第25話 2人

夏休みも終盤に入り課題を終わらせて残りの1週間をどう過ごすか考えていたら、春樹から連絡が来た。


【明日、空いてるか?】


この1行が、何を指しているのか分かってしまった。


【空いてますよー。】


【じゃあ明日12時位にお前ん家行くから。】


【りょーかい。】


これ以上は何もやり取りはせず気持ちを整える。

いい機会だ。

これからやろうと思ってることを春樹に伝えるべきなのかもしれない。

その日は時間が過ぎるのが早く、気づけば眠っていた。

目が覚めると目の前の時計は10時を指していた。


「お母さん、起こしてくれなかったな…。」


いつもなら仕事に行く前に必ず起こしてくれるのだが、今日は起こされた記憶が無い。


私は急いで部屋を片付けて着替えた。

さすがにパジャマで出迎えるのはまずいだろうと思ったが、逆に今迷ってるように着る服を考え込んでるのも変な話だ。

いつもの服でいい。なんならジャージでもいいのだから。


12時ちょうどになるとインターホンが鳴った。

開けるといつも通りの春樹が居た。


「よぉ。お前、なんなのその服。どっか行く予定でも入ったの?」


「え!?いや!別に!?」


「珍しいな、お前が制服以外でスカート履くなんて。てか、私服でスカートなんて持ってたんだな。」


「はぁ!?女子だから当たり前じゃん!」


「お前みたいなやつはオヤジって言うんだよ。いつものジャージでも十分だ。」


「あぁそうですか!」


人がせっかく出迎えてやったのに。


「早く入れば?」


ちょっと拗ねてそう言うと、春樹が少し笑った。


「たまにはいいんじゃねーか?」


お邪魔しますと言いながらリビングに歩いて向かう春樹の背中を見つめてため息が零れた。

何故かドキドキした。春樹は普段仏頂面だから、不意に笑った顔は破壊力がある。


「顔面国宝め…。」


私はお茶を注ぎながらチラッと春樹を見た。

ソファに座る春樹はまだ少し笑っていた。


「はいどーぞ。外暑かった?」


「どーも。当たり前な事を聞くな。」


「そりゃすいません。あんまり家から出ないもので。」


「まぁだろうな。その身体じゃあな。」


そのセリフを聞いた瞬間私はフリーズする。


やっぱり気づいてた。


「お前さ、本当の原因はそれか?」


「何のこと?」


「お前さ、なんかどっか悪いんだろ?」


「別に?」


「あの時、お前がいつか話してくれると思って諦めて帰ったけど、やっぱり気になるし心配になる。」


「だから、何の話?」


「春。俺たちは小さい時からずっと一緒に居たんだ。何かある時はみんな助け合って来た。」


そう言いながら春樹が近寄ってくる。


「迷惑かけるなんて考えるな。逆に話してくれない方が迷惑だ。俺は春のこと…。」


春樹は私の手を取って見つめてくるその真っ黒な瞳は少し寂しそうだった。


「あのさ、じゃあさ、結衣たちには絶対言わないでよ?実はさ、ずっと前からやりたいことあって…。今回解散したのってこのやりたいことをやるにあたっていいタイミングだと思ったからなんだけど。」


「は?何それ。」


「ソロライブ。」


「は?」


「これについてずっと悩んでたからなんかストレスとかが酷くてさー。」


「春、また嘘つくのか?」


「いやいやホントだって!オーナーに聞いてみなよ!」


「オーナー?」


オーナーと口裏合わせといて良かった。

多分この後春樹はオーナーに聞くと思う。

そうなった時のこともオーナーに頼んでおいた。


まだ言えない。言ったら私は…。


「オーナーのとこ借りて動画生配信!ソロライブでーす!!どから、みんな忙しくなって音楽活動出来ないと思って忙しくない私が今のうちに夢だったソロライブをやっちゃえって思って解散したってわけ。その後のことはまたあとから考えても遅くはないし。」


「で、それと病院はどんな関係が?」


「鬱になりかけたってことよ。この悩みは去年の冬から始まるのです。元々私がグループでやりたいって言い出したバンドを解散してソロでやってもいいものか…。でもみんなに歌は聞いて欲しい…。ソロをするからにはまた新曲も考えないといけない…、ってね。もうストレスよほんと。」


「春。本当にそれだけか?」


「他に何があんの?」


「重い病気…とか。」


「んなわけないじゃん!考えすぎ!」


嘘をスラスラ言う大会があるのなら優勝できるんではないか。

口から出てくる言葉全てが嘘。


「ならいい…。そな悩みなら気にする必要ない。お前がやりたいことをやればいい。」


「ありがとう。ってことで11月23日に決まったんで。よろしく。」


私は春樹の肩をポンと叩く。

その手を掴んだ春樹が真剣な顔をしてまた見つめてきた。


「春。俺はお前が好きなんだ。だから、疑わせないでくれ。何かあるならすぐ言ってくれ。」


「はいはい。私も好きだよ。幼なじみだしとーぜんじゃん!今更だね!今度からはちゃんと言うから、ごめんって!」


気づいてないふり…。

ずるいことをしたと思う。


ダメだと言えない分とてもタチが悪いと自分でも思った。


2人だけの空間。

私はこの空間がとても居心地が悪かった。

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