第25話
「ああああああああっ!」
絶叫を上げ、頭を抱えながら明日香はうずくまっていた。
宅配の小包は中から爆(は)ぜたように開封され、周囲には小さな時計のようなものが落ちている。それらは数体あり、明日香の周囲を取り囲んでいた。
「いやあああ! 見ないで! 見ないでください! 私の! 私の身体! どうしてこんな! いやあああ!」
錯乱していた。明日香には今何も見えず、聞こえず、自身の心の内にある記憶にとらわれてしまっている。
「明日香!」
「あ、明日香っち!」
「あかん!
藍那が咄嗟に慧也と深月を押しとどめる。
紅い夕闇で絶叫する明日香の姿。それが自立型ゾイノイドによって引き起こされているものだと、藍那は看破していた。
「あの時計、あれが多分ゾイノイドや。記載されてた新型のどっちかわからんけど、精神攻撃を主とするタイプみたいやな。やっかいや」
藍那は現状を冷静に観察する。情報処理に特化された彼女の力はこういう時にこそ力を発揮する。
「全部で八体。ほぼ等間隔に配置。やっぱり結界内効果型やな。さて、一体でも壊したら結界は解けるんかな……」
藍那は考える。結界を構成する点がなくなればその効果がなくなるタイプか、それとも、結界に異変が生じた際に次点として、何らかの挙動をするタイプか。後者なら厄介だった。
「あ、うあああ……」
明日香の様子が変わってきた。自分で自分の両肩を抱きしめるように腕を交差させ、ガタガタと震えはじめる。何かの衝動を抑えているかのように見える。
「あ、藍那、明日香が……」
「わかってる。でも、下手に手を出すわけにはいかん。見極めが肝心や」
そうは言いながら、藍那も焦っていた。時計自体は動かない。ただ、黙々と歪な時間を刻んでいる。
「あうっ!」
明日香が短い叫びを漏らす。ほぼ同時に、背中から滑空用の翼が広がる。
「いやっ! 見ないで! こんなの、私の身体じゃないのに!」
絶叫する明日香の手足は、本人の意思とは無関係にガシャガシャと無機質な機械音を響かせながら次々に兵装を展開させる。
前腕部からは鋭利な仕込み刃、ふくらはぎからはロケット・ブースター、上腕部からは盾、あらゆるものが明日香の身体から溢れ出た。
「違う! これは私じゃない! 私じゃないのおおおお!」
明日香のその様は、やはり人間の身体ではないことを否が応でも突きつけられる。深月はその姿に自分を重ねたのか、正視できずに目をそらす。慧也はただ絶句する。
「ちっきしょ、何なんだよこの野郎どもは! ひでえじゃねえか! これは心の凌辱だ! あたいらの一番見られたくない姿なんだぜ!」
深月は憤る。一つ一つの兵装を戦闘に応じて展開している内はまだいい。だが、すべてのギミックを同時に動かせば、そこにあるのは異形の者でしかない。それだけで、自分が機械であることを、人ではないことを思い知らされる。
自分は兵器だと言い聞かせ、心を閉じてきた明日香にとって、それは精神のレイプに等しい。
藍那は明日香の精神が焼切れる前に決断した。
「……深月ちゃん、八体全部同時破壊、できるかな?」
「同時って……よし、ちょっと待ちな」
深月は右目を開いて銃を構える。ターゲット・サイトにさまざまな情報が表示され、解析されていく。八体の時計は視認できている。距離も把握できる。
「誤差〇・二秒でいけるぜ。やるかい?」
「うん、やって!」
深月はグレネードの発射ボタンを押す。短いスタッカートで、正確に八発の射出音が響く。ほぼそれと同時に、八体の時計は砕け散った。見た目には完全に同時に破壊されたように見えた。
「あ、明日香!」
「明日香っち!」
「明日香ちゃん!」
結界が効果を失い、明日香はぐったりとその場に崩れ落ちた。真っ先に駆けつけ、明日香を助け起こしたのは深月だった。そして、その後ろで藍那が慧也の接近を阻んでいた。
「ごめん慧也はん、せめて近くで見んといたって」
小柄な少女は、思いつめたような表情で慧也を見上げた。深月の背中越しに少しだけ見える明日香の身体は、まるで壊れたおもちゃのように様々な部品を無造作にさらけ出している。
「でも……」
「お願いや……」
藍那の真剣で、懇願するような瞳に気圧され、慧也は一歩身を引く。
「わかった……彼女を頼むよ」
「ありがと、慧也はん」
藍那は、明日香を抱えて部屋に向かう深月についていった。慧也は、ただ自分の無力さにいら立ちを覚える。
どんなに兵器開発に優れた手腕を発揮しようが、どんなに天才と褒めたたえられようが、現実に彼女たちの持つ絶望に対して、何の手助けもできない。
「ちくしょう!」
真っ赤に染まる玄関ロビーに、一人たたずんで床を蹴った。
今までどのようなミッションが展開していたか、慧也は経験していない。だが、彼女たちは経験してきている。その中でも、今回のミッションにおける明日香の心理の変化は彼女たちだけでなく、初対面の慧也ですらわかるほどに急激だ。
これは、もしかすると、実は明日香にターゲットを絞ったミッションなのではないだろうか。慧也はそんな考えも芽生えていた。
「やっぱり、行くしかないか」
慧也は覚悟を決めた。ルールブック第二版に記載されている敵方の拠点。このどこかにメストがいるかもしれない。危険を承知で訪ね歩き、彼に話を聞きたい。
「待っていろ、メスト」
慧也は護身用の武器を取りに戻ろうと踵を返した。その時。
「私に用があるのかね? 神波慧也」
「!」
慧也は弾かれたように振り返った。
朱色の空をバックに浮かぶ長身のシルエット。風にたなびく長髪。
「メスト!」
叫んだのは慧也ではなかった。
「慧也っちは来ないし、万が一を考えてきてみたら! 何をしに来やがった!」
グレネードを構え、深月が慧也の前に躍り出る。ただ、ここで引き金を引けば即戦闘開始になり、一撃で倒さない限り深月に勝算はなかった。まして、後ろに慧也を抱えてメストとやり合うのは深月にとっては得策ではない。
それを知ってか、メストの表情には余裕さえある。
「ふむ、投入した自立型ゾイノイドの効果を見物していただけだ。おかしくはあるまい?」
「てめえ! 明日香っちにいったい何をした!」
「私は何もしていない。彼女が自分の記憶に基づいてつぶれてしまっただけだ」
「なんだと!」
深月は思わずトリガーにかかる指に力を込めた。だが、めざとく見つけた慧也がそれを制す。
「ミヅキよ、彼は私に用があるようだが?」
「だから? はいそうですか、ってわけにはいかねえよな」
「いや、深月、ここは下がってくれ」
「な、なんだって? 正気か慧也っち」
「ああ、正気だよ。彼は僕らの敵だ。だけど、妙な言い方だけど、信頼できる敵だ。一つ、男同士の話し合い、と行こうじゃないか、メスト」
深月を押しのけ、慧也はずい、と前に出る。その様子を興味深げにメストは見ていた。
「ふむ。男同士の話し合い、とな。良い響きだ。よろしい、約束しよう。神波慧也は無事に帰そう。故に、ここは邪魔をせんでくれんか? ミヅキよ」
「く……しかし……」
「深月、大丈夫。僕はちゃんと帰ってくるよ。さあ、メスト、邪魔の入らない所へ連れて行ってくれ」
「承知した。ではこちらへ来い、神波慧也。ともにゆかん、会談の場へと」
メストが手を差し出した。慧也はそれを取る。
瞬間、慧也の視界が揺らぎ、今まで感じたことのないような奇妙な浮遊感を味わった。
遠くの方で、深月が自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
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