第18話
九時を過ぎようかという頃、部屋には
明日香はまずはフィーフィールトの殲滅に向かった。深月は建物の外で警戒に当たっている。
「んで、慧也はんは何を知りたいん?」
明日香に言われたとおり、藍那は慧也の情報収集に付き合っていた。
「すべて。ミッションや、サムダ、フェデラーなどの出来る限りの情報を知りたいんだ」
「全てってゆうてもなあ、セキュリティレベルの高いやつは、ウチも照会でけへんよ?」
「構わない。まずは、ミッションの全貌を知りたいんだ。今までのミッションのデータを持ってるって聞いてるけど」
「はいはい。んじゃ、慧也はんのパソコンとウチをつなぐから、ちょっと長めのUSBケーブルある?」
「え?」
慧也は素っ頓狂な声を上げた。
「今、なんて?」
そして、もう一度問い直す。
「ん? ウチとパソコン繋ぐから、長いケーブル欲しいんやけど」
「ああ……、うん……」
聞き間違いではなかったようだ。昨日からこちら、かなりの異様な出来事には慣れてきたつもりだったが、とうとうパソコンと繋がるような人が出てきたか、と慧也は内心諦めた。
「パソコンはノートでいいかな? ケーブルはこれくらいの長さで足りる?」
「ええで。ほな、慧也はん、ちょっとあっち向いててくれへん?」
「え? どうして?」
「繋ぐところ、見られると恥ずかしいねん……」
頬を染め、恥ずかしそうに俯き、上目づかいで見る藍那に一抹の不安を抱きつつ、慧也は言われたとおりにした。
しばらくすると、衣擦れの音が聞こえてくる。
(脱いでる?)
慧也はその音から想像して、そう思った。
「んっ……」
次には何やら艶(つや)っぽい呻きが聞こえた。
(な、な、何をしているんだ!)
やにわに胸が高鳴る。いったいどこに接続しているんだろうか。
なんとなく、背後の少女の息遣いが荒くなったように思える。
そして、再び衣擦れの音。服を着ているようだ。
「え、ええよ、慧也はん、こっち向いても」
期待と不安、欲望と自制、なんだかいろいろない混ざった状態で、慧也は振り向いた。
藍那は椅子に座っていた。服装はもちろん、さっきと何も変わっていない。だが、心なしか頬が紅潮しているようにも見える。
慧也のノートパソコンには、件のケーブルが繋がっている。思わずその接続先を視線でたどっていくと……
(ス、スカートの中?!)
ケーブルの先は藍那の両足の間からスカートの中へと消えていた。藍那は恥ずかしそうに視線を伏せている。
「あ、あのな、慧也はん、気にせんとってな。簡単に情報が漏れへんように、ちょっといろいろ、なあ……」
もはや顔が真っ赤だ。もし慧也の想像通りであれば、無理もない。
(こ、これは、うわさに聞く羞恥プレイの一種なのか?)
真面目一辺倒で女の子に耐性がない慧也ではあったが、女の子に興味がないわけではなかった。人並みの知識もあれば、それなりの男としての性欲もある。
(くっ、今はそれどころじゃない)
必死に自制心を立て直し、気にしていないふりをしてパソコンを操作する。
「こ、ここからどうすればいいんだい?」
「えーと、まずはUSB認識されてるフォルダを立ち上げて。パスワード認証が出るから、そこには『Song for Aina』って入れてみ」
慧也は言われたとおりに打ち込み、リターンキーを押す。
「ひゃんっ!」
同時に藍那が嬌声を上げる。慧也はびっくりして文字通り飛び上がった。
「ど、どうしたの?」
「あ、ご、ごめんなあ、フォルダへアクセスする電流刺激が、ちょっと……ん……」
慧也はドギマギしていた。見かけ小学生ほどの女の子が顔を真っ赤にしながら、色っぽい声を上げる。ましてやコードの消えている先は……
(なんだか犯罪チックだ……頑張れ僕の自制心)
モニタ上にはPDFによる報告書のファイルがずらりと並んでいた。第一次から前回まで。ファイル番号を追っていくと、いくつかの欠番があるように見えるが、今はそこを追及している暇はない。
第一次のファイルを開く。
「……あんっ」
クリックすると、藍那がびくっとする。やりにくさを感じつつ、慧也はその資料に目を通す。
「ミッションの開始は七年前の六月。第一次は明確なルールもなく、一対一の格闘ミッション。それぞれが第一世代のヒューマノイド・ウェポンとゾイノイドを投入、フェデラー側の勝利で始まった、か」
少し時期を飛ばし、一二五次のファイルを開ける。
「んっ……」
クリックすると、藍那がびくっとする
「約四年半前か、このあたりでは今のミッションに近いルール性があるな。ミッションに関わる人数も増えてる。展開も多様性がみられるな」
続いて、サムダの組織図をクリック。
「……っ」
クリックすると、藍那がびくっとする
やりにくい。非常にやりにくいと慧也は思う。
「あ、あの、だ、大丈夫なの、かな?」
ギュッと足を閉じ、目をつぶったまま真っ赤な顔をして何かに耐えている藍那は、見ているだけで何か邪な気持ちがふつふつと沸いてくる。
「あ、だ、大丈夫やで、気にせず、続けて……」
「いや、気になるから。気が散って仕方ないし……取りあえず、ファイル開くたびに辛いんなら、いっそデータコピーしてもいいかな? 後でローカルでゆっくり検証するから」
「別に、辛いわけやないんやけど……ええよ、コピーできるもんはしてくれて。でも、来週になったらそのファイル消えるで、多分」
「構わないよ。今知りたいから。じゃあ、コピーするね」
慧也は大量のフォルダやファイルを選択し、一気にコピー&ペーストする。
ハードディスクが唸りを上げて回転し、ローカルエリアにデータを書きこんでいく。
「あああああっ! んんっ!」
藍那が激しく嬌声をあげてのけぞった。
「えええっ! あ、藍那クン、ちょっと!」
コピー&ペーストで大量のデータをダウンロードすることになったのが、強い刺激になってしまったのか、藍那は悶絶していた。今にも椅子からずり落ちそうだ。慧也は慌てて彼女の体を支える。
「ああ……、慧也はん、ごめんなあ。コピー終わるまでちょっと抱いとって?」
「う、うん、わかったよ」
自分の二の腕の中で小柄な少女が苦悶とも喜悦ともわからない表情で悶えている姿は、お年頃の慧也にとっては刺激が強かった。ムラムラとした感情がないと言えば、ウソになる。
ノートの画面を見ると、コピー完了まであと数分。藍那は足を閉じてもじもじとしながら、声をもらすまいとギュッと唇を一文字に結び、目を瞑って耐えている。
「も、もうすぐ終わるからね。もうすぐ」
「あ、あかんよ……もう、むりぃ……慧也はん、お願い……」
何のお願いなのか。
慧也の脳細胞はパンクしそうなほど、そのお願いの意味を検索した。その時、ノートパソコンから、コピー終了を知らせる電子音が鳴る。
「お、終わった! 終わったよ! もうケーブル抜いていいからな。ああ、後ろ向こうか? なんなら部屋から出ようか?」
慧也はすんでの所で自制心を取り戻した。危なかった、と、正直冷や汗をかく。
「ちっ、なかなか手強いお人やなあ。ええ悪戯やと思たのに。さすがはあの明日香ちゃんを袖にしただけあるわ。慧也はん、男としてどっかに欠陥ないか? 大丈夫か? 実は男が好きとか?」
「え?」
藍那は首の後ろに手を回し、ケーブルを抜いた。抜かれたそれは、彼女のワンピースの内側を通り抜け、スカートの中から落ちた。
「ええ?」
慧也は狐につままれたような顔で、藍那を見つめる。藍那は悪戯っぽく笑った。
「ウチ、こう見えても演技得意やねん。でやった? 慧也はん、どこに繋がってるって思た? 言うてみ?」
「どこって、いや、その」
「言うてみ?」
食い下がる藍那。
「そ、それは」
ごまかす慧也。
「言うてみ?」
さらに食い下がる藍那。
「……許して下さい、僕が悪かったです」
負けを認める慧也。今度はこっちが羞恥プレイかよ、と思いながら、さすがに反駁できずに床に手を着いた。
「あ、データは印刷しといたほうがええで。聞きたいことがあったら、何でも聞いてや。ウチも慧也はん合格にしといたるわ」
藍那は勝ち誇ったような顔で、そう言った。
「はい……そうします……」
慧也は完敗を認め、顔を上げる気力も潰えて突っ伏した。
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