第26話
一瞬の後、慧也は見知らぬ部屋にいた。
古びたアパート、と一見でわかる内装だ。
「まあ座られよ。茶でも入れよう、と、地球人なら言うのかね?」
メストは嬉々として慧也を迎え入れているかに見える。慧也の返事も待たず、怪しげな手つきでお茶を入れ始める。
「いやその、お構いなく。それより、あなたにいろいろ聞きたいことがある」
「ふむ。聞こうか。もっとも、貴殿の期待する答えができるかはわからぬがな」
メストは明らかに時代遅れな丸いちゃぶ台の上に二人分の湯呑を置き、どっかとあぐらをかいた。
「周知とは思うけど、我々人類とあなた方フェデラーでは、あからさまに科学文明の発達度が違う。それなのに、どうしてこんな回りくどいミッションを行うのか、教えてほしい」
慧也は相手が敵方であることも踏まえて、つとめて事務的に会話を勧めようと意識していた。上からでもなく下からでもなく、あくまで対等に。
「上層部はゲーム、と思っているようだな。正直なところ、惑星一つ如き我々にはあまり意味がない。この銀河系だけでも居住可能な無人惑星は山ほどあり、我々はそのリストすら持っている」
「なんだって? じゃあ、この地球に移譲を迫る意味なんか……」
「左様、まったく必要ない。だが、それくらいの要求をせねばこのようなミッション、まかり通らなかったのではないか?」
ぞっとした。慧也は明日香たちが戦いに身を投じている意味が根本的に昇華されることがないことに愕然とする。
「じゃ、じゃあ、このミッションには本当に意味がなくて……ただ、あなた方の娯楽の範囲を超えていない、と、そう言うのか?」
「そうとも言うが、そうでもない、とも言う」
憤りを隠さない慧也に、メストは冷めた口調でそう告げる。
「ミッションに負ければ当然、貴殿ら人類はこの星を失う。いわば、彼女たちは全地球人類の命を人質にとられているようなものだな。我らの娯楽のために。どうだ? 無意味かつ有意義であろう?」
「ふ、ふざけるな!」
慧也は思わず腰を浮かし、粗末なちゃぶ台に拳をぶち当てた。湯呑が一瞬浮いて、中のお茶を振りこぼす。
「憤るな、若者よ。私とてこのミッションに疑問がないわけではない。故に、私は貴殿らをより深く知りたいと思いこのミッションに参加しているのだ」
意外な言葉だった。慧也は再び居住まいを正す。
「疑問というけど、それは具体的にどういった?」
「ふむ。一言で言うは難しいな。そうだな、我々の文明は、行きつくところまで行ってしまった、とでも言おうか。退屈なのだよ、毎日が。それでいて、高度に発達した知性は暴走も進展もせず、人々は緩慢な滅亡に向かっている。それが我らの文明だ。脳に刺激を与えねば、文明を維持することすら忘れるだろう。それゆえ、このような茶番を演じ続けることが必要なのだ」
「茶番に付き合わされる方はたまったものじゃない」
やはり思考の基準が異なっている。彼らは自らの文明を維持するために、他の文明を食い物にしているだけではないのか。
「そうでもなかろう。アスカたちの改造技術、どこから来たものだと思っているのだ?」
「なん……だって?」
耳を疑った。確かに、明日香たちの改造技術は芸術の域に達していると思っていた。人類の技術の最先端が、ここまで行っているとは信じがたかったのは事実だ。だがそれでも、自分は全ての技術を知っているわけではなく、現実に彼女たちが存在する以上、それは人類の技術だと信じていた。いや、信じたかった。
「あれは、フェデラーの技術だと……」
「いかにも。あれくらいの技術は、我らにとっては児戯に等しいがな。だが、貴殿たちにとっては、価値ある技術であろう?」
「く……確かに。だけど、だからと言って……」
「別に感謝しろとは言わぬ。我々とて、通ってきた道だ」
「え?」
さらに意外な言葉に、慧也の思考は一瞬停止した。
「この宇宙にどれほどの高度知性体が存在し、それぞれどのような進化を遂げたか。考えたことはないか? そして、誰かが手引きしたとしか思えない、進化上の空白を感じたことはないかね?」
そう問われ、慧也はある言葉を思い出す。
「・・・・・・
生物の進化過程の化石がないなど、系統が途中で切れている空白地帯のことだ。明らかに突然変異以上の変化が起こっているケースなど、生物学界では何かと物議を醸す話題だ。
「技術の進化も同様だ。火を使い、道具を使うようになり、今の世界を作り出すまで、あまりにも短い時間だとは思わんかね?」
「では、常に人類はフェデラーの監視下に置かれ、干渉を受けてきたと?」
「そうではない」
メストは首を振った。
「貴殿らに干渉した知性体は相当数に上る。だが、充分に科学と社会が発達した段階で接触を持ったのが、たまたま我々だったと言うことに過ぎぬ」
お茶を一口すすり、メストは続ける。
「科学、社会、情報が発達した文明が異文明に接触するとき、そこには必ず争いが起きる。貴殿らの歴史でもそれは証明されてはいまいか?」
「確かに・・・・・・」
慧也は思い起こす。遙か古代から、国家という文明は争いを繰り返してきた。情報伝達の速度とともに、異文明への接触という機会は減っていき、ようやく地球人類はまとまりを見せ始めていたのだ。その矢先、フェデラーはやってきた。
「つまり、情報伝達や異文明への理解の範囲が広がるためには、この通過儀礼を乗り越えないといけない、ということなのか?」
「そういう取り方もある。だが、フェデラー上層部の考えはあくまでもゲームだ。奴らも退屈しすぎて、いろいろと考える力を失いつつあるようでな。私としては非常に面白い」
慧也は歯噛みした。明日香や深月の改造技術がフェデラーの児戯というのなら、そもそもこのミッション自体に勝ち目がないのだろう。
だが、そう言いながらも、未知の技術を人類に与えながらミッションを行っている理由は何か。慧也は訊ねる。
「ゲームを面白くするための要素だ。さらには、貴殿たちが勝ち残ったとき、その技術をどう使うか、ということにも大いなる興味がある」
メストはそう答えた。人類の存在などを超越したところから見ている者の答えだった。普通に考えても勝ち目はない。だが、その中でも勝敗があり、驚くべきことに人類にアドバンテージがあるのだ。慧也はそれが信じられない。
「話を聞くにつれ、あなた方は我々を圧倒している。退屈しのぎにしても、人類と一〇〇〇もミッションを繰り返す必要があるのか?」
「そうだな。それこそ私にもわからぬ。私としてはこの戦いの意味の是非について考えてもむなしいことだ。だが、最初に伝えたとおり疑問は持っておる。そう、貴殿ら人類も失礼ながら疲弊し、退廃しているように見えるのだ。だが、いざこのミッションに臨むとなると、それはそれは素晴らしいチームワークを見せる。その感情や意識はどこから来るのだろうか。それがわかれば我々も一歩進めるのではないか、とな」
「それは、地球を手放したくないからに決まってる。僕らは地球を失って生きていくすべを持たない」
「ふむ、確かにそうだ。だが、到底それだけではこれだけのミッションをこなすことはできぬだろう。アスカをはじめとした、各戦士たちの奮闘は素晴らしいものだ。そうだな、私がこのミッションに疑問を持ちつつも楽しんでいるのは、アスカの剣技に惚れているから、ということかもしれぬ」
「明日香の?」
「そうだ。彼女の死地に赴かんとするあの気迫。一瞬たりとも隙を見せれば、闇に吸われる、ギリギリの一線を挟んだ打ち合い。この魅力に勝てるものは、今のフェデラーにはない。そして、彼女と唯一打ち合えるのは、スルトリアの効果を無効にできる武器を作り出せる私だけ。そういうことだ」
「たった、それだけのことで……」
「大義や建前はいろいろあるだろうが、私にとってはそれで充分だ」
理解しがたかった。だが、メストは大まじめに明日香の力量を褒めたたえる。
彼から引き出せる情報は慧也たち人類の常識的範疇では全く理解が出来ない。それでも、聞き続けることしか慧也にはできない。
「他に聞きたいことはあるか?」
「ああ、たくさんね。それこそ、一日や二日では聞ききれないほどあると思う。だけどすべてに答えてもらえるわけではないだろうし、僕の理解を超える話の方が多そうだ」
「そうであろうな。我々と貴殿らではそもそも生きてきた尺度が違うのだ」
「そこは理解できる。ただ、これだけは聞いておきたい。 今回のターゲット、実は明日香なのでは?」
ぶっ、とメストは含んでいたお茶を吹き出した。あまりにもベタなリアクションに慧也は唖然とする。その視線に気づき、メストは、
「いや、やってみたかったのだが。地球人はよくこういう驚き方をするというではないか」
「しないよ」
「なんと! まことか? 情報ソースが間違っているのか……」
一人ぶつぶつと言って首をかしげる。明日香の言っていた通り、彼のソースはどうやら偏っているらしい。
「それはそうと、その質問だが、そうとも言えるしそうでもないとも言える」
「というと?」
「貴殿はサムダの若きホープだ。潰すことでアスカや、その他のサムダの連中に心理的影響を与えるだろう。だが、私はそれよりも、感情を表に出さぬアスカが、感情を取り戻した時に振るう剣を見たかった。故に、今回はあのような下衆をミッションに招き、先刻の『寂寥の記憶』で明日香の心を揺さぶってみたのだ。この二日、随分と変わって来たのではないかね?」
確かに、明日香は変わってきた。だが、それはかえって脆さに繋がりはしないだろうか。メストの思惑通りに物事が進んでいるかどうかはわからないが。
「結局は、全てあなた方の娯楽のためにコントロールされていると、そういうことなのか?」
「どう取ってもらっても構わぬ。我々は地球移譲などどうでもいいが、ミッションに負け越せば貴殿らは地球を失う。そういうルールだ。好むと好まざるにかかわらず、我々に付き合ってもらうことになる」
超然とした高みから地球人類を見下ろしている。それがこのミッションの印象であり、慧也のその考えはほぼ間違っていないようだった。さしたる情報も譲歩も引き出せない中、それでも慧也は一連の会話で一筋の光条を見出していた。
「では、我々には不利な条件の中勝ち進むしかない、ということになる。そこで、少々お願いがある」
「願い? ふむ、面白い申してみよ」
超然であるが故に鷹揚。それがフェデラーの、いや、メストの性格だと看破した慧也は、少しでもミッションに対する有益性を高める提案を思いついていた。
「もし我々人類が勝ち越しても、得るものは何もない。もちろん、ミッション中に与えられた未知の技術は有益だ。だが、それとて、地球一つのチップに対しては対価として小さすぎる。僕は要求する。勝ち越しが決まった時、明日香たちの身体をもとの人間に戻す技術が欲しい、と。あなた方なら可能だ、と判断する。それと、このミッションに勝利した場合、僕の記憶はとどめておいてほしい。今後、彼女たちと共にあなた方と戦いたい、というのが僕の意思だ」
メストはしばらく何も言わなかった。そして、ゆっくり、ゆっくりと口の端を引き上げ、小さな笑いをもらす。それはやがて哄笑となった。
「ふ、ふふふ、ふははははは! 面白い! 面白いぞ神波慧也! これは良い提案だ。ますますゲーム性が高まり、貴殿らの本気度も上がるというものだな。それに、ルールにのっとるだけのミッションにも飽きがきていたところだ。貴殿が指揮官なりなんなり、彼女たちの統制を取るというのも面白い。ミッションに幅が出る。良かろう。何とか計らうように尽力はしよう。だが、こちらも一つ条件を付けたい」
「何を?」
メストはそこで居住まいを正し、顔を慧也の眼前まで近づけ声をひそめて言った。
「万が一貴殿らが勝利したその暁には、貴殿らは私につけ。そして、人類に負け越した腐りきったフェデラーを私の手中に収めるべく力を貸せ。彼女たちを元に戻すのはそれからだ」
「な……」
唖然とする。いきなり何を言い出すのか。
「あなたはいったい……」
メストの真意を測り兼ねた。だが、彼がそれに答えるはずもない。
「さて、話はここまでだ。なかなか有意義だったぞ、神波慧也。まだミッションは残っておる。こちらも馴れ合いをするつもりはない。せいぜい気を張るがいい」
「ちょ、ちょっと待……」
慧也が言い終わるまでもなく、視界が歪んだ。
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