第11話
買い物を終えた昼下がり、三人はようやく昼食にありついた。ほぼ完全に
「いやあ、慧也っち、料理上手いんだねえ。いいお嫁さんになれるぜえ」
「全くです。料理の才能はお認めいたしますわ」
二人の感想に慧也は、いや、兵器開発が専門なんだけどね、と内心つぶやく。
「上手いっていうか、自分が必要に応じて覚えただけなんだけど。それより、二人とも女の子なんだし、もう少し料理覚えてもいいんじゃないか? 何なら教えてやろうか?」
瞬間、空気が凍った、様な気がした。
「女の子……」
「……ですか」
気まずい沈黙。
「あ、あの、なんかまずいこと言ったかな? そ、そうだよな、料理できなくっても、それが女性の価値の全てじゃないよな……」
「論点はそこではありませんわ」
明日香がピシャリと制した。
「女の子、と言うのは人間に対して使う呼称です。私たちはただの兵器です」
「いや、でも……」
「ま、船なんかは女性名詞使うし、別にいいんだけどな」
若干フォロー気味に
「あ、あの、深月……」
「気にすることないよ、慧也っち。あの娘、つとめて自分が機械って言い聞かせて、いろんな感情をねじ伏せてんだよ。良くない事なんだけどね、ほんとは」
「その……聞いていいかな?」
「あん?」
慧也は意を決して、深月に問う。彼女なら、明日香よりは大人の受け答えをしてくれると踏んだからだ。
「君たちは、どうしてこんなミッションに関わり、兵器として生きているのかな?」
爪楊枝で豪快に歯の掃除をしていた深月は、それを咥えたまま、頭の後ろに手を組み、ぽすん、とソファーに寝転んだ。
「それねえ、なかなか話しづらいんだわ。なんかいろいろ、難しい感情が沸いてくんのよねえ。明日香はそれもあって、意識的にあんな無感情を装ってるんだけど、たぶん、それは大きな感情の裏返しなんだと思うんよね。あたいは結構開き直ってるけど、それでもこの話はなかなかしづらいんだ、ほんと」
慧也とは視線を合わさず天井を見つめ、寝っ転がったまま足を組む。口元では爪楊枝を上下させながら、深月は言った。そして、開いている左目の視線だけを慧也に戻す。
「聞きたい? 後悔しないかい? 君は」
後悔? 慧也はその言葉に心臓を鷲掴みにされたような動悸を感じた。この話を聞いてしまえば、闇の世界から抜け出せなくなるかもしれない。そんな恐怖すら感じた。だが、それでも。
「聞きたい」
深月はむくり、と起き上がり、爪楊枝をゴミ箱に吹き捨てた。
「話すと長いんだけどねえ。ま、フェデラーが突如人類に接触したのが八年前、それはもう子供でも知ってるよな」
「だろうね」
慧也は短く相槌を打つ。
「そこから人類に対して地球を移譲しろ、猶予はやるから速やかに出て行け。って布告を出してきて、それに対して人類は交渉を開始すべく、フェデラー対策国際評議会を設立した。これがサムダの前身。ここまでは知ってる?」
「もちろん、僕だってサムダの一員だ。沿革くらいは知ってるよ。そして、サムダは現在もフェデラーと交渉を続け、人類はかろうじて地球に留まることを許され、サムダの外交交渉力は世界に高く評価されている、っていうのが公称されている情報だよな」
「そ。でもさ、現実はこれなわけ」
深月は右人差し指を少し離れた壁にかかっているタペストリーに向ける。慧也がその方向に視線を移した瞬間、その指先から一瞬の光が放たれる。タペストリーのひもが切断され、それは落下した。
「あ……、それは……」
「レイガンさ。あたいは手元に銃器がなくても、これでかなりの戦闘をまかなえるんさ。電力食うからあまり多用は出来ねえけどさ。これが使えなくなっても、指弾でも殺傷能力を持たせることが出来る。小石やコインでも戦える」
まさに全身兵器、と言ってもいい能力だった。
「でも、それならさっき、メストを仕留めることもできたんじゃ?」
河原での対峙。あの時、ほぼ目の前のメストに対して、深月はこのレイガンを突き付けていたのに、と慧也は訝しむ。
「いや、無理。あの距離でも当たる前にこっちがやられる。明日香っちが撃つなって言ってたろ? ま、あれは気休めにしかならないよ」
想像を絶する話だが、彼女たちがそう言うのだから、そうなのだろう。慧也は生唾を一つ飲み込んだ。
「ま、話戻すけどさ、あたいは一〇体目だから、改造技術もかなり進歩してて兵装の格納やなんかもきれいにできるし、見た目普通と変わんないけどさ、一体目の娘なんか、ほとんど人体実験だし、いろいろおぞましい話も聞くよ。もちろん、見た目も一目で人じゃないってわかるらしいし。あたいも会ったことないし、写真その他の資料は閲覧禁止なんで、よくわかんないけどさ」
「そんなことが……どうして誰も何も言わないだ? 人権蹂躙なんてものじゃない」
「いや、だからさ、さっきも明日香っちが言ってたけど、正義は何も解決しないんよ。人類全体の運命とたった一人の、まず回避できない死に瀕している女の子の命なんて、どう頑張っても釣り合わないんよ」
「死に、瀕している?」
慧也は深月の言葉の中の単語に引っかかる。
「そ、回避できない死、ね。あたいも明日香っちも、もうすぐ来る藍那(あいな)も、一三体のヒューマノイド・ウェポンはみんなもとは死にかけた女の子、ってわけ。いや、もう実質死んでた、っつった方がいいかな」
深月は肩をすくめた。その表情には悲嘆も悲観もなく、場違いなほどあっけらかんとしたものだ。
「あたいの場合は飛行機事故。正直、ほぼ死んでたらしいよ」
「え……」
「飛行機事故の酷さって、想像できるかい? バラバラだよ、バラバラ。あたいが人間だった時に見た最期の光景はね、自分のちぎれた腕が目の前に転がってたよ」
あまりの事に、慧也は二の句が継げなくなる。しかし、深月はそれをこともなげに話している。
「その後すぐ意識を失って、ていうか、普通ならいわゆる死んじゃって、ってことになるんだろうけどさ、次に意識を取り戻した時には、綺麗さっぱりこの身体ってわけ。いやあ、正直びっくりしたね」
「びっくりってレベルじゃないと思うんだけど……」
明るく話す深月だが、それは意図しての物だと慧也は思った。こんなことを聞いてよかったのだろうかという後悔の念がすでに頭をもたげてくる。しかし、深月は続ける。
「あたいは自分の『遺体』の写真も見せてもらったよ。いやもう、他人事のように不思議な気分だった。最期の記憶通り、両腕はなかったね。足も片方なかった。顔に至ってはこっち半分はもう……ね」
そう言って、右半分の顔をなでる。慧也にとっては想像するだけでも悲惨な光景で、直視できるかもわからないものだ。
「変だと思うだろ? 自分の遺体を見た女って。でもさ、もう人間じゃなくなったんなら、人間としての最期の姿くらい見ておきたかったんさ」
闊達でさばさばしている深月の表情が、一瞬曇った。片方しかない瞳が、何か遠くを見るように潤んでいる。
「それで、だね。あたいは生体パーツの半分以上を機械に交換されて、晴れて兵器として甦ったってわけ。その代わり、人としてのあたいは死んだことになってるし、人権なんてものもない。でもさ、あのままならホントに死んでんだよ。だから、感謝って程じゃないけど、一応今を楽しみながら生きてる、いや、存在している、ってのかな?」
「そ、それは……」
「あっはっは! 答えなくていいさ。ごめんよ、困らせるつもりはないんだぜ?」
「ご、ごめん。じゃあ、その右目はやっぱり……修復できなかったってこと、なのかな?」
「んふふ、見るかい? 命と引き換えに兵器になった女の姿を」
そう言って、深月はゆっくりと右目を開けた。そこにあるのは瞳ではない。ましてや空洞でもない。薄いグリーンの蛍光色に光る、標的照準器(ターゲット・サイト)。それが深月の右目に内蔵されている。
「こいつのおかげで、あたいの射撃は百発百中さ。どんな銃器にも対応できるし、目視できてりゃ距離はほとんど関係ない。スコープ内の映像の揺らぎから、風の影響やターゲットまでの距離、それに伴う弾道計算まで一瞬さ。暗視サイトにもレーザーサイトにもなるし、望遠もできる。こいつのおかげで何度命拾いしたか知れないさ」
その薄いグリーンの光は、作りの良い少女の顔に大きな違和感を与える。慧也は声もなくその姿に見入っていた。
「そんなに見つめるなよ、恥ずかしいじゃん。一応これでも普段は気にしてるから、こっちの眼は閉じてんのさ。こっち側は機械作りだから、閉じっぱなしでも苦にはならないからね」
兵器たる右目は再び閉じられた。片目が閉じっぱなしと言うのは、本来であれば奇異な印象を受けるかもしれないが、彼女の場合、こちらの方が自然に思えるのはなぜだろうか。それだけ、ターゲット・サイトの眼と言うものは、少女に似つかわしくない物なのだろう。
「深月、すまない……なんだか余計なことを聞いてしまって」
「いいさ、別に。こんなのはホントに序の口なんだ。この一週間で、君は何を感じるのかな? ま、最もミッション終了後には全部忘れちゃうけどね、この話も全部さ」
そうだった。慧也は今更ながらに思い出した。
どんなに彼女たちの事を知り、どんなに今起こっていることを調べつくしたとしても、すべて消されてしまうのではその後につながらない。それは困る。
慧也はこの一日弱、明日香と深月を知ったことで、サムダの上層部の背景やフェデラーとの関係をもっと知りたい、いや、知らなければ、と思った。しかし、知ったところで彼女たちの力にはなれないのなら、知らない方がいいのか。
「それでも……」
「あん?」
「それでも僕は、知っておきたい。いろんなことを。たとえ記憶操作されるとしても、この一週間はみんな共に戦う仲間じゃないか。僕だけ何も知らない、と言うわけにはいかない。他にも、いろいろ知りたい。教えてくれないか」
慧也はまっすぐに深月の眼を見て、教えを乞う。面食らったのは深月の方だ。
今までいくつかのミッションで救命ミッションに参加した。ほとんどの保護対象者は、最初自分が抹殺対象になっていることに動揺し、次いで、護りに来た自分たちに、何としても命を護れ、と居丈高に、あるいは錯乱状態で命令する者達が多かった。
仲間とか、共闘とか、そんな言葉を口にする者は一人としていなかった。しかし、だからこそ自分たちは兵器だから、と言う実感とあきらめを持つこともできたのだ。
「よしなよ。あたいらに同情はいらないし、いろいろなことを理解してもらおうとも思わない。君は黙って護られていればいいんさ。そうだね、あたいの髪の色がなぜ赤いと思う?」
「い、いや、わからないけど……」
「こいつは、血の色さ。もちろん、あたいも元は黒髪だったさ。でもね、数々のミッションをこなしている中で、結果的に救えなかった命だってある。それを忘れないために、あたいはこの髪を赤く染めてんだ。わかるかい? そーいうの」
わかる、と慧也は言えなかった。彼女の持つ覚悟と哀しみ、それは普段の雰囲気からは伝わってこない。だが、間違いなく彼女の心の奥底には深い想いが沈んでいる。何も知らない、失っていない慧也が、軽々しくわかる、と言える世界ではなかった。
「……わからないよ。だって、僕はまだ何も失っていないし、覚悟もない。だけど、だからこそ、知りたい。知って何ができるかはわからない。けど、知らなきゃ何にもできないじゃないか……」
やれやれ、困った子だ、と深月は頭をかく。
実年齢では慧也は深月より年上だ。だが慧也のその少年のような純粋で純朴な言葉は、かえって深月を困惑させると同時に、大きな興味をそそる。
「そーいや、明日香っち、つれないのはいつもの通りだけどガン無視ってわけじゃないよな。慧也っち、あの娘の試験パスしたん?」
「し、試験って?」
「誘われたりしなかった? あるいはそれに近い状態とか。そこで明日香っちに手を出してたら、アウト! なんだなあ、これが。たいてい手を出してボコられるんだけど」
「そ、そういえば、一応合格ですって、言われましたけど」
「おおっ! 初の合格者じゃん! 慧也っちて実は男が好き? あの明日香っちに手を出さないなんて、おかしい! あたいら女から見ても生唾飲みそうになるのに、君は男としてどうなん? もしかしてあれ? 使えないとか?」
散々な言いぐさであった。だが、慧也はめげずに言い返す。
「違うわ! 僕だってかわいい女の子が横に寝てれば、それなりにムラムラするさ。けど、無節操にするもんでもないだろ」
「ほほお、なるほど、合格だ。純だねえ。いいねえ。ま、今まで保護対象者はおっさんばっかりだったし、明日香っちなんかに誘われたらまんまと罠にはまるわな~。わりと年の近い保護対象ってあたいらも初めてなんだよな」
「そ、そうなんだ」
慧也はまごつきつつ、複雑な心境だ。明日香は保護ミッションの度にああやって誘いをかけては人物を試しているのだろうか。ともすると、かなり触られたりもしたのだろうか。それはそれで何ともいたたまれない気持ちになった。
そんな慧也を面白そうに見つつ、深月は思案顔だ。
「そーだねえ」
深月は少し考えて、慧也に向き直り、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「慧也っちが、あたいを女として抱いてくれんなら、教えてあげてもいいよ」
「…………え?」
「ほらさ、あたいはこの身体になるために、いろんな奴に身体をいじくられてるからさ、今更あんまり処女性とか気にしないの。あ、でも、一応気持ちの上ではあたいは処女だぜ? なんせ、死んだの一二の時だから経験はないしねえ」
「いや、あの、その」
明日香以上にストレートな深月に慧也はあたふたしながら、これも罠か、とも考える。
「あたいは君がちょっと気に入っちゃったよ。どうだい? 一つお楽しみはいかが~?」
言って、深月は上着のボタンを外し始める。
「え? いや、それは……」
「いーからいーから。女が誘った時は恥かかすんじゃないよ~」
上着を脱ぎ終え、小さなふくらみを覆うスポーツブラを脱ぐ。深月が上半身を脱ぎおえ、慧也ににじり寄ってその首にしなだれかかる。
「んふ~、慧也っち、初めてかな?」
きゅっと抱きしめられ、露わになった深月の双丘が慧也の胸に押し付けられる。
「み、深月、ちょ、ちょ」
「ちょっとお待ちなさい!」
慧也が言おうとした言葉が、突然扉を開けて入ってきた明日香によって取って代わられた。
「あう。明日香っち、もう帰ってきたん?」
「保護対象を誘惑してどうするのです! そんなことでミッションを乗り切れると思ってるのですか!」
「いっつも最初に誘惑して試すの明日香っちじゃんか。それにさあ、慧也っちかわいくない? なんなら明日香っちも一緒に食べちゃわない?」
「か、かわいくないし、食べません! 深月もさっさと服を着て警戒に出なさい!」
「ちえ~。じゃ、慧也っち、話はなかったってことで」
深月は屈託のない笑顔を残し、何事もなかったかのように手早く服を着直し、マシンガン片手に部屋を出ていった。あの目立つ出で立ちでどこをどう警戒するのかわからないが。
明日香は部屋を出ていく深月を見送った後、ぐるり、と勢いよく慧也の方を振り返った。
「慧也様!」
「は、はい!」
「何度も申しあげますが、おとなしく護られていてください。余計な興味や手出しはもちろん、深月にいらぬ劣情も持たないようにお願いします」
穏やかな口調を保とうとはしているものの、やはり若干語気が強い。明日香ははっきりと怒りの感情を示したように思えた。怒られながらも、慧也は明日香が決して感情を持たない少女ではない、と確信した。深月の言うように、意図的に無感情を装っているのだろう。だが、ふとした感情の発露はごまかすことは出来ない。
「わかってるよ。そもそも、僕にはそんな度胸はないよ」
罠かもしれないことを知った以上、余計にね、とは声に出さなかった。
「……私としたことが失礼しました。とにかく、今の所はここから出ないでください。私と深月で周囲を警戒します。万が一戦闘が外で起こっても、絶対に様子を見に来たりしないでください」
「それはいいけど、僕一人でここにいても大丈夫なのかな? ほら、向こうはテレポートとかできるんだろ?」
「大丈夫です。テレポートはフェデラーのゾイノイドの中でもかなり高位の能力です。今回のミッションではメストのみしか使用できませんし、彼はいきなりここに来てあなたを害することに興味を持たないでしょうから」
「わかったよ、とにかくここでじっとしているよ」
「お願いします。では、私ももう一度警戒に出ますので」
明日香は踵を返し、部屋を出て行こうとしたが、扉を開けて一旦立ち止まると、振返った。
「慧也様は、そ、その、深月を気に入られたのですか?」
「え?」
「い、いえ、なんでもありません。それでは」
珍しく動揺したようなそぶりで、明日香はそそくさと部屋を後にした。それを見届け、慧也は呟く。
「ここでじっとしている、とは言ったけどね。僕だって男だ。女の子だけに戦わせる気はないよ」
この研究所はいわば慧也の庭であり家であり聖地だった。戦う方法などいくらでもある。彼は腕力も喧嘩もからっきしで見た目も強い男には到底見えない。だが、その芯だけは、誰よりも強い物を持っていた。
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