第3話 天帝魔法師長

 本当にフーム達と分かれさせられた僕は、ヒラさんに連れられること五分。


 天帝魔法師長室。そう書かれた部屋の前に立っていた。


「……あの、ヒラさん。一応聞きますけど、もしかしてここがヒラさんの部屋ですか……?」


「違うよ〜。ここは魔法師長がいるところ〜」


「その、何で僕はここに」


「スキルを見て、ヤバかったら連れて来いって言われてるんだ〜」


 つまりヤバい判定を受けたってことだよね? そりゃ裸につられてスキルを使うなんてヤバいことこの上ないかもだけど……いやいや違う。僕は裸につられたんじゃない。裸が僕をつったんだ。


 コンコンコン、とヒラさんはドアを三回ノックする。中から入れと重低音の声が響き、ガチャリとドアを開けて中に入った。


 様々な表彰状や大きなトロフィーなどが壁一面を占める。正面には大きな机を挟んだ向かい側に筋骨隆々とした短い白髪を揃えたお爺さんが座っていた。


 ……お爺さんというより、化け物? 威圧的な雰囲気だけで強さが垣間見える。


「ヒラ。其奴が例の子か」


「はい〜。では私は外で待ってますね〜」


「え!? ちょ、ちょっとヒラさん! 僕まだ何の話か聞いてないです!」


「それは師長が教えてくれる〜。じゃあね〜」


 僕の静止なんて無いもののように、ヒラさんは部屋を出ていく。残された僕は蛇に睨まれたカエルのように身体を縮こまらせていた。


「確か、トーリといったか」


「は、はい! トーリ・ニルヴァー! 十五歳です!」


「うむ。グレゴール・ヴィスタ。百三十五歳だ」


「は、はぁ……ご丁寧に……、えっ!? 百三十五歳!?」


 人間ってそんなに生きられるものなの!? 僕より百二十歳も歳上!?


「〝人間ってそんなに生きられるものなの!? 僕より百二十歳も歳上!?〟 とでも言いたげな顔だな」


「読心術!? そういうスキルですか!?」


「いや。だが人間百も生きればそれくらい造作もない」


「そ、そういうものなんですか……?」


 年配の人っていうのは凄いなぁ……。僕にはそんなこと出来ないや……。


「……時に、トーリ」


「は、はいっ!?」


「お主の固有スキル、〝ラッキースケベ〟というものは本当なのか?」


「ま、まあ……」


「ふむ」


 魔法師長は鋭い視線でじろっと僕を射抜く。冷や汗が背中を伝った。


 な、何だろう……そんな低俗なスキルは天帝魔法師には必要ない、とかそういうことかな……。


「……一つ、質問だ」


「なんなりと!」


わしにもそれ、出来るか?」


「へっ?」


「か、勘違いするでないぞっ。儂にラッキースケベをしろという話ではなく、儂もラッキースケベを体験出来るかと言っておるのだぞっ」


「え、えぇっ!?」


 何言ってるんだこの人!? てか百三十五歳のツンデレってどこに需要あるのさ!? 気持ち悪い通り越してちょっと怖いよ!?


「……聞いてみただけだ。やはり儂には出来んか」


「……その、つかぬことをお伺いしますが」


「うむ」


「……魔法師長は、ラッキースケベこんなスキルを使いたいのでしょうか……?」


「無論ッッッ!!! 漢の浪漫だろう!!!」


「うわぁ声デカい何だこの人」


 初めの印象なんてどこへやら。あの天帝魔法師を率いる恐れ多い存在だと思っていたら急にエロジジイに早変わりなんて。そのくせ威圧感はそのままなのがまたおかしい。


「……実を言うとだ、お主がスキルを使うところは魔導カメラで見ていた」


「そうですか……」


「だがそれは視覚情報のみだ。……トーリよ、ヒラに何を言われた?」


「えっ……と……」


「言わぬと天帝魔法師から除名する」


「職権濫用も良いところですよ!?」


「構わん。ここに儂より上の人間は存在せん」


 酷すぎる言い草だが、事実この人よりも上の人間なんて年齢も含めたらそもそも存在しないんじゃないだろうか。僕は少しの恥ずかしさを感じながらも答える。


「……その、岩を砂に出来たらヒラさんと相部屋にしてくれると……お風呂上がりにヒラさんと鉢合わせたら裸を見れるよ、みたいな……」


「けしからんッッッ!!!」


「!?」


「だがそれが良いッッッ!!!」


「知りませんよ!?」


 天帝魔法師には変な人しかいないのか!? だとしたらイメージ変わるよ!? 今までは選りすぐりの天才達ってカッコイイイメージだったのに!


「……失礼、取り乱した」


「取り乱し過ぎです……」


「トーリは幼馴染みと共に見習いになっておったな」


「あ……はい。フームは三歳の頃から知っています」


「お主に問う。ヒラかそのフームとやら、どちらと相部屋が良い?」


「え」


 唐突にわけのわからない質問を受けて僕は固まる。


 そ、そんなの気心の知れたフームの方が……いやでもヒラさんから天帝魔法師のことを色々聞けるかもだし……でも……。


 ……いや! その前に!


「僕男ですよ!? 女性と相部屋なんてダメです!!!」


「強いて言うなら?」


「……フーム、です」


「……好きなのか?」


「ち、違います! 僕とフームは幼馴染みってだけで……そういうのは……!」


「青春、だな」


 無駄に溜めるその間が腹立たしい。青春朱夏白秋と来て玄冬すら超えてそうな爺さんが何をにやにやしてるんだ。


「あいわかった。ではヒラの部屋にお主とフームを住まわせることにしよう」


「さっきの質問の意味は!?」


「……こういう男同士の会話、楽しいだろう?」


 元気過ぎないこの人!? ちなみに楽しいのは同意だけど!!!


「トーリよ。楽しい刻を過ごせた。礼を言う」


「……はぁ。こちらこそありがとうございます」


「たまに師長権限で呼び出すから、その刻は付き合うのだぞ」


 この人本当に百二十歳上? ノリが同級生なんだけど。


「では下がれ。ヒラには既に今の件を伝えておる」


 ……一体いつ伝えたのか。それとも全てを予測して指示を出していたのか。


 どちらにせよ、僕は深く頭を下げて天帝魔法師長室を出ていった。

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