第10話
ミッションエリア内の住宅密集地域の一角、小さな木造のアパート。
二階建ての、部屋数は合わせて六戸。一部屋あたりの広さもせいぜい二Kほどの古びたアパートの一室に、場違いな金髪の男が佇んでいた。
「ふむ。今回のミッション対象はどうでもよいな。まあ、もとよりそのつもりではあるが。それよりもアスカと対峙できる事にこそ喜びがある」
ちゃぶ台の上に置かれた端末によって、路傍の闇が採取してきた映像データその他を検証しているのは、背中に流れる見事な長い金髪に、端正な顔立ちをした長身の男、年の頃は人類的に言えば二〇代半ば頃だろうか。
第三二八次ミッション、フェデラー側大将、メスト・リンガインだった。
どこで仕入れてきたのか、完全に服に着られている若者向けのサイケデリックでどこか
「会うたびに出力が増している
一人忍び笑いをし、悦に入っているメストの端末に、監視用に街に放っている路傍の闇の一体から通信が入る。
「ふむ。きゃつらは外出とな。ちょうど良い。名乗りを上げに参るとするか」
壁にかかった大きな薙刀のような武器を手に取る。分類としてはいわゆる偃月刀であり、その刃の重量から実戦には不向きで、主に鍛錬や演武などに使用されていた代物だ。
「今回の獲物、華麗に舞うにはもってこいの美しい武器だ。楽しませてもらおう」
メストは長尺な武器を一振りする。すると、それは空間へと一瞬で消失する。
「持ち歩きたいところだが、この国ではそうすると確か捕縛されると学習した。無用な騒ぎは避けるべきだ。残念だが仕方あるまい」
古びた鉄の扉を開け、ご丁寧に施錠してメストは街へと繰り出した。偃月刀よりもむしろ、その奇妙な出で立ちが余計な注目を浴びることなど、あまり考えることもなく。
研究施設は種々の安全も考慮され、宅地や繁華街から離れたところに建てられていた。その関係で、三人は結構な距離を歩く羽目になっている。
買い物途中、二人の異なるタイプの美少女を引き連れた
(しまったなあ)
料理の素材について後ろでひと悶着している少女たちを尻目に、慧也はさっさと買い物をすませ、スーパーを後にした。
帰宅道中、出来るだけ
河川敷は見通しもよく、公園としてはまだ整備が行き届いていないため、ここで何かをしている人もほとんどいない。天気は昨日の大雨の後、さっぱりと晴れあがり、水面には太陽の光がキラキラと反射していた。
「今日は暑いなあ……」
額の汗を拭きながら日差しを見上げた瞬間、太陽を背に黒い影がよぎるのが見えた。慧也は反射的に身をかがめる。
刹那、鋼と鋼が打ちあう甲高い音が耳をつんざく。恐る恐る目を開くと、自分に覆いかぶさるように明日香が割って入り、左腕の盾で相手の剣、いや、偃月刀の刃を受け止めていた。その長い柄の先には、金髪長身の見知らぬ男が立っている。一見すると外国人のようにも見えるが、よく見ると瞳の色が赤紫色だ。人類に現れない色とは言い切れないが、極めて希少と言わざるを得なかった。そして、その華やかな要望に似つかわしくない奇抜な文様と色使いで装飾された、いまどきヤンキーでも着ないような面妖な衣装が際立っている。
「ふむ。さすがはアスカ。見事な反応速度だ」
「お生憎様ですわ。そう簡単にミッション終了とはいきませんよ、メスト」
ギリギリと、お互い力で押し合っていたが、やがてメストが力を抜き、一気に十メートル以上飛びすさる。そして、
「うおおおおおっ!」
咆哮とともに偃月刀を大上段に構え、明日香に向かって突進してくる。明日香はスルトリアを顕現させ、無言でメストの突進に応えるように、同じように地面を蹴った。慧也の警護にはすかさず深月が入る。
スルトリアと偃月刀が鈍いうなりを上げて激突する。二合、三合と打ちあいながら、お互いの決定的な間合いを測る。
「な、何で、あの剣と打ちあえるんだ? 昨日の襲撃の時、相手は触れることすら許されなかったのに!」
「メストはちょっと特殊でねー。あいつの使う武器はなぜか明日香と打ち合えるんだなあ」
深月はその件に関して既に常識化しているようで、然して疑問を感じていないようだった。だが、慧也は二人の打ち合いを目を皿のようにして観察する。
「ふははは! アスカ! 相変わらずいい太刀筋をしている! これぞ戦! これぞ至高!」
「勝手なことを言わないでください。こちらは迷惑です」
ヴン! とスルトリアが唸りを上げて偃月刀を弾いた。メストはすかさず距離を取る。
「嫌よ嫌よも好きのうち、というのは通用せぬのか?」
「通用しません。いい加減に妙な知識を学ぶのはよしなさい、メスト」
「敵を知ることは戦略において重要なことだ。私はそれを実行しているだけだ」
「情報源が間違っているのですよ、あなたは」
言って、明日香は再び疾走する。
「今日こそ、闇に消えなさい!」
「よおし! 来い! 受け止めて見せようぞ!」
メストは両手で偃月刀の柄を持ち、刃を前面に押し立て腰を落とす。明日香は盾を格納し、左手を突き出して剣先に添え、右腕は最大限のバネを蓄えるかのごとく折りたたんでいる。
その姿勢のまま突進してくる明日香に、メストは喜悦の叫びをあげる。
「片手平突き! 素晴らしい! 美しいぞ! アスカ!」
轟音が響き渡る。
二人が激突した地点にもうもうとした粉塵が舞う。同時に、受け止めたメストは物凄いスピードで百メートル以上離れている河川敷の堤防まで吹っ飛ばされていた。攻撃側の明日香とて例外ではない。インパクトの瞬間に跳ね上げられ、宙高く舞い上がっていた。
明日香は空中でバランスをとって一回転し、難なく着地する。だが、スルトリアを全力稼働しているため、既に肩で息をしていた。
そして、瓦礫の中から起き上がったメストとて、それは同じだった。
「うおおおおおおおおっ!」
メストは再び地を蹴る。刹那ともいえる間に一気に明日香との距離を詰め、大上段に構えた偃月刀を振り下ろした。明日香はそれを展開した盾で受け止め、すかさず胴を薙ぐようにスルトリアを横滑りさせるが、メストは間合いの外に瞬時に飛びすさる。
しばらくはお互い剣を構え睨み合っていたが、やがてメストは剣を収めた。
「まあよかろう。今日は挨拶に伺った。アスカよ、相変わらずの腕前感謝する。明日以降も血沸き肉躍る切り結びを期待するぞ」
その外見に相応しくない、やたら古風な表現で会話するメストに、慧也はあっけにとられた。そもそも、彼には殺意や敵意が感じられない。
「何を期待されようと勝手ですが、私は私自身の戦をするだけですわ」
明日香は油断なく盾を構え、慧也を護るようにメストの前に立ちはだかる。対して、深月は右手指をピストルのようにしてメストの方に向けている。だが、その表情には余裕がない。
「深月、撃ってはダメですよ」
明日香は深月に釘をさす。撃てないことを知ってか、あるいは、撃っても無駄だと言わんばかりに、メストは余裕の表情を浮かべている。
「相変わらず刃物が好きな奴だね。たまには飛び道具であたいとやりあわないか?」
軽口を叩いてみるものの、深月の額には玉のような汗が浮かんでいた。
「ふむ。至近距離で対峙せぬ武器に興味はないな。ミヅキ、貴公こそたまには剣を持たぬのか? まあよい、撃ちあいたければ、今回はうってつけの馬鹿がいる。そいつと楽しむがよい」
「……今朝の砲撃野郎かい?」
深月は今朝方の砲弾撃墜戦を思い出した。
「そうだ。なかなかに手段を選ばぬ奴だ。せいぜい気を付けるがよいぞ。今日はここで退こう。まだミッション期間は充分残っておる。楽しみは先に延ばすとする。それから」
一呼吸おいて、メストは慧也に向き直る。抹殺対象者である慧也は身を固くし、その前に二人の少女が立ちはだかる。
「警戒せずともよい。神波慧也、貴殿は今回の抹殺対象ではあるが、残念ながら私は今の所、貴殿の抹殺に興味がない。というか、失せた」
「え? そ、それは……」
「どういうことですか、メスト」
慧也が尋ねるより早く、明日香が訊いた。
「勘違いするでないぞ。もう一人の馬鹿ゾイノイドや自立型に関してはその限りではない。それに、抹殺には興味が失せたが、貴殿の命の使い道には、いささか興味を覚えている」
使い道、という言い方に何やら不穏な気配を感じ、二人の少女はよりガードを固くする。
「まあよい、今日の所はこれにて一件落着! また会おうぞ!」
言って、メストは勢いよくジャンプした。瞬間、その姿は空間に掻き消える。
「ふいー。相変わらず
緊張を解いた深月は、大きく深呼吸をした。
「時代劇だそうですよ。とてもハマっているそうです」
「い、いや、突っ込みどころはそこじゃなくて、今のは、テ、テレポートなんじゃ?」
慧也は目前で起こった物理法則を無視した現象に驚愕した。この地球上では起こりえない物理現象のはずだ。
「そうです。ご覧のように、彼らの科学力は人類を凌駕しています。ご納得いただけました?」
「そーゆーこと。奴らのゲームに付き合うのも、もう慣れたもんだよ。でも……」
深月はそこで言い澱む。
「もう一体のゾイノイド、新顔の奴、手段を選ばないって言ったな……」
「ええ、そこは引っかかりますね。ルールの上でのミッションです。もし、彼らの陣営がルール違反を犯すとすれば、それはかなり厄介な話になります」
「ちょ、ちょっといいかな?」
慧也は二人の話の間に割って入る。
「僕が読み込んだ限り、ルールブックにはフェデラー側の違反行為についてのペナルティに触れる項目がなかった。もし、向こうがルール違反をしたら、どうなるんだ?」
慧也の疑問は順当だった。今回のミッションで慧也がエリア外に逃亡すれば、彼女らにペナルティ、と言うより、処分、つまり死が科せられる。では、向こうが違反を犯せばどうなるのか。二人の少女はしばし押し黙る。
「どうなるんだ?」
慧也は再び問うた。
「なにも」
「え?」
「何も起こりません。彼らがルールを破ったとしても、それを罰する規定はありません。サムダ側も何も言いません」
明日香はやはり容赦なく現実の言葉を吐く。
「人類はどうあがいても彼らに逆らうことは出来ないのです。だから、このミッションはどんなにこちらが不利な設定だとしても、最後の砦なのです」
「そーゆーこと。だから、あたいらはこの中で最善を尽くすしかないんだよ。思い悩んでも仕方ないってこと。てなわけで、明日香っち、あんたももう少し気楽にやんなよ」
「私は私のスタイルでやっています。放っておいてくださいな」
深月の進言にも明日香はそっけない。二人の少女は長いミッションの過程で達観というより諦観しているようだ。しかし、慧也は違った。
「そんなの、おかしいんじゃないか? 相手が強大だから何も言えない、だからルール破りも許すなんて、間違っている」
口調は穏やかだが憤りを隠さない慧也に、明日香は静かに、だが、諭すというよりは宣告するかのように呟く。
「正しいということが、全てを解決できるわけではないのですよ、慧也様」
彼女はそう言ってきれいに編まれた三つ編みを揺らして踵を返すと、慧也に背を向け、一人先に歩き始める。
「おーい。明日香っち、保護対象おいてけぼりかい?」
「深月にお任せしても問題ないでしょう? 今日はもうメストは来ないでしょうし」
振り返りもせずにさっさと歩いていってしまう明日香を、二人は慌てて追いかける。しかし、雰囲気的に距離を詰めづらい。
「ねえ、深月、もしかして彼女は怒ってる?」
「あー、そうかもね。珍しいんだけどね、明日香っちが感情を出すって」
深月も珍しい物を見た、と言うような表情で答える。長く共にミッションを戦っているが、彼女と初対面の時にはすでに今のように感情の起伏がなかったのをよく覚えている。明日香が笑ったり泣いたり怒ったり、そういった喜怒哀楽を見せたことはなかった。
「いやあ、こりゃあ興味深いなあ。慧也っち、もう少し明日香っちを怒らせてみん?」
「いや、それって、僕の命の危険はないのかな……」
なぜだろう。今しがた会ったフェデラーのゾイノイドより、味方の明日香の機嫌の方が命の有無に直結しそうな予感がした慧也だった。
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