第10話 桜

いよいよ今日が本番。先輩グループの卒業ライブということもあり、出演者、観客はいつもよりも多く、緊張が襲う。


「春ちゃん。大丈夫?」


「大丈夫。」


私と結衣は予定よりも早く入り楽屋で康太と春樹を待っていた。


「来月から私達も高校三年生。進路とか忙しくなるね!」


「そう…だね。」


来年の春まで私は生きていられるだろうか。

まだ音楽をできているのだろうか。

そんな事を考えていると、ふと思い出した。


「そういえば、康太とは仲直りしたの?」


「あー、うん。ちゃんとしたよ。いつもごめんね。」


「うん。もう、いいよ。慣れてるから。」


康太と結衣の喧嘩の原因は本当にしょうもない事だった。しかし結衣もツンデレで素直になれず康太は馬鹿正直だからお互いすれ違うことが多いらしく、どっちもどっちだという結論になりしっかりと仲直りできたようだ。


「ほんとにごめんって!今度なにか奢るから!ね?」


結衣が上目遣いで見上げてくる為その綺麗な顔を拝みつつ携帯を素早く胸ポケットから取り出し写真に収めた。


「これで許してやろう。」


撮った写真を即携帯の待受にして結衣に見せた。


「また?というか最近やけに写真を撮りたがるよね?なんで?昔はどっちかって言うと写真は無理〜とか言うタイプだったのに。」


「色々あるのさ…大人には。」


「まだ子供でしょ。まぁ、別にいいけど。」


楽屋の扉が開き春樹と康太が入ってきた。

両手にパンパンに膨らんだ袋を持って。


「うぃーっす。」


2人は疲れ果てていたのか、近くの椅子に座りカバンから取り出した飲み物を一気飲みしていた。


「で、何これ。」


結衣が康太の汗をタオルで優しく拭きながら問いかけた。私は春樹が持っていた袋の中を見てみると、そこにはたくさんの桜の花びらが入っていた。


「来る途中、桜道を通って来たらちょうど桜が散ってて、そしたら春樹がいきなり袋取り出して桜詰め始めたもんだから、しかも無言で、止めたんだけどあと少しとか言ってずっと拾ってたから俺も手伝ってたら時間ギリギリになったから走ってきたんだよ。」


「桜道って、遠回りのルートじゃないの。」


「そうだよ。俺だって焦ったんだぜ。」


「春樹、なんで急に。」


私は春樹の方を向いてタオルを手渡しながらたずねると、春樹は私の目をしっかり見ながら答えた。


「本番でやってもらおうと思って。桜、お前の歌に合うと思った。だから、急に用意出来るのって本物だけだし、拾って来たんだよ。」


「本番で、桜吹雪やるの?」


「先輩たちにももちろんやろうと思うけど、1番はお前の歌を映えさせるための1つの道具として、どうかと思って。」


「…春樹、ちゃんとスタッフさん達には聞いた?」


「もちろん。大丈夫だってよ。他の出演者にもお願いしとくって。後でこれ持っていくことになってるから。」


「ならいいよ!」


私は春樹の肩をぽんと軽く叩いて桜の入った袋をひとつ持った。


「じゃあとりあえずこれスタッフさんに渡して、早く先輩たちに挨拶行こうか。もう揃ってるらしいから。」


息の整った2人を引っ張って楽屋を出る。


長い通路を歩いてる時ふと思い出した。


『お前には桜が似合うな。春。』


『春樹も似合ってるよ。私達おそろい。』


いつの会話か忘れたけど、さっきの春樹の言葉がずっと残り重なった。


「私たちはおそろいだよ。」


私がボソッとそう言ったのを春樹には聞こえたらしく、歩く後ろ姿がどことなく嬉しそうに見えた。


覚えてくれている。春樹なら私のこと。

この先もずっと──。




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