第29話 思い出の1つ

目を開けると見なれた天井が映る。


「びょう…いん?」


「春!!」


声の主はお父さんだった。


身体を起こししばらくぼーっとしていると桜木先生が入ってきた。


「春ちゃん、どこか痛いところとかある?」


「え、と…。」


「意識がまだ朦朧としてますね。」


私には桜木先生の言葉やお父さんが話してる内容は全く頭に入ってこず、意味がわからなくなっていた。


「春ちゃん、分かるかな?もう少し寝ててもいいからね。おやすみ。」


桜木先生の最後のお休みの一言が唯一理解でき、私はゆっくりと身体を倒すとそのまま意識を手放した。

その瞬間ふと体育祭のことを思い出し、屋上で弁当を食べる約束をした仁美のことが心配になった。



次に目が覚めた時は見慣れた天井が視界に映った。


身体を起こし部屋を出てフラフラとリビングへ向かう。


「春ちゃん!!良かった!!」


お母さんが抱きついて来て少しバランスを崩し後ろに倒れそうになったのをお父さんが支えてくれた。


「頼むから、無茶なことはしないでくれ春。」


背中と胸に感じる暖かい体温が私を安心させてくれる。


「ごめんなさい。」


しばらく3人で私を挟むような形で抱き合った。

2人の腕はとても力強く私を抱き締めてくれている。

離れないように。居なくならないようにと願って居るみたいだった。


「さぁ、ご飯にしましょう。」


お母さんはテキパキと料理をひとつずつテーブルに運んで最後に私たちのご飯をついで置いて、自分のいつもの席に座った。


3人で手を合わせていただきますと一言言ってから、箸を握った。


この当たり前の光景を久々に見た気がした。


ふとリビングの棚の上にある電子カレンダーを見てみると、体育祭の日から4日経っていた。


私は倒れてからの記憶が無かったため2人にどうなったのかを聞いた。


意識を失って病院に運び込まれた私は特に治療ができる訳でもなかったため、そのまま家に連れて帰った方が目が覚めた時見慣れた部屋にいた方が安心するだろうと、桜木先生の提案でその日のうちに家に連れて帰ってきたらしい。

病院にいた時に1度だけ意識が戻ったことは全く覚えていなかった。

ご飯を食べ終えふと気になってた仁美に連絡すべく急いで部屋に戻り携帯を片手に外に出た。


仁美の名前をタップするとコールが鳴る。数回もしないうちに仁美の声が聞こえた。


「仁美!ごめん。お弁当、一緒に食べれなくて。」


『何言ってんの?謝るのは私の方だよ。本当にごめん。』


「ううん。仁美のおかげでつまらないはずの体育祭がすっごく楽しくなったんだよ。ありがとう仁美。 これも、いい思い出だよ。仁美と走って歌って倒れて、これ以上インパクトが強い体育祭なんて無いよ。だから、ありがとう。」


『春…。良かった…本当に。あの時すごく焦って、私のせいだって…。』


「あれは私が悪いの。走るなって言われてたのに楽しくてつい調子に乗った私のせい。仁美のせいなんてありえないからね。」


『うん。良かった…。春の声がまた聞けて。明日来る?』


「行くよ。私も仁美のことずっと心配だったから、声が聞けてよかった。じゃあ、またあした。」


『うん。明日。おやすみ。』


返事を聞いてから電話を切って家に入る。

部屋に戻ると体育祭の時のあの歌った瞬間をふと思い出した。

しばらくライブができず歌ってなかった私にとっては、久々のあの高揚感がたまらなかった。


「早く11月にならないかな。」


私はギターを眺めて11月のことを想像した。

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