第14話

 深月みづきは部屋に戻り、作業を続ける慧也けいやの身辺警護を務めていた。


 明日香が帰ってくるまではここから動けない。


「ね、ねえ、み、深月」


「ん? どしたの?」


 顔を赤らめながらしどろもどろに話しかけてくる慧也を見て、深月はにんまりしながら、


「あ、続きしたいの?」


 といいつつ、上着のボタンに手をかける。だが、慧也は慌てて制止する。


「い、いや、そうじゃなくって! あ、明日香は大丈夫なのかなって」


「あん? なんだ。そっちかい。大丈夫だよ。あれでも一三体の中では一、二を争う手練れだからね。スルトリア見ただろ? あの黒い剣」


 深月はつまらなそうにボタンを外すのをやめる。


 慧也は最初の『路傍の闇』襲撃の時を思い出し、頷いた。慧也は兵器開発の専門家として、相当数の武器兵器を知っている。だが、そのどれにも属さない、特殊な系統の武器だと感じていた。


「あの剣、一体どういう構造であんな効果を生むんだ?」


 路傍の闇がスルトリアに触れた瞬間、闇が闇に消えていく様を思い出し、慧也は問う。


「わかんね。だって、あたいが作ったわけじゃないし」


 ごもっともな回答だった。


「ま、一種の極小ブラックホールみたいなもんらしいんだけどね。取りあえず、メストの武器以外はあれに触れられる物質はないんじゃねえ?」


 補足説明的に深月は付け足した。


 そもそも、彼女たちの機械化部分の技術自体が、慧也にとって未知の世界だ。


彼女たちを人として見つつ、やはり兵装や構造に興味を持ってしまう自分には、この一日だけでいささか自己嫌悪に陥りそうだった。


「ま、あたいの眼もそうだけどさ、そもそも自分の身体にどんな技術が使われてるとか、よくわかんねえんだよね。例えば病気で手術して治っても、どんな手術したとかどんな薬使ったとか、気にしねえだろ?」


 またまたごもっともな意見だ。


 考えてみれば世の中割とこんな感じだ。蛇口をひねれば水が出るし、コンセントからは電気が取れて、テレビの電源を入れると何らかの放送が入る。


 技術として確立されている物でも、知らない人はその構造は気にせず使う。そして、普段何気なく使っていても、その構造を知らない者が作り出すことは出来ない。


 技術とはそういうものだ。確立されれば誰でも使える。だが、知らなければ生み出せない。そして、技術者の端くれである慧也は、それを最もよく知る立場の人間だ。


「うーん……」


 慧也は考え込んだ。しかし考えても始まらないので、出来ることから始めることにした。


「まーくやしいねー。あたいの魅力は明日香っちには及ばねえかあ。据え膳が目の前にあんのに、他の女の心配されちゃあ立場ないなあ」


「え? い、いやそういう訳じゃないですよ? 深月も十分魅力的だし……」


「へーへー、男はみんなそう言うんだよなあ。まあ、明日香っちのあの保護欲全開、護ってあげたいオーラは半端ねえしなあ。あたいらもめちゃくちゃにしてやりてえ、って思うし。よし、許す」


「言ってる意味が解らないよ……」


 慧也は頭を抱えつつ、作業台の上に乗っている兵器の整備を再開する。


「ところで慧也っち、さっきからいじってるそれ、何?」


 作業台の上に鎮座ましましている人の腕ほどもある筒状物体を指差した。見た目に兵器とはわかるが、どういう種類の物かまでは深月にはわからない。どうやら砲筒のように見えるので、射撃の深月には興味をひくものだった。


「これはね、振動砲っていうんだよ。物体を原子レベルで揺さぶって崩壊させるって兵器でね、研究中なんだけど何とかもう少し扱いやすくならないか、ってね。効果見てみるか?」


「え! マジで! 見たい見たい! やっぱ、撃つのは男のロマンだよなあ! あたい女だけど!」


 深月は一人ボケ突込みをしながら、慧也と共に振動砲を射撃試験室へと運び込む。


 試射用のコンプレッサーを回し、電源を接続。


模擬標的は五〇センチ四方のコンクリートブロック。


「いいか? 割とすぐに効果が出るから」


 慧也は振動砲のスイッチを入れる。撃つ、というよりは照射という感じだ。コンクリートブロックの中心に振動砲から放たれている円形の光が当たる。


 照射されている箇所が見る見るうちに小さく振動し、ドロドロと溶け落ちていく。一分とたたないうちにコンクリートブロックを貫通し、綺麗なトンネルを形成する。


「ほえー。慧也っち、やっぱ天才? 頼りなげだけど、やるね~。これもう実用化するん?」


「研究室レベルではこの通りだけどね。野外、特に戦場で使用するにはまだ必要電力が大きすぎて現実的じゃないんだ。これは第二世代で、もう少し消費電力を抑えることに成功した第三世代は、今朝の砲撃で吹っ飛んじゃったよ。向こうの研究棟にあったからね」


「じゃ、ちょっと古いんだな?」


「そうだけど、技術的にそんなに変わってるわけじゃないから、これをベースに第四世代に移行させようと思ってる。電力を抑えるには射程距離か振動周波数の選択域か効果範囲か、何かが犠牲になる。けど、逆に何かを抑えて何かに特化させることで大幅に電力カットは出来るはずだから。あとは、その割合と言うかバランス調整だな」


「よくわかんねえけど、頑張れ」


 深月はにかっと笑って慧也の頭をぐりぐり撫でる。その時、部屋の扉が開く音がした。二人はその音に慌てて振り返る。


「ありゃあ、明日香っち、なんてかっこだい」


「う、うわ、明日香、そのかっこ……!」


 慧也は慌てて後ろを向き、目をそらした。両腕で隠しているものの、セーラー服の胸の部分が完全に破れて露出しているのがわかった。小さく幼い谷間が、それを覆っている腕の隙間から見て取れた。その他も、多くの破れ、裂け目が入り、服としては終了していた。


「ふ、不覚を取りました。深月、私の替えの服、バックに入ってますから、取ってもらえますか?」


 はいよ、と、深月は明日香のバッグから服を放り投げる。明日香は受け取った服に着替えようと、破れた上着を脱ぎ始めた。


「お、明日香っち生着替え~。ほら、慧也っち、チャンスだ、うっかり振り向け!」


「振り向いたら、ミッション終了ですよ、慧也様」


 明日香が先に釘をさす。


 とどのつまり、慧也は生着替えの衣擦れの音を聞きながら、何の面白味もない壁を凝視することしか出来なかったのである。

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