第27話

「まったくまったく! 慧也けいやはんを連れて行かれるやなんて、失態もええとこや!」


 明日香の手当の手を止め、深月みづきからの報告を受けた藍那はプンスカ怒っていた。保護対象者を敵方の大将に連れ去られるなど、常識で言えばミッション終了もいいところだった。


「すまねえ。けど、さ、慧也っちにもなんか考えがあるんだと思うぜ。幸いというか、相手はメストだしさ」


「確かに! メストは他の奴よりはましやよ? でも、敵やん? 深月ちゃんかて腕切り飛ばされたことあるし、欧州戦線でも何人か手痛い目に遭ってるんやで! あいつは卑怯な真似はせんけど、手加減もせん。そういう奴や」


「そうポンポン怒るなって。こっちとしても明日香っちがあんな状態で、下手に動けねえっしょ? あたいが出てもいいけど、そもそもメスト相手に勝てるとは思えねえし、ここも手薄になるし。あの変態ゾイノイドが来たら、藍那っちヤられちまうよ? まずは明日香っち、治そう」


 明日香は兵装部分がフルオープンになったまま、この待機所の床に寝かされていた。意識は戻らず、悪夢にうなされるような表情で小さなうめき声を発している。


「むう、仕方ないなあ」


 藍那は再びアスカの手当てを再開する。藍那に搭載されている情報処理チップには、NBHDDナノ・バイオ・ハードディスクが搭載されている。そこには生物が記憶するのと同じ構造でデータが収納されており、小容量で大きな情報を記憶でき、さらにはコンピュータと同じようにいつでもそれを引き出すことが出来る。その中には、明日香や自分を含めてアンノウン扱いの一体目から五体目を除く、合計八体の技術情報の一部が入っていた。緊急時の応急処置ができる程度ではあったが。


 とりあえず最も場所を取っている背中の翼を収納するためのコードを打ちこむ。藍那の首の後ろにある各種端末用端子から藍那の持つ端末を介して、明日香の腕部分の外部コネクション端子にコードをつなぎ、解除用コードを入力すると、翼が瞬時に折りたたまれる。


「よっしゃ。緊急コードは受け付けるみたいやな。外からいじくって、ごめんやで、明日香ちゃん」


 藍那は次々と緊急用解除コードを打ちこんでいく。それに応じて、脚と腕に展開されていた兵装は順次収納されていく。外見的には、元の明日香の身体に戻っていた。


「さてっと、問題は精神の方やな。こればっかりはウチも専門外やけど……」


「精神って、なんかヤバそうだけど、大丈夫か?」


「うーん。心のダメージって外からじゃわからんやん? さっきの時計、投入順からみても『寂寥せきりょうの記憶』って奴やと思うんやけど、新しい自立型やし、データがない。ただ、あいつらのネーミングセンスからして、こいつは明日香ちゃんの記憶を食い物にしてダメージを与えてるんやと思う」


 頭を押さえ、小さなうわごとを繰り返す明日香を見て、藍那は表情を曇らせた。


「とりあえず、床に寝かせとくのも何やし、ベッドへ運ぼ。鎮静剤打っとくくらいしかでけへんわ」


 二人は明日香を寝室に運び、そっと寝かせた。


「なあ、深月ちゃん」


「あん?」


藍那が問いかける声は、少し沈んだ声調だった。


「明日香ちゃん、この二日ほどですごく変わったやん? 慧也はんやフィーフィールトとか、いろいろ要素はあるんやろうけど、大丈夫かな?」


「うーん、難しいねえ。でもさ、明日香っちの場合、自分を殺しすぎだったんだよな。もちろん、その意味とか気持ちはわかるんだけど、あのままだったら、いつか自己崩壊してたと思うよ。彼女の場合感情がないわけじゃねえからな。押さえ込んだものは、必ずどこかで溢れちまう」


深月は今まで自分が焼いてきた世話を思い出す。


「あたいが思うに、明日香っちは慧也っちに惚れかけてるな」


「むう、そうかもなあ。なんか、今まで関わってきた人と、ちょっと違うもんなあ・・・・・・明日香ちゃんがなあ・・・・・・」


「あれ? もしかして藍那っちも?」


「え? あいやあああ? ちっ、ちがうよ! べ、別に惚れたとかじゃなくって!」


 顔を真っ赤にして露骨に動揺する藍那に、深月は微笑みかけた。


「いいじゃん、好きになっても。あたいは好きだぜ、慧也っち。あんなまっすぐな人、そうそういねえぜ、あたいらのいる世界じゃ」


「むう、深月ちゃんは達観してるなあ・・・・・・」


「だって、あたいらだって本当なら年頃の女の子だぜ? 恋しなきゃもったいねえよ。それが例え、実らないものであっても。彼が、すべてを忘れるものであっても、ね」


 そう言って、藍那の頭に手を置き、くしゃくしゃと撫で回す。


「さあ。ここはあたいが見てるから、藍那っちは向こうで休んどけよ。慧也っちもそのうち帰ってくるさ。メストはその辺信用してもいいから」


「わかった。じゃ、明日香ちゃんをお願いやで」


 藍那は小さな笑みを浮かべ、部屋を後にした。

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