎりぎりの状態なのだ。ただの人間であるマツリが悪神を解放できたのも、その影響だった。


 しかし、神殿に仕える神官たちは誰も綻びの気配を察することができない。平和が続いた影響なのか、神殿上層部は権力争いで頭がいっぱい。外部の有力者たちと癒着し、派閥間の対立を乗りきるのが仕事みたいになっている。

 高位の神官たちが行う儀式は心が伴わない形だけのもの。神の声を聴くことだけに身を捧げる人間がいないのだ。下位の神官たちだとそうでもなさそうだけど。


 そんななか、マツリが嫉妬で悪神を解き放ったことで、たまたま魔女の封印の綻びが判明する。

 他にも魔女を封印し直すための条件だとかなんとか、いろいろ問題がある。それらを全て合わせると、実はマツリがベストタイミングで黒の魔女を復活させたから、聖女チドリは覚醒することができた。そして再度の封印を行えたと言えるのだ。


 だからこそ、ゲームでは悪役令嬢マツリ・カルフォンの行動が重要。


 マツリが嫉妬に狂いすぎると悪神を巻き込んで暴走してしまう。すると、チドリが聖女覚醒する前に事故を装って殺されたりとか、黒い魔女の復活が早すぎたりとかしてバッドエンド。


 だけど、マツリの嫉妬をだめ。

 彼女が嫉妬にかられて悪神をちゃんと全員解放してくれないと、黒い魔女が復活しないまま中途半端に終わっちゃうのだ。チドリは解放された悪神とマツリをとばっちり封印するだけ。数十年以内に世界の危機が訪れることに、誰も気付けない。

 一応、「いつかまた世界の危機が迫っても、聖女の力で立ち向かってみせる」みたいな決意をチドリがする場面があって、希望は残ってるように見える。しかし本当に危機が迫ったとき、うまく立ち向かえるかというと……。様々な分岐を試した前世の私は、非常に厳しいと判断した。


 さらにはマツリの愚かな行動が、結果的に主人公チドリやその仲間たちの成長に繋がっていたりもする。


 そこまで思い出したとき、わかった。

 ゲームで、プレイヤーが主人公を操ってハッピーエンドを目指すように。

 私は自分の行動で、この世界を破滅から救うよう持っていかなくてはならないのではないか、と。


 タイミングよく黒い魔女を復活させ、聖女チドリを覚醒させないと、封印のし直しができなくていずれ世界が滅びる。

 これは、ゲームのあらゆる分岐ストーリーを確認した私だから知る事実。


 神殿に自分の前世の記憶について告白して、助けを求める方法もあると思う。

 でも、もし告白を信じてもらえなかったら捕まって投獄されてしまう。守護神オトジや聖女にまつわる話をでっち上げるのって、相当に罪が重い。実際に過去に例がある。場合によっては死刑もありえる。

 ゲーム内で知った神殿内部の腐敗が本当なら、信じてもらえる望みは薄い。家の名前を傷つけたと、イザベラも私を見捨てるだろう。


 私が取れる確実な道は、ゲームのストーリーに沿って物事が進むよう働きかけることなのだ。


 たとえ、それで自分が破滅するとしても。


 ゲームのハッピーエンド通りなら、マツリは最後まで聖女チドリとわかりあえない。そして悪神たちと一緒に封印されてしまう。人間なのに。

 「いつかまたこの世界に転生する時が来るかもしれない」なんて短いフォローはされていた。でも要は、マツリ・カルフォンとしては死を迎えるわけである。


 他にも世界の敵として殺される分岐もあった。もし展開を変えることができて運よく生き延びたとしても、私は大罪人だ。未来は暗い。


 それでも。私はもう、自分が動かなきゃ世界が滅ぶことを知ってしまった。


 他の方法もあるかもしれないけど、知るすべはない。私にあるのは「乙女ゲーム」の知識だけ。

 可能性をかけるとしたら、世界が救われたあとに「実は予知夢を見て行動してたんです!」とか言い訳するか、どさくさに紛れて逃げるくらいか……。


 あー、もう、本当に損な役目を担ってしまった。

 もうちょっとちゃんと黒い魔女を封印しといてくれないかな!

 いや、お願い、今からでもいいから封印を強化してください。


 三日ほどふて寝しながら、心の中でこの世界の神様たちに八つ当たりしたり、お願いしたりした。でも何も起こらなかった。


 どうやっても運命を受け入れるしかないと、私は悟ったのだった。

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